2 歩く
夜中じゅう、歩いた。
あんなに高いチケット買ったのに、まだ三分の一ぐらいの所で放り出されるなんて、ちょっと悔しい。納得できない。あのままあそこにいたら、代替のバスが来たんじゃないかな。
とは思うものの、追手に僕の居場所がバレたのかもしれないと思うと、あそこにとどまり続けるのは危険だった。
むしろ巻き添えを食ったお兄さんの方が、大迷惑だろうし。あと、死んじゃったドライバーのおじさんも。
明け方、灌木が固まって生えている所に体を突っ込んで眠る。
手持ちの水が無くなって、どうしようかなぁと思っていると、お兄さんが分けてくれた。クッキーも。
数時間寝て、昼近くになって目を覚ますと、お兄さんはまだ寝ていた。
いい天気なのに、出発しないのかな。
そう思っていると、遠くで飛行機の音。キィン、という音が近づいてくる。
低空飛行の飛行機が、すぐ上空を通過していった。
「探してんなぁ。」
お兄さんの声がした。
見ると、お兄さんの目が飛行機を追っていた。
「探してる?僕たちを?助けに来たんじゃない?」
「そうかもしれないけど、ハチの巣になる可能性も半分ある。」
ああ。
僕らの乗っていたバスを攻撃してきた飛行機。
もしかしてこの人も追われているのかな。
飛行機の音がすっかり聞こえなくなってから、やっと灌木から這い出してまた歩き始めた。
「もしかして、お兄さん、追われてるの?」
歩きながら聞いてみる。
「へへ。かもな。」
「何やったの。」
「なんもしてねぇんだけどな。いや、なんかしたから追われてるんかな。」
どっち?悪い人には見えないけど。
ザッコザッコと荒れ地を踏みしめて歩く。
足跡が残らないように、石や砂利の多い所を選んで歩いているんだろう、すごく歩きにくい。
「ほんとにこれで、方向あってるの?」
「たぶん。」
やだなぁ。
普段、車で移動するのに慣れているから、徒歩で長距離は足にくる。
休憩する時に足を揉んでいるけど、回復が追い付かない。
これで方向間違ってたらがっかりだけど、だからと言ってもう戻る気力もない。
その日、もうずいぶん夜が更けてから、やっとのことで何か小さな村にたどり着いた。
お兄さんは、村の中にある一軒の家のドアを叩いた。
「おーい。トーニャ。もう寝てんのかー?」
時間を置いてもう一回。すると三度目でようやく中から人が顔を出した。
「もう。何時だと思ってんの。この寸借詐欺師。」
女の人だった。びっくりする。
栗色の長い髪。ちょっと釣り目気味の目元が色っぽい。急いで着たらしいブラウスとスカートが、左に歪んでいた。
「よぅ。久しぶり。その寸借詐欺師はやめろって。人聞き悪いだろ~。」
「だって、返さないじゃないの。」
「あー返す返すって。はい、百ソル。」
ポケットを探って、紙幣を一枚渡す。
「そんでさ、お願い。ちょっと泊めてくんねぇ?ずっと歩いてきたんだよ~。」
「えー。」
トーニャは、ちょっと頬を膨らませたが、後ろにいる僕に気づいて、お兄さんをにらんだ。
「まさか誘拐?」
「違うって。バスでボロールまで行こうとしたら、アレックスの手前で爆発しちゃってさ。仕方ないからここまで一緒に歩いてきた。」
「爆発した?爆破されたの間違いなんじゃないの?」
「そうかも。」
「あきれた。」
トーニャは肩をそびやかすと、中に入るように促した。
「旦那が寝てるから、静かにね?あと、うちの子起こしたら、追い出すから。」
古いなじみだ、というだけで、お兄さんは詳しく説明しなかったし、僕も聞かなかった。
部屋の隅っこで毛布を借りて、そこから昼過ぎまでぐっすり眠った。
目が覚めたら、お兄さんはお昼ご飯を食べていた。シリアルに牛乳かけてすすっている。
「お前も食っとけよ。」
まるで自分ちみたい。
向こうで子供たちの相手をしていたトーニャも、あきれている。
「そんで?これからどうするのよ。」
「ベスカの町まで送ってくれねぇ?」
「遠っ。シェンカのとこ?」
「そーそー。」
「嘘でしょ。日帰りムリ。子連れの私にどうしろと?ムリムリ。」
「えー。そんじゃ、三百ソル貸して?」
「さっき百ソル返してきたとこでしょ?」
「だからさ。改めて金貸して?ドルマの町まで行けば、そこからチェルフィの町に行くバスに乗れる。あ、それとこれは百ソルの利子。」
お兄さんは、リュックの中からなんかいっぱいお菓子の袋を出した。薬の瓶っぽいものもある。
「ほんっとに、そう言う所が、気に食わないのよ。典型的な寸借詐欺師なんだから。」
トーニャはぶちぶち文句を言っていたが、結局折れた。
「ドルマだったら、二時間ぐらいでつくわ。そこまでなら送ってあげる。」
「ありがとう!さすが!頼りになる!」
「ちゃんと、三百ソル返してよ?」
「大丈夫!そこはちゃんとしてるから。まかせろ。」




