ラーシリア
桜。
ヒナタが最も好きな植物だ。
黒っぽい幹に、薄桃色の花、美しい植物だが薄桃色の花を咲かせている期間は短い。
ミカネルが「ラーシリア達は飛べるんだから南から見てきたら」と提案してきた。
春になると南から桜が咲き始める。
桜が散りそうになったら北に移動すれば長く桜を楽しめるというわけだった。
ヒナタはミカネルの提案に感激していた。
ヒナタは桜が好きだが桜の生態はわからなかった。
桜が早く散る事は知っていたが暖かい所から次々に咲くというのは知らなかった。だから、散った桜がまた花を咲かせるかもしれないと思って、散った数日後に戻ってみたりしていたそうだ。
私はヒナタと連れ立って南から桜を見に行く事にした。
一人で飛んでいる時は何も思わなかったが二人で並んで飛ぶのは気持ちの良いものだった。
ヒナタと横に並んで飛ぶ事が当たり前になっていた。
桜見物の途中で各地の妖精の森を訪ねてみたり、他のフェニックスの兄弟達と会う事もあった。
最北端まで行った後は、当然妖精の森に戻った。
各地の桜がどうだったとか、道中の出来事などをミカネルやイヴマリア、長老や妖精の森のヒバ達妖精に話した。
来年はミカネルとイヴマリアも一緒に行くと言っていた。
こんな日がずっと続くものだと思っていた。
だがそうはならなかった。
フェニックス同士が戦うと他のフェニックスはそれを感じ取れるのだそうだ。
具体的にどういう風に戦っているのかというのはわからないが、あの者とあの者が戦い合っている、というのがわかるのだそうだ。
私は兄弟達が戦い合っているのを感じた事がなかった。
この事実が何を意味するかというと、他の兄弟達は私以外とは一度も戦っていないという事だった。
なぜ他の兄弟達が私以外の兄弟と戦わなかったかというと、多分私がいたからだ、とヒナタが言った。
ヒナタが兄弟の存在を感知出来るようになると、兄弟の中で一際大きい存在がいる事がすぐにわかったそうだ。
それは私だった。
他の兄弟達も同じように感じていたようだった。
そして兄弟達は、私に勝てなければ他の兄弟と戦って勝っても意味がないと思ったようだった。
フェニックスは兄弟同士で戦い、最後の一人になったものがマザーフェニックスとなる。
私達フェニックスの戦う意味は、最後まで生き延びる事ではなく、最も強いフェニックスを決める事だった。だから私に挑む事はあっても他の兄弟で争う事をしなかった。
フェニックスは不死だと思われていたがそうではなかった。
私は産まれた時から他の兄弟達より能力が高かったのにもかかわらず、他の兄弟の命を奪わなかった事で、フェニックスにも寿命があるという事がわかった。
私達よりも前の世代のフェニックス達は寿命が来る前に兄弟同士での戦いに決着ついていて、誰かがマザーフェニックスとなっていた。だが私が兄弟の命を奪わず兄弟同士でも戦いが行われなかった事で、それぞれが寿命を向かえる事となった。
人間が赤子の時の記憶がないように、私も幼い時の記憶はない。
人間は自分達の行いや足跡、人間全体の生き様を歴史という形にして残している。私の幼い頃に見た記憶を人間の歴史に照らし合わせる事で私はどうやら七百年ほど生きていた事がわかった。私達フェニックスはマザーフェニックスから一度に全員産まれるので、私達は全員七百歳くらいという事になる。
最初に消えた兄弟は、羽が四枚ある赤いフェニックスだった。
我々フェニックスは兄弟の位置をそれぞれボンヤリとだが把握出来る能力がある。
赤いフェニックスは妖精の森から西にずっと行った所に居た。彼は太陽の近くにいつもいた。
ミカネルの前世、加藤頼路の時代の言葉でいうと、成層圏の上の中間圏という所に居た。常に自分を高めようとしているようだった。彼は今まで会った兄弟の中で体が最も大きく斬撃も痛かった。
赤いフェニックスとつながっている感覚が突然プツリと途絶えた。
他の兄弟と戦っているような感覚はなかった。
ヒナタにもそれがわかった。
それからしばらくして、コンビを組んでいた濃い茶色のフェニックスと薄茶色のフェニックスの感覚が消えた。その次は青いフェニックスが消えた。
兄弟達が次々と消えて行き、私とヒナタだけが残った。
「あたし達二人になっちゃったね」
「そのようだな」
「じゃあ、また明日! ラーシリア、ヒナタ」
「ああ」
「またね! バイバイ!」
ミカネルとイヴマリアが手を振りながら去って行った。
私達も羽を振って見送った。
兄弟達が次々と消えた事をミカネル達に伝えた。
そして私はこれまでの過ごした楽しい日々と感謝の気持ちをミカネル達に伝えた。
私達がいつ消えるかわらかなかったからだ。
ミカネルとイヴマリアはよほどの用がない限りは私達に会いに来てくれた。
私とヒナタは妖精の森の近くにある岩山に二人で暮らすようになっていた。
私達が妖精の森に行く事もあるが、そうでない時はこうしてやって来て、私達を見るとほっとしているようだった。
ミカネルとイヴマリアのそんな顔を見ると私は嬉しい気持ちになったが切ない気分にもなった。
嬉しさと切なさが同居するなど、昔の私には到底理解出来ない感情だ。ミカネル達と接するようになって、そういう感情が私に芽生え、理解出来るようになった。
ミカネル達は夕方には帰って、次の日の朝にやって来ていた。
また明日も来るそうだ。
ミカネル達が帰って日が完全に沈んで、辺りが暗くなっていた。
「ねえ、見て」
ヒナタの右の羽がなくなっていた。
ついさっきまでは右の羽は普通にあった。それが忽然と消えていた。
人間などの動物は心臓が止まると眠るような形で死を迎えるそうだが、私達フェニックスは体の一部が次々と消えて行くのだと思った。フェニックス同士で戦ってダメージが積み重なると体が再生しなくなる事からそう思った。
「空は飛べるか? 太陽の近くに行こう」
太陽の日を浴びると我々フェニックスは体力も魔力も回復した。日の沈む方向に飛んで行けば太陽が見えるはずだった。
「多分ね、そんなに長く持たないと思うの・・・・」
ヒナタが悲しそうな笑顔で言った。
自分の身体の事だ、自分が一番良くわかる。
「私に何か出来る事はあるかな?」
「あのね!・・・・ううん、やっぱり、いい・・・・」
「話してくれ」
ヒナタはうつむいたまま何も言わなかった。
「ヒナタ、言ってくれ。私に出来る事を」
「あのね・・・・えっとね・・・・抱っこして欲しい」
ヒナタは照れたように笑って言った。
「抱っこ・・・・人間がたまにする一方が他方を持ち上げるあの事か?」
「うん・・・・変だよね?」
「変じゃないさ。じゃあ人型になれる?」
「うん!」
ヒナタは人型になれるようになっていた。
私も人型になった。
「ヒナタ、炎の強さを限界まで上げてくれ」
私の銀の炎は強すぎるためヒナタに触れるとヒナタが寿命で消える前にヒナタを燃やしてしまうだろう。だがヒナタが限界まで炎の強さを上げ、私が炎の強さを下げてお互いの炎が拮抗した状態にすれば維持出来ると思った。
「うん、やってみる」
ヒナタは最後の命を燃やすように炎を高めた。
ヒナタの外炎は白だ。白い炎が強くなったのを感じた。
私は逆に炎をレベルを下げた。
そしてヒナタを抱きかかえた。
お姫様抱っこ、というやつだった。
「ふふふ」
ヒナタが笑った。
「どうしたんだ?」
「ずっとこうしてみたかったの・・・・」
「そうか・・・・」
フェニックスはお互いに触れ合う事が出来なかった。
我々の炎はお互いを傷つけるように出来ていた。
「ずっとこうしていれたら良いのにね」
「そうだな」
ヒナタは笑顔だった。
私も笑顔だと思う。
人間のようにうまく笑えていないかもしれないが。
「あれ? 変だな。あたしの炎が・・・」
ヒナタと私の炎は拮抗していたが、ヒナタの炎が私の腕を辿って来ていた。
「え!? ええ!?」
私は自分の銀の炎をヒナタの白い炎を拮抗させていたのでなくずっと下げ続けていた。
ヒナタが困惑しているようだったので、私は「大丈夫だ」と言った。
だが私は立っていられなくなり倒れてしまった。
ヒナタが起き上がり、倒れた私を左の羽で抱きかかえた。
私の体はヒナタの白い炎で包まれて足がすでになくなり始めていた。
「ラーシリア! 早く炎を強めて! 早く!」
ヒナタは自分の白い炎を弱めようとした。
だが白い炎はヒナタの意に反して強くなった。
ヒナタの体に変化が起き始めていた。
「え? 何!? 何で!?」
ヒナタの消えていた右の羽が再生した。
それだけでなくヒナタの内炎や外炎の色が、青や赤、紫や金など目まぐるしく変化していった。
私が死に近づいた為、ヒナタの体がフェニックスの最後の一人であると自覚し、マザーフェニックスへと変化しようとしていた。
「ラーシリア! 早く炎を高めて! 早く!」
「ダメだ・・・・」
「どうして?! 何で?!」
「ヒナタに生きていてもらいたいから」
「何で? あたしわかんないよ!? どうして!?」
「ヒナタの事が好きだから・・・・ヒナタには生きていて欲しいんだ・・・・」
私とヒナタはよく似ていた。
他の兄弟は強さを目指し上ばかり見ていたが、私は人間を、ヒナタは花を、私達は下ばかり見ていた。
私とヒナタの違いは、私は産まれた時から他の兄弟を圧倒する力を持っていて、ヒナタは持っていなかった事だ。それだけだ。
私の才能をヒナタが持っていても恐らくヒナタは今と変わらなかっただろう。
私は身体を大きくするために太陽の近くまでいってそれなりに光を浴びていたがヒナタは一度として高度を上げて太陽に近づいた事がなかった。
ヒナタは花を愛していた。
花の近くにいるために体や炎を強く大きくしようとしなかった。
ヒナタは争い自体も好きではなかった。
私はそんなヒナタが好きだった。
ミカネルは私に人の心の温かさを教えてくれた。
ヒナタは私に愛する事の素晴らしさを教えてくれた。
「う~! うう~!」
ヒナタは必死で自らの炎を弱めようしていた。
だがそれは容易な事ではなかった。
フェニックスは兄弟同士で戦い合うため炎を高める術は知っていても低くする術は知らなかった。低くする理由がなかった。
だが私だけは炎を弱くする術を知り、体得していた。
ミカネル達と町を歩いてみたかったから、努力して出来るようになっていた。
マザーフェニックスは太陽を寝床とする。
マザーフェニックスはフェニックスの中で最強の炎を持っていた。
私の銀の炎は兄弟の中では最強だったかもしれないがマザーフェニックスの紫の炎にはとても敵わなかった。
だからもう炎を弱める必要はなかったが私はそれでも炎のレベルを弱める事をやめようとはしなかった。
万が一の事があってはならなかった。
ヒナタが死ぬ事は絶対にあってはならなかった。
私は炎のレベルを下げ続けた。
ヒナタの紫の炎が私の体を焼いて行き、私は胸と頭だけを残した状態になっていた。
「嫌だよ! ラーシリア! 死なないで! ラーシリア! 死んじゃ嫌~!」
ヒナタは泣いていた。
私はまもなく消えるだろう。
だがその前にヒナタに伝えておきたい事があった。
「これで良いんだ、ヒナタ・・・・・・・・ヒナタと出会えて・・・・ヒナタと過ごして・・・・私は幸せだった・・・・ありがと・う」
言い終えるのと同時に私は燃えて消えた。
ヒナタは天を向いて泣いた。
ヒナタの体は完全にマザーフェニックスの姿になっていた。
内炎は黒、外炎は紫、体は以前の五倍ほどの大きさになっていた。
だがヒナタは子供のように泣き叫んでいた。
ヒナタはしばらく泣いていたが泣き方が鳴く方へと変わって行った。
ヒナタはマザーフェニックスとして完全に覚醒したのだった。
マザーフェニックスは大きな羽を広げるとゆっくりと飛び立った。
太陽へと向かったのだ。
マザーフェニックスは覚醒すると太陽を目指す。
太陽にたどり着くと太陽の中でしばしの間眠りにつく。
太陽の中で力を蓄えるのだ。
目覚めると再び地球に戻ってくる。
過酷な宇宙空間を抜けて命からがら帰ってくる。
そして最後の力を振り絞って子を産み、果てる。
フェニックスはそうやって命をつないで来たのだ。
こうして私と同じ時代に生きたフェニックス達の物語が終焉を迎えた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
二、三年勉強してまた小説家になろうに挑戦したいと思います。




