ハルホトのオカリナ
俺はオカリナを買って店を出た。
オカリナを落とさないように気をつけようとして下ばかりみて歩いていた。
だから後ろから近づいてくる怪しい人影に気づかなかった。そいつは俺の斜め後ろから俺にタックルしてきた。手元からオカリナがすっと出た。そこを奪われた。
そいつは猛ダッシュしたけど俺も走って追いかけた。
「待て! 返せ!」
俺は叫んだけどそいつは速度をゆるめなかった。
俺のすぐ近くにいた人は俺の声に気づいたようだけど、町の喧騒に俺の声はかきけされていた。
どういう理由で盗んだかはわからなかったけど、絶対に逃がすわけにはいかなかった。そいつだけを見て走っていたから、町の薄暗い方に走っている事に俺は気づかなかった。
そいつは諦めたのか、それとも疲れたのか、急に速度を落としてきた。
俺は息が上がっていたけど最後の力を振り絞ってそいつの肩に手をおいて、
「おい、返せよ」
と言った。
そいつは「ほらよ」と言って、オカリナを俺に放った。
「あ!」
俺は慌ててオカリナをキャッチした。
俺は怒りで頭がいっぱいになっていた。
普段なら強く言えないけど今は頭にきていたから文句を言ってやろうと思った。でも言葉が出てこなかった。言いたい事は山ほどあったけど何から言ったら良いかわからなかった。
俺が文句を言う前にそいつは不適な笑みを浮かべて言った。
「さ、お金出してもらおうかな」
「はあ? 何言ってんだよ?」
それよりも何でオカリナを奪って走り回ったんだ?! 人の物だぞ! おまえにはどうでもいい物かもしれないけど俺にとっては大切な物なんだ! 俺の怒りはそっちにあって今は金の事など、どうでも良かった。
「とぼけても無駄だよ、おまえが金塊を金にかえたのを見てたんだ」
どうやらそこからずっと俺の後をつけていたようだった。
そしてこいつはオカリナなど最初からどうでも良く、金が目当てだった。
「・・・・やるわけないよ。大体俺の金じゃないんだ」
「いや、出した方が良いと思うぜ?」
そいつの後ろにある建物から次々と人相の悪い男達が出てきた。
どうやらハメられたようだった。
俺の旧式の魔法で切り抜けられるか? いや駄目だろう。やつらも馬鹿じゃない。俺が魔法を繰り出そうとするのがわかれば、魔法を撃たれる前に一斉に飛び掛かってくるはずだ。
「ハァ!」
イヴマリアが俺の肩から盗人の顔面に火の魔法をぶつけた。
「ミカネル! 逃げて!」
俺は今来た道を猛ダッシュした。
後ろからは男達の激しい罵声と足音が聞こえてきた。
「妖精もいるぞ! 絶対捕まえろ!」
「何があっても逃がすんじゃねえぞ!」
声や足音から十人はいそうな感じだった。
俺は十字路を右に曲がった。
「ミカネル! 妖精の岩山は逆の方向よ!」
妖精の岩山まで逃げれば、妖精の皆が味方してくれるのはわかっていた。
「こっちでいんだよイヴマリア!」
俺は妖精の岩山に通ずる道とは反対の道を選んだ。
なぜならこっちの方が町の外に出るのが近かったからだ。
柄の悪い連中はすでにすぐそこまで迫って来ていた。
でも町の外に出てしまえば何とかなるはずだった。俺は町の外が見える門まで力を振り絞って走った。
町の外に出ると俺はありったけの声で叫んだ。
「フェニックスさ~~ん!」
全速力で走ってきたので大きな声が出せなかった。
「フェニックスさ~~~ん!」
イヴマリアが俺の考えがわかったらしく叫んだ。
俺は息を大きく吸い込んでから叫んだ。
「フェニックスさ~~~~ん! フェニックスさ~~~~ん! 早くぅ~~! 早く来て下さいぃぃぃ!」
上空からフェニックスさんが近づいてくるを見て心底ほっとした。
俺はふり返って奴らに言った。
「おい! 上を見ろ!」
俺はフェニックスさんを指差して言った。
「俺らに手を出したら、フェニックスさんが黙ってないからな!」
「そうよ! フェニックスさんは超強いんだから!」
俺達はフェニックスさんを見上げて「「ですよね!」」と言った。
フェニックスさんは少し戸惑ったように「あ、ああ」と言った。
「フェニックス? それがなんだってんだ! 俺達は狙った獲物は逃がさないんだ! 覚悟しな!」
そう言うと男達は懐からナイフを次々に取り出した。
フェニックスさんは彼らに近づいた。
「うわ! 熱! 熱ぃいいい!」
フェニックスさんの外炎の銀色の炎が輝き出した。ああすると炎の温度を上げられるらしかった。
フェニックスさんと柄の悪い連中とは距離は二十メートルほどあったけど、それでもあいつらは後ずさった。
柄の悪い連中の一人が足元に落ちていた拳大の石をフェニックスさんに投げた。
「これでもくらいな!」
石はフェニクスさんの身体をすり抜けていった。
「どうだ! フェニックスさんは炎で出来てるからそんな攻撃全然効かないんだよ!」
「あなた達が持ってるナイフなんか何の役にも立たないんだから!」
「「ハーッ! ハッハッハッハッ!」」
俺とイヴマリアはふんぞり返って、高笑いをしてやった。
フェニックスさんが銀色の棒状の炎を奴らの足元に撃った。
あの固い石畳に穴が開いた。
柄の悪い連中達は真っ青になり「今日の所は見逃してやるよ!」と言って逃げて行った。
「ありがとうございます! フェニックスさん! 助かりました!」
「ああ」
「あのさ、フェニックスさんって呼ぶの変じゃない?」
イヴマリアが眉間に皺を寄せて言った。
「え? 何が?」
「だから~ フェニックスさんの事フェニックスさんって呼ぶのっておかしいよね?」
「うん、まあ・・・・」
急に何を言い出すんだイヴマリアは。
「今ね何か変だなって思ったの・・・・ ミカネルの事、人間さんって言ってるようなものでしょ?」
確かにそう言われてみればそうだった。イヴマリアを妖精さんと呼ぶのも間違いではないけど変だった。
「そうだね・・・・フェニックスさん、名前は何て言うんですか?」
「名前はない。これまで必要がなかった。私はフェニックスでもかまわないが」
「そうすか?・・・・う~ん、でもフェニックスさんってずっと呼ぶのはな~」
「そうよ、変よ」
「では好きに呼んでくれ」
「う~ん、どんな名前が良いかな~」
「そういえばさ、長老様からミカネルの前世の時代では地名が苗字であるのが一般的だって言ってたよ。地名からつけたらどう?」
「地名か、良いね。妖精の森からはミュアルってどうかな?」
「でもそれだと妖精の森の話をする時とかややこしくならない?」
「そっか、そうだね・・・・・じゃあさラーシリアってどうかな? 妖精の森や俺の地元のベーテの町のあの辺の事をラーシリア地方って言うじゃない?」
「良いじゃない! フェニックスさん、ラーシリアって、どう?」
「かまわない」
「じゃあ、ラーさんね」
「そうだね。今後ともよろしくラーさん」
「・・・・ああ」
ラーの後のシリアはどこに行ったのだ? とラーさんは思っているようで頭の上に?マークが浮かんでいた。
親しみを込めてラーさんと短くしたのだけど、ラーさんはその意味が理解できなかったみたいだ。帰る時に説明しよう。
「あ、そうだ、ラーさん。手に入れたよ。オカリナ」
そういって俺はショルダーバックからオカリナを取り出した。
ラーさんによく見せてあげようとオカリナを高くかかげて持って行ったら、石につまづいてしまった。体勢を崩してオカリナが手からすべり落ちた。地面に落ちたら割れてしまうと思って足で衝撃を和らげようとしたのだけど、急いでいたから勢いがついていて、逆に蹴飛ばしてしまった。
蹴飛ばした先には運悪く岩があって、オカリナはガシャという絶望的な音をたててバラバラに砕けてしまった。
「あああああああー!」
「ちょっと! ミカネル!」
「・・・・・」
「ウソだろ?! マジかよ・・・・・」
「これ最後の一つだって言ってたじゃない!」
その通りだった。返す言葉がなかった。俺はいつもこの手のミスをした。
ラーさんに申し訳なかったけど、あの人の良さそうなオカリナの作者のおじいさんにも申し訳なく思った。
「あ、そうだ! あの人そういえば町の外れに住んでるっていってたよね?」
「あの人って、誰?」
「あの時店にいたこのオカリナを作った人だよ!」
オカリナの作者のおじいさんの家はすぐに見つかった。
町中でなくて本当に良かった。
町中でまたあの連中に見つかったらと思うとぞっとした。
おじいさんの家にラーさんやイヴマリアと押しかけていったので、おじいさんはすごく驚いていた。事情を説明する為だった。
俺はおじいさんに経緯を説明した。
おじいさんは俺の話をうなずきながら聞いてくれてた。
俺は粉々になったオカリナの破片をおじいさんに見せた。
「・・・・これ直りますか?」
「う~ん・・・・・無理だな。一番肝心な口をつける部分が粉々だし、パーツも欠けてる・・・・まあその部分を粘土で埋めれば音は出るが、本来の良い音は出ないよ」
「・・・・そうですよね」
「ワシの足がこんなんでなければ土を取ってきてやって新しいのを作れるんだけどな・・・」
「え? 土があれば作れるんですか?」
「ああ、出来るよ」
「その土はどこにあるんですか?」
「ケナの洞窟だよ。そこに良い土があるんだ。ここからそんなに遠くないよ」
「俺、取ってきます!」
俺達はケナの洞窟に向かった。