竜人にとってのライバル
瓦礫を登ると、そこに居たのはラーシリア達ではなかった。
声の主はゼシルとリベカだった。
もちろん友好的に談笑してなかった。
二人は光の雫が入った入れ物を掴み合っていた。
ゼシルが右手で入れ物を掴み、リベカが左手で入れ物を掴んでいた。
リベカもゼシルと同じようなゴシックロリータの服を着ていた。
白地に赤と黒のチェックが入った服に、白い編み上げのロングブーツをはいていた。頭には太陽の形のオレンジ色の宝石で作られたティアラが乗っていた。後で聞いたんだけど、あれは[お日様のティアラ]っていうそうだ。
お付の人達は誰もいなかった。
二人だけでここまでたどり着いたようだった。
「この入れ物、私のなんだけど?」
ゼシルが言った。
声は明るく口元も笑っているけど目は笑っていない。
「でも最初にこの入れ物を掴んだのは私よ? 入れ物ならすぐに返すわ。でもその前に私の妖精さんが私の入れ物に光の雫を移し変えるから、一度手を離してくださらない? なんならそこにある私の入れ物と交換しても良いけど? 私の入れ物の方が装飾品が飾ってあって、あなたの用意した入れ物よりずっと優れているのは見てわかるわよね?」
リベカも口調は柔らかいけど、やっぱり目は笑っていない。
「いらないわ。私はシンプルな方が好きだから! その方が光の雫も映えるもの! メインは光の雫! 入れ物が主張してはいけないわ! それがわからない、あなたには光の雫はふさわしくないわ!」
「ウフフ、あなたは勘違いしているようね。入れ物は光の雫を入れるものでしかないわ。光の雫を飾る場所はもう私の部屋に作ってあるの。あなたはこの入れ物に入れて飾るようだけど、それこそ光の雫の価値をわかっていない証拠よ! だからこの入れ物から手を離しなさい!」
「離すのはあなたの方よ。これはもう私の物なんだから」
光の雫の入った入れ物から先に手を離した方が負け、という暗黙のルールが出来たように思えた。
「いいえ、私の物よ。離しなさい・・・・ゼシル」
リベカの声の音色が変わった。
「あなたこそいい加減離したら、リベカ」
ゼシルの声も低く思い音色に変わった。
「だ・か・ら! こ・れ・は! 私の物って言ってるでしょ!」
リベカがそう言いながらゼシルを殴った。
ゼシルの頬が赤くはれたけど、すぐに元通りに治った。
竜人の回復力はすごかった。
殴られても立ちどころに回復した。そしてメンタルも強かった。
「私のものよ!」
ゼシルはリベカの腹にミドルキックを入れた。
リベカが「う!」と言って苦悶の表情になり、体がくの字に曲がった。
「いいえ、私のよ!」
リベカが屈んだ状態からフックをゼシルの腹に打った。
ゼシルは苦悶の表情になったけどすぐに反撃した。
ゼシルの家の屋上で作戦会議のディナーをしている時にリョウザさんに言われた事が二つあった。
一つはゼシルの名前を呼ぶ時は[ちゃん]をつけない事。
竜人の女子の名前に下に[ちゃん]を付けても良いのは親と恋人だけなのだそうだ。
だから俺は[ちゃん]を付けずにゼシルさんと呼んだ。
でもゼシル本人から[さん]を外すように言われた。理由は自分の名前の下に[さん]がつく響きが好きではないからだそうだ。
ゼシルの使用人であるリョーザさんには[さん]付けで、主人であるゼシルを呼び捨てというのは何だか変な感じがした。
そして二つ目は、
「万が一、ゼシル様とリベカ様が直接戦うような事態になったら、ゼシル様に加勢したり、応援したりしないで下さい」
との事だった。
それが竜人のライバル同士の戦いのしきたりなのだそうだ。
空飛ぶ家を破壊したり、使用人が何十人も戦いに参加したりと、むちゃくちゃなように思えて実はルールがいくつかあって、これもその内の一つだった。
竜人女子のライバルの戦いのルールは、一対一で戦う事、武器を使わない事、竜にならない事、髪を掴まない事、鼻を攻撃しない事だった。鼻は例え骨が折れたとしても竜人はすぐに治るけど、鼻血は美しくないという理由からお互いに攻撃しない事になっていた。
ちなみにこれが竜人の男子同士だと、命を奪わないというルールが一点あるだけで、後は何でも有りなのだそうだ。
「やはり、こうなってしまったか・・・・」
振り返るとリョウザさんがいた。
他にも数人、ゼシルの陣営の人達が空から次々と着地してきた。
ラーシリアの姿もあった。
ゼシルとリベカが戦っている向こう側に、リベカ陣営の人達もチラホラ見えた。
やはり全員がゼシルとリベカの戦いを静観している。
ゼシルもリベカも格闘とは、ほど遠い容姿をしていた。
二人とも小柄で、長くふんわりとした髪、ゴシックロリータの服装、かわいらしい顔立ち、どこからどう見てもお嬢様だ。
そのお嬢様同士が、鳥かごに似た入れ物を掴み合って、容姿からは似つかわしくない事をしていた。
フルスイングでぶん殴るお嬢様。
フルスイングでぶん殴られるお嬢様。
口の端に血がついた状態で相手の横っ面にハイキックを入れて反撃するお嬢様。
二人の小柄な女子の「ハアア!」という掛声や技が相手の身体に決まるビシとかバシという音が森中に響いていた。
「リベカ! あなたの攻撃はもう見切ったわ!」
ゼシルが勝ちを確信した顔で宣言した。
「そう? フフフ・・・・じゃあ、避けてみなさいよ!」
リベカが渾身の右フックを放った。
腰が入っていて拳には全体重が乗っていた。
ゼシルは体を後ろにのけぞらせてかわそうとした。
見切ったというのはハッタリではなかった。
ゼシルは余裕の笑みを浮かべていた。
でも、のけぞった時の角度が少し甘かった。
だからリベカの拳の先がゼシルの顎をわずかにかすった。
「あ、ああ・・・・」
ゼシルは脳を揺らされて、膝がガクガクと震えだした。
その隙をリベカは見逃さなかった。
「ハアアアア!」
リベカのアッパーカットがゼシルに決まった。
拳が天に向かって真っ直ぐに伸びた綺麗なアッパーカットだった。
ゼシルは後方に吹っ飛んだ。
光の雫の入った入れ物からゼシルの手が離れていた。
ゼシルは仰向けに倒れたまま起き上がらなかった。
「ハア ハア ハア・・・・これは私が頂くわ。今日も良い戦いでしたわね。ごきげんよう、ゼシル」
リベカは帰って行き、リベカの陣営の人達も後について行った。
リョウザさんがゼシルにかけよった。
俺達もかけよった。
倒れているゼシルを覗き込むと、ゼシルは気を失っていたわけではなかった。
目は開いていてハアハアと肩で呼吸をしていた。
額や頬が汗で濡れていた。
「負けちゃった・・・・・」
ゼシルは誰に言うでもなくつぶやいた。
唇が二、三度震えた。
「悔しい・・・・・」
ゼシルの目から涙が溢れだした。
「ふあ~~~~ん ふあ~~~~ん」
ゼシルは泣いてしまった。
森にいる鳥や虫の声をかきわけてゼシルの泣き声が森に響いていた。
「さあ、帰りましょう」
リョウザさんがゼシルを抱き上げた。
「ゼシル様、ナイスファイトでしたよ」
ゼシルは両手で目を覆いながら泣いていた。
「ゼシル様が右利きである事は皆知ってますよ」
ゼシルは右手で入れ物を掴んでいた。
という事は利き手でない方で戦っていた事になる。リベカは右利きだったのでゼシルは不利だった。
「戦いに敗れても言い訳をしない事は美しい事です。ゼシル様は敗れても美しいんですよ」
リョウザさんが優しい眼差しで言った。
ゼシルは泣きじゃくっていた。
リョウザさんはゼシルに優しい言葉をかけ続けながら歩いていた。
ゼシルの陣営の人達もリョウザさんに続き、俺達もついて行った。
人間には恋人と親友を同等と言う人もいるけど、竜人はこの関係の他にライバルも入る。
竜人にとってのライバルとは、恋人や親友と同等、人によってはそれ以上の存在なのだそうだ。結婚していて親友もいるけど、ライバルが一番大事という人も中にはいるそうだ。ライバルは人生に刺激と感動を与えてくれる特別な存在だった。
だからライバルを亡き者にしようとか、落としいれようとする事は絶対にしない。
競い合う時以外はお互いの安否を気遣ったりするのも一般的なのだそうだ。
ゼシルが頭に付けているお月様のティアラはリベカが作って贈った物で、リベカが付けていたお日様のティアラもゼシルが作って贈った物だった。
二人は永遠のライバルを誓いあった仲だった。
「すごかったね、イヴマリア」
俺は背中にいるイヴマリアに声をかけた。
でもイヴマリアは応えなかった。
イヴマリアはいつの間にか背中のポーチ中に入っていた。ポーチの中で、俺の方を向いて横になってうずくまって、泣いていた。
イヴマリアはあれからずっと泣いていたようだった。
「イヴマリア・・・・」
俺は背中のポーチの上から左手を添えた。
イヴマリア(師匠)が泣き疲れて眠るまで、ずっと左手を添え続けた。
翌日、俺達は結構な褒美をもらう事が出来た。
イヴマリアは約束通り三階建ての家をプレゼントされた。
でも持って帰る方法は俺が背負うので一辺に持って帰るのは無理だった。だって三階建ての家は高さが百五十センチもあり重くてとても背負って帰る事はできなかった。なので今回は一階の部分だけ持って帰る事にした。
紅茶以外に欲しい物があるかと聞かれたけど特になかった。
とりあえず金をくれるという事で、ロゼスザリアにある銀行に口座を作ってもらいそこに振り込まれた。直接金を渡すのはロゼスザリア流ではないのだそうだ。俺だけなく、イヴマリアやラーシリアも口座を作ってもらっていた。
銀行というものがあるのは知っていたけど口座はなかった。俺は銀行に預けるほどの金もなければ稼ぎもなかったからね。
森での戦闘の事も言ったら結構な額を入れてもらったので、あの戦闘の疲れも和らいだ。
ラーシリアはゼシルの陣営に正式にスカウトされていた。
今回ゼシルが召集をかけたのは急だったから、外せない仕事の人が結構多く人を多く集められなかった。
リベカは以前から準備していたから人も多く、ゼシルの陣営に比べて三倍の数を揃える事が出来た。にもかかわらず五分の戦いまで持っていけたのはラーシリアがいたからだった。
でもラーシリアはスカウトを断った。
戦いは嫌いではないけど戦いだけの要員となる事には興味がないそうだ。それよりも妖精の森を気に入っているからという理由の方が大きかった。
ラーシリアが一番話をするのは今でも長老様だけど、俺やイヴマリアとも話すし、他の妖精達もラーシリアと普通に話すようになっていた。
ゼシルは昨日の敗戦から立ち直っていた。
いつものカラフルなゴシックロリータの服を着て、自信に満ちた表情をしていた。
「次は負けないんだから!」
ゼシルの視線はすでに次の戦いに向けられていた。




