5 ぶっぱなす
夕方揺すられて目を覚ますと、お姉さんの顔があった。
「起きて。」
「ふぁい。」
まだ全然寝れる。でもなんとか起きると。荷物を渡された。
「日が暮れたら出発。途中までは送るけど、後は何とかしてね。」
「あの・・お姉さん。」
「シェンカよ。」
「シェンカさん。アッシャって、何に追いかけられているんですか?」
すると、お姉さんは大きな瞳をくるりと上に向けた。
「んー。まあ、いろいろよ。」
ええ?
「そんな顔しなくても大丈夫よ。あいつ逃げるの得意だから。巻き込まれて大変だとは思うけど、あれに任せておけば大丈夫。」
すごく気になるなぁ。いろいろって何だろう。
シャワーを使わせてもらってさっぱりした後、朝乗ったバギーに乗り込む。
「用意できたのは、これだけ。」
バギーの後ろに大きな金属の箱が乗っている。
「ありがとさん。助かる。」
「カーラに連絡しとく?」
「いや。近々行くとは言ってある。」
「そ。」
日が暮れたのを確認してから、バギーはゆっくり車庫を出た。
人通りはない。車が一台すれ違った。町の中は昔舗装されたっきりの、ひび割れた道路が走っている。街灯はない。
ただ、何かのお店っぽい建物の外には、小さい看板とそれを照らすライトがあった。
どの町も似たような感じだ。
ただ長距離バスの路線は、夜中に走るバスのために、他よりも街灯が多い。それだけ大きな町だという事だ。
「どこへ向かってるの。」
聞いてみる。
「マルトロ。」
わぁ。また聞いたことない町の名前が出てきた。聞けば、ここから西に二百キロちょっとだという。
「大丈夫。カスリナヘナに近づいてる。無事につくかは分かんねぇけどな。」
その言葉は、辺りが明るくなってきたらすぐにわかった。
車は順調にかっとばしていた。
途中うっかりうとうとしちゃったけど、少なくとも町を二つか三つは通り越した。つまり、街道を外れずに走っていたという事だ。バスの路線。
ということは。
「来た。」
アッシャは、バギーの後部座席に飛び込むと、金属の箱を開けて、中の物を組み立てた。
ハンドバズーカ。
わぁ。
「二発しかないからね!」
運転しながらシェンカさんが叫ぶ。
バギーのエンジン音に混じる、甲高い戦闘機のエンジン音。
一体どうやって僕らの事を探し当てるんだか。
僕の追手なのか、アッシャの追手なのか、もうどっちか分からない。
そしてどっちでもいい。
アッシャは構えると、
「耳を押さえて目をつぶってろ!」
と叫んだ。ここで撃つの!?
言われた通り、耳を押さえていると、ずいぶん時間が経ってからドン!と音がした。バギーが揺れる。バックブラストで、顔がちりちりする。
「落とした?」
「分かんね。」
見上げると、黒い煙を吐きながら南の方へ飛んでいく飛行機の姿があった。
「射程距離、ギリギリだった。」
「よく当てたよね。」
「だろ?褒めて?」
こんなことする人、うちの兄さん以外にもいるんだ。
「でももう、すぐには追って来られないだろう。今のうちだ。」
「はいはい。じゃあここまでね。」
え。こんな荒野の真ん中で。
シェンカは車を止めた。
「ごめんね、アティス君。ここからバズーカぶっぱなした以上、全速力で家に戻って、車を解体しておかないと。突きとめられたらやばいから。」
すごい。徹底している。
「すまんな。」
「どういたしまして。ガソリン代はツケとくわ。」
「わーがめついぜ~。」
軽口を叩きながら、アッシャはまだ熱いバズーカを解体して、箱に納める。そして自分の荷物を担ぎなおした。
「じゃあまたな。」
「借金返すまで、死ぬんじゃないわよ。」
「えー。死んだらチャラにしてくれよ~。」
「それは却下。」
シェンカは車を方向転換すると、手を軽く振って、アクセルを踏み込んだ。
「さて、俺らも行くか。」
アッシャは軽く言って、歩き出した。
僕も仕方なく、後について歩き始めた。
「誰に追われてるのさ。」
「ん?いろいろだって。」
「そんな追われるような悪い事、してるんだ?」
「んー。悪いことしてなくったって、追われるときは追われる。」
まあ、そうかも。
「お前だってそうだろ?」
急に言われて、心臓が跳ねた。
「え、僕?」
アッシャを見上げると、このもうちょっとでアフロみたいなくっしゃくしゃの癖毛の兄さんは、にぃっと笑った。
「何というか、こういう状況に慣れてる。だろ?」
「そうかな。」
「普通はもっと、怖気づく。そもそも最初にバスが爆破された時点で、もう心が折れて動けない。俺と一緒に歩き出した時点で、只者じゃない。」
えー。
「だって、アッシャが行くぞって言ったんじゃん。」
「おう。でもそれでついてくるのが、普通じゃない。」
「なんか騙された気分だなぁ。」
ほんと、不思議だ。
こんな全然関係ない人と、お互いなんにも話さないのに、一緒に旅しているなんて。
兄さんが知ったら、ブチ切れるだろうなと思うと、おかしかった。




