あの時の感覚
さすがに二回目なので洞窟内をスムーズに進む事ができた。
そしてさっき洞窟蟹に遭遇した辺りまできた。
さっきまでは一本道だったけど、ここは楕円状の広い空間になっていた。
「確か、この辺に洞窟蟹いたよね?」
「そうだね」
ジンゴロさんからオイルランプを借りていた。
オイルランプで辺りを照らすと、さっきと似たような所に洞窟蟹がいた。
洞窟蟹は俺達に背を向けていたけどオイルランプの光に気づいて振り向いた。
「あ! いたよ!」
イヴマリアが指差して言った。
洞窟蟹は俺と目が合うと真横に猛ダッシュした。そして俺を中心に円を描くように回った。
俺の背後に回り込むつもりかと思った。でもそうじゃなかった。俺達の背後にあった出入り口を塞ぐようにして洞窟蟹は陣どった。そして両のハサミを広げて俺達にジリジリと真っ直ぐに近づいてきた。
もう逃げる事は出来ないぞ、おまえは終わりだ。ニタリと笑ってそう言っているように見えた。
いいや、終るのはお前の方だ。
俺には無敵のラーシリアの力の宿したフェニックスリボルバーがあるんだ。
俺は左手にオイルランプを持ち、ショルダーバックからフェニックスリボルバーを取り出した。
こんな近い距離で、あんなデカい的、外すわけがない。
洞窟蟹の背後にある出入り口を、黒い影が音もなく横切ったように見えた。オイルランプに照らされた草木が微風で揺れた影だろう。
「ミカネル、慎重にね」
「大丈夫だよ、イヴマリア。外すわけ・・・・ん?」
目の前の洞窟蟹が一瞬で消えた。
「え? 蟹は?」
俺とイヴマリアが、洞窟蟹が今さっきまで居た所を凝視していると、バリバリという固い物が砕ける音がした。見上げると、五メートルほどの巨大な蛇が洞窟蟹を噛み砕いていた。
「「わあーーーーーーーーーーーーーーー!」」
俺とイヴマリアの絶叫が洞窟内に響きわたった。
俺とイヴマリアはとにかく大蛇から距離をとろうとして出入り口から反対方向に走った。
「ちょっとぉ! 何あれ!」
「蛇でしょ!」
「わかってるわよ! そんなの! 他に魔物がいないって言ってたよね!」
「言ってた! オカリナのおじいさんもジンゴロさんも言ってたよ!」
「何でいるの!?」
「俺が聞きたいよ!」
どこか隠れる所がないかと探したけど、身を隠せるような物はなかった。
膝下くらいの高さの草がわずかにまとまって生えている所があったので、そこに身を伏せた。これで完璧に隠れられているとは思わなかったけど棒立ちになっているよりは遥かにマシだった。
「何であんなのがいるんだ?」
「本当・・・あ、外から来たのかな?」
俺の右肩にいるイヴマリアが小声で言った。俺も大分声を落としている。
「そしたらラーシリアが倒してくれるんじゃないかな?」
「そっか、そうね・・・・でもさ、ここに来るまで一本道だったよね?」
「うん・・・そうだね」
という事はあの巨体で音もなくずっと洞窟に潜んでいたという事になる。
蛇だから足音はないし、洞窟内は暗いから大蛇でも今まで誰も気づかれなかったのかもしれない。もしくは気づいた人は皆蛇のお腹の中にいるかだ。
しかしデカいな。全長五メートル、いや、鎌首もたげた状態で五メートルくらいなんだから全長は十メートル近いだろう。
石炭が採れなくなったため人間は洞窟に行かなくなった。でもその時食べ散らかしたものが残ってて、それに鼠が寄りついた。鼠を食べる動物が洞窟にやって来て、更にそれを食べる魔物がやってくるようになり、最後に洞窟蟹と巨大な蛇が生き残ったのではないか、とジンゴロさんが後になって推察してた。
さっき巨大な蛇を見て驚いてオイルランプを落としてきてしまっていた。でもそのおかげ巨大な蛇がこの位置からでもよく見えた。
あれは巨大な蛇ではなかった。身体は蛇なのだけど、頭がワニだった。
そのワニ蛇は真上を向きながらバリバリと音を響かせながら洞窟蟹を咀嚼していた。
「今洞窟蟹食べたからおなかいっぱいなんじゃない? 私なんておいしそうじゃないしさ」
イヴマリアが小声で言った。
「え? 俺の方がまずそうだよ。オッサンだしさ。絶対まずいに決まってるよ」
「あら、私の方がうまくないわよ。こんな痩せっぽっちなんだもん。きっと味なんかしないわよ」
「いやいや、俺の方がまずいって。肉はあるけど硬いから。あとお腹壊すと思う」
俺達は食われたくない一心で自分の方がまずいアピールをしていた。でもワニ蛇には気づかれたくはないのでヒソヒソ声で言っていて無意味だった。
「でも、私の方が・・・・」
イヴマリアが言いかけてやめた。
ワニ蛇の咀嚼が終った。洞窟蟹をゴクリと飲み込んだ。
((あっち行けあっち行けあっち行けあっち行けあっち行けあっち行け))
俺とイヴマリアは心の中でワニ蛇があっちへ行くように念を送っていた。
でもワニ蛇は辺りを見回していて、俺らの位置で視線が止まると真っ直ぐ近づいてきた。
どうやらまだ食べたりていないようだった。
俺はフェニックスリボルバーをワニ蛇に向けた。
「ミカネル、ようく狙ってね」
「うん・・・・あれ?」
ワニ蛇が突然目の前から消えた。
いや、消えたんじゃない。恐らくこちらに近づこうとして地面を這って移動しているから消えたように見えたんだ。
それなら寝そべっている今の状態で一発撃っても良いんじゃないか? 直線上にいるのだから当たるんじゃないか? 俺は一発撃ってみた。
銀色の閃光が真っ直ぐに走った。一瞬だけど周りを明るく照らして行った。でもそこにワニ蛇はいなかった。
「何でいないんだ?」
俺は上半身を起こした。
「キャアアーーーーーーー! ミカネルァァァ! あぁぁぁぁ!」
イヴマリアが指差す方を見ると、右斜め向かいに、鎌首をもたげたワニ蛇がいた。
ヤツは真っ直ぐ来ると見せかけて俺達の右側から周り込んでいたのだった。そしてその速度は俺の予想を遙かに上回わっていた。
「キャアアアー! イヤアアアアー! キャアアアアー!」
イヴマリアの絶叫が洞窟内にこだました。
俺は初めてイヴマリアの悲鳴を聞いた。
当然だよ。全長十メートルはありそうなワニ蛇がすぐそこにいて、俺達を見下ろしているんだから。どうしようもないくらい圧倒的な戦力差があって、自分の命が狙われている。どんな人だって怖いよ。
俺は怖すぎて声も出なかった。
でも、この絶対絶命な状況下で、どういうわけか俺はうろたえなかった。
イヴマリアが絶叫すればするほど、怖さがどうでも良くなって行き、なぜか心は静かに落ち着いていった。
そしてイヴマリアの声がだんだん遠ざかって行って、ついには聞こえなくなった。
するとワニ蛇の動きがスローモーションになって見えた。
やるべき事はわかっていた。
ワニ蛇が俺達を食おうと口を開きかけた時、俺はフェニックスリボルバーを構えて、引き金を二回引いた。
同じ所に二回撃っても意味がないと思ったので、二回目は最初に撃った時より五ミリほど右に傾けて撃った。
二本の銀色の閃光がワニ蛇の頭をクロスして貫いた。
ワニ蛇は糸の切れた操り人形のように力なく倒れた。
ワニ蛇がゆっくり倒れる様子を俺は無感動に眺めていた。でも足元にワニ蛇頭が倒れた時のドサっという音で、俺は我に返った。
「だああああああああああああああーーーーーー!」「キャアアアアアアアアアア!」
俺はワニ蛇の頭が足元に落ちた事に驚いて声を上げ、イヴマリアはワニ蛇の頭と俺の声に驚いて絶叫した。
俺とイヴマリアは自分達の声でパニックになり、二人でワーキャー絶叫しながら洞窟を飛び出した。
俺とイヴマリアは外で待っていたラーシリアに洞窟であった事を話した。
二人とも時系列や論理的に話す事ができず、ともかく思いついた言葉を並べ立てていた。ラーシリアの質問にもちゃんと答えられなかった。だからラーシリアはよくわからなかったと思う。何度も「落ち着け二人とも」と言っていた。一言でいうと「超怖かった」だけだったんだけどね。
洞窟に入ってからワニ蛇を倒すまでの時間はそれほど長くなかったけど、俺達にはものすごく長く感じた。
でも一番肝心なオカリナの原料である土を一握りも持ってきてない事に気づいて気分が下がった。
またあの洞窟に戻るのかと思うとウンザリした。でもまだ目標は一ミリも達成出来ていなかったし、ジンゴロさんのオイルランプも置いてきていたので行かなければならなかった。
俺とイヴマリアはビクビクしながら洞窟の中に入っていった。
まずジンゴロさんのオイルランプを取り、それからオカリナの原料の土を探した。
原料の土は案外早く見つかったけど、あのバトルで俺達は神経過敏になっていた。少しでも音が聞こえるたびに二人とも体をビクッと硬直させた。
「今音したよね?」
「した。私にも聞こえた・・・・・あの辺からじゃない?」
「ちょっと行ってみようよ?」
「うん・・・・」
俺は左手にオイルランプ、右手にフェニックスリボルバーを構えている。イヴマリアも俺の左肩から魔法を撃つ体勢に入っている。
「・・・・・何だ虫か」
少し大きめの名前の知らない虫が居ただけだった。
土を採取していると今度はカサカサっという音が聞こえた。
「今絶対音したよね!」
「した! 俺にもハッキリ聞こえた!・・・・・あの辺じゃない?」
「行ってみようよ」
「うん」
音がした所を調べてみると、
「葉っぱね・・・」
「そうだね・・・・」
葉っぱが重なり合っていて微風で音がしていたみたいだった。
とまあ、音が聞こえるたびにその都度手を止めて確認していたので、まあ時間がかかった。
結局、あの洞窟には洞窟蟹とワニ蛇しかいなかった。
洞窟から出てきた時には、辺りはもう真っ暗になっていて、ラーシリアが煌々と輝いていた。
俺とイヴマリアはぐったりして疲れきっていた。
おじいさんの所には明日行く事にして、妖精の岩山に帰る事にした。
ワニ蛇を倒した時の、あの感覚を俺は知っていた。
自分以外のすべてが止まっていて自分だけが動いているような感覚。あんなに強力なのは初めてだったけど、似たような感覚を俺は何度も体験していた。その事は覚えていた。でも、なぜ知っているのか、どこで覚えたのかをこの時はどうしても思い出せなかった。
あの感覚がそんなに大切なものに思えなかったし、何より早く帰って寝たかったから、俺は思い出す事を忘れてしまった。
翌日、洞窟でとれた土をオカリナ職人のおじいさんの所に持って行った。
おじいさんは土を嬉しそうに受け取った。
「良い土だ。これだけあったら食器やコップも作れるな」
数日後に取りに来るように言われた。




