妖精の岩山アズロック
フェニックスさんの強さは嘘ではなかった。
肉食動物は俺を見るとよだれをたらして近づいてくるけど、俺の頭上にいるフェニックスさんを見ると逃げ出した。
野性の動物は火を恐れる。火の塊であるフェニックスさんは恐怖の対象でしかなかった。炎色が赤ではなく灰色でも同じだった。フェニックスさんを見ると驚愕し、フェニックスさんが近づくだけで逃げて行った。
それは魔物も同じだった。
魔物は自分より格上の相手は戦わなくてもわかる。
でも中にはフェニックスさんに向かってくる魔物もいた。
フェニックスさんの戦い方は決まっていて、最初は相手に近づく、相手が逃げなければ銀色の棒状の炎を相手の足元に撃つ、それでも向かってきたら相手の体のどこかに銀色の棒状の炎を撃った。
銀色の棒状の炎は羽から出るのだけど、ノーモーションで出た。相手からしてみたら避けにくい事この上ないと思う。そして銀色の棒状の炎は、炎であるのに貫く性能があった。
これだけですべて切り抜ける事が出来た。フェニックスさんに近づける奴すらいなかった。
仮に銀色の棒状の炎を突破出来たとしても、フェニックスさんの体は炎そのものであるたから物理攻撃が効かなかった。
まさしく精霊最強だった。
「イヴマリア、そろそろお昼にしない?」
俺の左肩に座っているイヴマリア(師匠)に尋ねた。
イヴマリアは、斜め前に見える小さな丘を指差した。
「そうね。あそこ、あの丘でお昼にしようよ。あそこなら周囲も見渡せそうだし」
「フェニックスさん、あそこで休みましょうよ」
「ああ」
俺は陶器の水筒から木で出来たおちょこに水をそそいだ。
「はい、イヴマリア」
「ありがとう」
俺はショルダーバッグから弁当を取り出した。
弁当の中身は、ピーナッツと塩茹でした大豆とじゃがいもと小松菜だった。それらを木製のフォークで食べた。
「そういえばフェニックスさんは普段何食べてるんです?」
俺達の真上にいるフェニックスさんに聞いてみた。
「我々フェニックスは食べる必要がない。時々太陽の光を浴びるだけで良い。それだけで活動が可能だ。太陽の光と熱は我々を回復させる事も出来るが成長もさせる。太陽だけで良いのだ」
「へえ~、そうなんすね」
俺は驚かなかった。
妖精の森のみんなと大体一緒だったからだ。
イヴマリアも花の妖精なので水と太陽の光だけで良かった。
人間だけだこんなに多くの種類のものを食べなければならないのは。
ピーナッツや大豆、じゃがいもや小松菜は俺が妖精の森で自分のために栽培しているものだった。
俺達は休憩を終え、再び歩きだした。
平原を歩いていると、前方が何やら騒がしかった。近づいて行くと人の声とモンスターの叫び声だとわかった。
「た! 助けてくれ!」
という声がハッキリ聞こえたので俺達はその方向に走った。
大人の木の妖精が走っていた。
妖精の森にいる木の妖精のヒバさんに背格好が似た男性タイプだった。後ろには五匹の魔物がいた。
「大変だ! コモテドロンだ!」
コモテドロンは全長二メートルくらいの大型のトカゲで、体が大きいくせに動きは早く、人間でも動物でも妖精でも何でも食べる奴だった。
発動に時間のかかる俺の魔法では、魔法を繰り出す前にやられてしまうだろう。
だが今の俺達にはフェニックスさんがいた。
「フェニックスさん、コモテドロンを倒せますか?」
「ああ・・・・あの妖精は君達の知り合いか?」
「違いますけど、でも助けてあげてください!」
「わかった」
フェニックスさんはコモテドロンの位置までひとっ飛びするとコモテドロンと大人の木の妖精の間に割って入った。
コモテドロンはフェニックスさんを見ても退く様子はなかった。
フェニックスさんは威嚇射撃をした。
銀色の棒状の炎が飛んでいき、コモテドロンの足元に撃ち込まれた。
コモテドロンはそれでも退く様子はなく、五匹が同時にフェニックスさんに襲いかかった。
フェニックスさんは銀色の棒状の炎を五本同時に放った。
四匹は胴を撃ち抜れて一瞬動きが止まってから、その場にドサっと崩れ落ちた。運良く足に当たった奴は、やられた方の足をひきずって逃げて行った。
フェニックスさんは逃げたコモテドロンに対して攻撃しなかったし追う事もしなかった。
「強ええ~」
「すごいわね。あのコモテドロンを、しかも五匹も一瞬で・・・・」
「あの~、大丈夫ですか?」
俺が大人の木の妖精に駆け寄って行くと、「ああ、大丈夫・・・・」と笑顔で言い掛けたけど俺を見て「人間・・・・」と言葉に詰まって笑顔が消えた。
「この人は大丈夫よ。人間だけどあなたに危害を加えたりしないわ」
イヴマリアが俺の右肩からひょっこり顔を出して言った。
イヴマリアの姿を見て、大人の木の妖精は心底安心したようだった。
アズロックは大小の岩の塊や溶岩が隆起して出来た岩山だった。
人間の身長ほど大きな岩もあれば四階建てのビルくらいの巨岩などもある。麓には木々があるがポツポツと所々にあるだけでほとんどが岩だった。
ここにいるのは木の妖精と岩の妖精だけで、岩山のくぼみや岩をくりぬいて住処としていた。
魔物から救った大人の木の妖精は名をジンゴロといい、妖精の岩山の住人だった。
風の精霊から俺たちが訪ねる事を聞いてもいた。
ジンゴロさんを助けた事もあり、俺たちは妖精の岩山の妖精達に好意的に迎えられた。
妖精の岩山はほとんどが岩で出来ているのでフェニックスさんも妖精の森に比べれば色んなものに近づく事が出来た。
フェニックスさんは俺らの後を五メートルほど宙に浮いてついてきている。ここでもフェニックスの存在自体が珍しく、俺らよりも注目を集めていた。
木の妖精は妖精の森にもいたけど、岩の妖精を見るのは初めてだった。
丸かったり、横長だったりと、個体によって大きさも形も違っていた。移動の仕方も個体によって違っていて、ズリズリとすり足して進む者もいれば、ジャンプして移動する者もいた。
そんな中で一際目立つ存在がいた。
その目立つ人は俺達を見るなり、
「ヒィィィ! 人間! ワタシを誘拐しにきたァァァァ!」
と甲高い声で叫んだ。
うっすらと紫がかった魔法水晶の妖精だった。
人型で、水晶の胴体に同じく水晶の手足が魔力でくっついていた。
「メラクル、彼はそんな事しないよ。風の精霊が言ってたろ。東にある妖精の森から人間と妖精が来るって・・・・彼はミカネル、それとイヴマリアだよ」
ジンゴロさんは俺達に向き直ると、「彼は魔法水晶のメラクル」と言った。
「ウソよォォォォ! そういってワタシを誘拐するつもりなのよォォォォ!」
身長は三十センチくらいしかないのだけど声量が信じられないくらい大きかった。甲高い声が岩山に鳴り響いている。魔法水晶の甲高い声は耳障りだった。
「何この妖精?」
イヴマリアが不愉快そうな顔で言った。
「この人は、ちょっとね・・・・魔法水晶は魔力を帯びた珍しい水晶だけど、モロいのが弱点でね。彼の右肩少し削れてるだろう? つまづいて転んだだけで削れちゃうんだよ。だから魔法水晶には生まれつきビビリな人が多いんだけど、彼はその中でも特別ビビリなんだ・・・まあ、一度人間に誘拐されかけた事があって、しょうがないんだけど・・・・気にしないでくれ」
「来ないでェェ! 来ないでェェェェ!」
「そこ通らないと俺の家に行けないから! 通るだけだから!」
ジンゴロさんは助けてくれたお礼に家に招待してくれたのだった。
イヴマリアがそろそろ怒りそうだなと思っていたら、案の定感情に火がついたようだった。
「ちょっと、あなた! さっきからうるさいんだけど! そこ通るだけじゃない!」
イヴマリアが指差して言った。
「ヒィィィ! そうやってワタシを油断させようってんでしょォォォ! あんた達の考えそうな事はお見通しなんだからぁぁぁぁ!」
「だから、メラクル! 花の妖精も一緒にいるじゃないか! 誰もあんたに危害をくえたりしないよ!」
ジンゴロさんがなだめるように言った。
「ウソよォォォォ! 花の妖精と組んでワタシを誘拐しにきたのよォォォォ! 皆ぁぁぁ! 騙されないでェェェェ!」
メラクルは甲高い声を上げて周りの岩の妖精達に猛アピールしていた。でも周りにいた岩の妖精たちは見向きもしなかった。それ所かうんざりしているような顔をしていた。
後でジンゴロさんから聞いたんだけど、メラクルは妖精の岩山の妖精達に普段から良く思われていないのだそうだ。
岩の妖精は勇気ある者が好きだった。
勇気を試す成人の儀式みたいなものもあった。だからビビリを極めたようなメラクルは完全に浮いていた。
「本当うるさいわね! あなたみたいなうるさい人誘拐するわけないでしょ!」
「あんたの目がワタシを狙ってるう! 野獣の目でワタシを見てるゥゥゥ! ワタシにはわかってるうゥゥゥゥゥ!」
「そんなわけないでしょ! あなたみたいな・・・・もう~~~怒っちゃったんだから!」
イヴマリアが魔法を撃つ構えをしたので、俺は慌ててイヴマリアの手を押さえた。
「ダ、ダメだよ、イヴマリア! こんなとこで魔法使ったら!」
「ちょ、離しなさい! ミカネル! 邪魔しないの!」
「ヒィィィ! ついに尻尾出したわよォォォォォ! 皆見てェェェ! 見てェェェェ! 襲われてるゥゥゥゥ! ワタシ、襲われてるゥゥゥゥ!」
メラクルはここぞとばかりにわめき散らした。
「だぁかぁらぁ! 誰も・・・・」
イヴマリアの怒りがピークに達しようとした時、
「ヒ! ヒィィィ! ム、ムシィィィィィィィィィィー! 来ないでェェェェ!」
メラクルがさっきよりも大きな声で絶叫した。
メラクルの目の前に三センチほどの小さなムカデがいた。
ムカデは特にメラクルに近づく事なく、俺らと一緒でメラクル前を横切ろうとしているだけなのだけど、メラクルは一人で大騒ぎしていた。
もう俺達の事はどうでもよく、ムカデ以外目に入っていなかった。
「メラクルは虫が大の苦手なんだ。噛まれる事なんてないんだけどな」
ジンゴロさんがため息まじりに言った。
「ヒィィィィィィィ! ムシィィィィィィー! 来ないでェェェェェ!」
この言葉をただただ繰り返していた。
「変な妖精・・・・」
イヴマリアは呆れた顔で言った。
俺達はわめきちらすメラクルを放っておいてジンゴロさんの家に向かった。