出発
屋敷を出るとゼシルの使用人で中庭はごった返していた。
女子はほぼ全員動きやすいメイド服だが、男子は違っていた。
簡易的な動きやすい鎧をまとっている人達が多かった。
リョウザさんも執事服に昨日は左だけに肩当がついていたけど今日は両肩になっていた。
「リョウザさん、おはようございます」
「おはよう、ミカネル殿。服を変えたのだね。髪も切られて、見違えたよ」
「ありがとう。しかし、すごい人の数すね。目的地までこの人数で歩いていくんすか?」
「いや、あれで行く」
リョウザさんが指差した先には青い壁と屋根の二階建ての一軒家があった。
「あれ、家ですよね?」
「ああ。中には机やソファー、キッチンやシャワーもある」
「どうやって行くんすか?」
「我々が竜になれるのは知っているだろう? あの家の端にはチェーンが結べるようになっていて、五人が竜になってチェーンで引っ張って空中を移動するんだ。この前妖精の岩山で君らと会った時も途中まではそうやって行ってたんだ」
「へぇ~」
と関心しているとゼシルがやってきた。
使用人達が手を止めて「おはようございます、ゼシル様」とそれぞれ声をかけていた。
ゼシルは一人一人に「おはよう」と返しながらこっちにやってきた。
「あら、イヴマリアさん。服を着てくれたのね。とっても似合ってるわ」
「ありがとう、ゼシル。あなたも素敵よ。特にそのティアラが良いわね」
ゼシルは白地に大小の青い水玉のゴスロリの服を着ていて黒い編み上げのロングブーツを履いていた。
服にもブーツにも銀の細やかな装飾がふんだんにされて昨日より更にゴージャスになっていた。
そして頭には銀のフレームにレモン色の宝石で出来た三日月が真ん中にあるデザインのこれまたゴージャスなティアラが乗っていた。三日月の周りには無数のダイヤモンドが散りばめられていた。
「ありがとう。このティアラは[お月様のティアラ」と言うの。絶対負けられない戦いの時につける事にしてるの・・・・光の雫は私のものよ」
使用人の一人が近づいてきて言った。
「ゼシル様! すべての準備が整いました!」
「皆さん! 出発します!」
ゼシルがそう言って空飛ぶ家に入ると使用人達も後に続いた。
使用人達の目はギラギラしていた。
それもそのはずだ。ゼシルとリベカのライバル対決になった時、給金が普段の月の一・五倍に増えるそうだ。ゼシルが勝った場合は二倍だ。燃えないわけがない。
だからはずせない仕事がある使用人はしょうがないけど、休みの場合は大抵自主的に出てきて、ゼシルがライバルに勝つように全力を尽くすのだそうだ。
「おーい! ラーシリア!」
ラーシリアが空にいるのが見えたので俺は声をかけた。
そろそろ出発する事と空飛ぶ家で俺達が移動する事を伝えた。
空飛ぶ家が五匹の青い竜にひっぱられて飛び立った。
東西南北に四匹の竜と空飛ぶ家の真上に一際大きい一匹の竜が体にチェーンを巻きつけて引っ張っていた。
俺とイヴマリアは窓から飛び立つ様子を見ていた。
「すげー、本当に飛んでるよ!」
「本当! すっごいね!」
俺とイヴマリアは窓に顔をつけて眼下に広がる景色を見ていた。
「意外と揺れないね」
「そうね」
「彼らはベテランだから」
とソファーに腰掛けているゼシルが言った。
「ねえ、ミカネル。窓開けようよ。きっと風が気持ち良いよ」
「そうだね」
でも俺が窓を開けようとしたらリョウザさんに止められた。
「ミカネル殿、窓はまだ開けないでくれ」
「え? まだ? 何で今はダメなんですか?」
「もし何かを落としてそれが下にいる民家や人に当たったら大事になってしまうよね。すぐにクレームが来るんだ。だから家の中のデザインや細工は細かいけど、外側は質素だったろう? 外壁なんかも簡単には剥がれたりしないように工夫されてあるんだよ。ロゼスザリアを出たら窓は好きなだけ開けて良いから」
「そうなんすね。わかりました」
「ミカネル! あれ見て!」
窓の向こうには、俺達と同じように五匹の竜にひっぱられた空飛ぶ家が見えた。
こちらの竜は青いけど、向こうは竜は赤かった。
「ちょっと! リョウザさん! あれ!」
「ああ、あれはリベカ様の陣営だ」
「何か、こっちに近づいてない?」
イヴマリアはリベカ陣営の空飛ぶ家を見ながら言った。
「大丈夫すか?」
「今は大丈夫。さっき言った理由でね、彼らも民家には絶対に被害は出さない。ロゼスザリアを出たら仕掛けてくるだろうけど」
リョウザさんが言っていた通り、ロゼスザリアを出る近くになると、空飛ぶ家の中でくつろいでいた使用人達が戦闘準備を始めた。
ゼシルだけが優雅に紅茶を飲んでいる。
紅茶には砂糖がたっぷり入っていた。極甘でないと飲めないのだそうだ。
空飛ぶ家が門を通過して下に平原が広がると、リベカの陣営から弓矢が飛んできた。と思ったらこっちの空飛ぶ家の二階から弓矢が飛んでいった。開戦はほぼ同時だった。
「きやがったな! お客人そこを離れて!」
俺達が窓から離れると使用人達が窓から魔法や弓矢を放ち、すぐに激しい撃ち合いになった。
もう俺とイヴマリアが窓からの風景や風を楽しむような状況ではなかった。
リベカ陣営から大きな火の玉の魔法が勢いよく飛んできた。
ドカーン! という激しい爆裂音がして、一階の壁に大きな穴が空いた。
「ちょっと! 荒っぽすぎない?!」
イヴマリアの言う通りだよ。これじゃ死人が出てもおかしくない。
「我々竜人は回復力が速い。特に皮膚の回復力はね。斬られても打ち身でもたちどころに回復できる。だから竜人同士の戦いになるとこれくらい普通なんだ」
リョウザさんが涼しい顔で言った。
「俺、人間なんですけど!」
「私、妖精なんですけど!」
「ああ、そうだったね。でも大丈夫。空飛ぶ家が落とされたとしても君らは必ず守るよ。でも・・・」
リョウザさんは考え込むようにして腕を組んで言った。
「今の火の玉は的が大きかったから迎撃はそんなに難しくなかったよな。二階から見えてたはずだし。後で注意しなければ」
リョウザさんもだけど、他の使用人の人達もこんな修羅場であってもどこか落ち着いていた。慣れているっぽかった。
やっぱ引き受けなきゃ良かったかな? 俺は後悔しだしていた。
「チ! 何だあの数は!」
窓に張り付いて弓を放っていた使用人の一人が言った。
妖精の岩山でリョウザさんが背中から羽の生えた姿になっていたけど、同じ姿になった人達が、リベカの空飛ぶ家の窓から次々に現れた。
「少なく見積もっても百はいそうだな」
リョウザさんがリベカの陣営を見ながら言った。
「どうしますか将軍! こちらの手勢は三十もいません! まともにぶつかったら太刀打ち出来ない!」
リベカは光の雫を手に入れるためにずっと前から準備をしていた。
本来は来週行く予定で急遽今日になったけど、それでも前から調整していたから使用人達もそれに合わせてスケジュールを組んでいた。だからあれだけ大勢集める事が出来たのだそうだ。
でもゼシルの陣営は何の準備もなく次の日だったから、使用人達はいつもの仕事が外せない人達も多くリベカの陣営ほど人を集める事が出来なかった。
ちなみに将軍とはリョウザさんの事だ。
「この戦力差は想定外だ・・・・まずいな」
リョウザさんが眉間に皺を寄せて言った。
「大丈夫よ」
イヴマリアが明るい口調で言った。
「私達には無敵のフェニックスがいるじゃない」
「おお!」
「そうだね! お~い! ラーシリア!」
さっき大きな火の玉で開けられた壁から俺はラーシリアを呼ぶとラーシリアは上空から降りて来た。
「ラーシリア! あの人達やっつけて! あの人達、人間と違って丈夫だから結構強めでもいいわ!」
イヴマリアが壁の穴から見えたラーシリアに向かって言った。
「わかった」
ラーシリアが身体を斜めに傾けて空飛ぶ家から離れると、銀炎の槍を向こうの陣営目掛けて数本撃った。
「それは避けた方が良いよ!」
一応アドバイスしたけど、向こうの人達は戦闘に慣れた人達のようで、一瞬で銀炎の槍が危ない性質である事を見抜き、皆かわした。
ラーシリアはリベカ陣営の人達がかわして出来た空間に、銀炎の爆破弾を撃った。
銀炎の爆破弾は向こうの空飛ぶ家に当たった。派手な爆裂音がして、さっき俺達が当てられた火の玉よりも大きな穴が壁に開いていた。
恐ろしい事にあれで五パーセントくらい出力なのだそうだ。
ラーシリアが本気で銀炎の爆破弾を撃ったら一発で町一つ吹き飛ばす事が出来た。更に恐ろしい事に銀炎の爆破弾は連射が可能だった。
でもリベカの陣営も黙っていなかった。
リベカ陣営の空飛ぶ家から竜になって飛び出てくる者、その上に乗って魔法や弓を放つものが現れた
「出てきたわね。こっちも総攻撃よ! 皆頑張って! ・・・・ミカネルさんとイヴマリアさん!」
ゼシルは全員に総攻撃の命令をした後、俺達にかけよってきた。
「二人は先に目的地へ行って」
ゼシルはそう言うと、俺に地図と光の雫を入れる入れ物を手渡した。
「俺達が地図を持って行っても平気なの?」
「私がすべて記憶しています」
ゼシルの後ろにいたメイド服を着たお付の人が自分の頭を指差して言った。
ゼシルのメイド女子達のリーダーのリリアさんだ。
「でも俺達だけ先に行くってどうやって?」
「もちろんここから歩いてなんて行かせないわ。ジューイ!」
「ハ!」
細身の、身軽そうな男の使用人がゼシルの近くに来た。
「彼は私達の中で一番速く飛べるの。彼が目的地まで運んでくれるわ」
ジューイさんは壁に開いた穴から飛び出ると竜に変身した。
「さあ! お客人! こちらへ!」
自分の背中に飛び乗るように指差した。
「無理だよ! 飛び移れないよ!」
服装が前より動きやすくなったけど、空飛ぶ家と並んで飛んでる竜に飛び移るなんて俺には出来なかった。
横風はすごいだろうし、というか空飛ぶ家とジューイさんとの間隔が五メートルくらい離れていて、その時点で無理だ。大して助走も出来ないのに、いや助走できたって無理だ。
「では、私が!」
リョウザさんが人の姿のまま背中の羽を広げると、俺の脇を後ろから掴んで窓から出た。
そしてジューイさんの背中に乗せてくれた。
リョウザさんは俺達の横に並んで飛びながら言った。
「ミカネル殿、このままラーシリア殿を借りても良いかな? 我々と一緒に戦って欲しいんだ」
昨日の説明では、光の雫のある遺跡カドクアッタまでは魔物はほとんどいないそうだし、あの辺一体は森なのだそうだ。
ラーシリアが俺らについてきても森の中に入れないので上空からついてくるしかなかった。
それならリョウザさん達と一緒の方が良いよね。ゼシル陣営は頭数が圧倒的に少ないんだし。
「ラーシリア! リョウザさんが戦うの手伝って欲しいって!」
ラーシリアは俺達同じ高度に来て言った。
「私はかまわないがミカネル達は大丈夫か?」
「遺跡やそこまでの森には魔物がいないみたいから大丈夫だよ!」
「わかった。二人とも気をつけてな」
ラーシリアは早速リベカの陣営に突っ込んで行った。
「ありがとう、ミカネル殿。ではお気をつけて! 光の雫頼みましたよ!」
「わかりました! リョウザさんも気をつけて!」
リョウザさんはニコリと笑うとラーシリアの後に続いて行った。
俺とイヴマリアはゼシル陣営の最速の竜ジューイさんの背に乗って光の雫がある遺跡カドクアッタに向かった。




