幻の花
ゼシルの屋敷は、ゼシルが言っていた通り大きくて広かった。
上は三階、下は地下二階まであって、部屋の数は三十を超えていた。
屋上に長いテーブルが設置されて、俺達とゼシルが向かい合う形で端と端に座っていた。
俺たちのテーブルの隣には丸くて大きなテーブルが置かれていて、リョウザさん達が座っていた。
リョウザさん達は食事をしているわけではなく、テーブルには積み上げらた大量の本と大量のメモ書きが置かれていた。テーブルの横には黒板があって地図が貼られていた。
ゼシルの使用人がひっきりなしに行ったり来たりしていて、黒板にメモが書き込まれたり、テーブルに本が増えたりして、慌ただしかった。
食事会というより、作戦会議中の横で豪華なディナーをしているという感じだ。
「ゼシル様、光の雫についての説明を開始したいのですがよろしいですか?」
「かまわないわ。始めて」
リョウザさんが立ちあがって、手元の資料を見ながら光の雫についての説明をしだした。
光の雫は一言でいってしまえば花だった。
だが普通の花とは見た目も性質も全く違っていた。
光の名を冠している通り光り輝く大輪を咲かせる花で、見る角度によっては七色に色を変える。花びらも茎も宝石のように透き通っているけど、宝石と違って花自体が光を放つのだそうだ。でも光は強くなく丁度良い輝きで、ずっと見続ける事が出来るのだそうだ。誰もがその花を目にすると美しさに見とれてしまうのだそうだ。
これだけの稀有な美しさと百年に一度しか咲かない事から幻の花と言われていた。
光の雫は摘みとると宝石のような輝きを失って、普通の花と同様になってしまうのだそうだ。
だが、光の雫を摘みとっても輝きを失わない方法が一つだけあった。
花の妖精だ。
花の妖精だけが光の雫を摘みとっても輝きが失わないのだそうだ。摘みとられた光の雫は花の命が終わるまで光り続けるのだそうだ。
リベカは光の雫が欲しくてたまらなかった。
何年もかけて探し続け、ようやく光の雫のある場所に検討をつけたのだそうだ。そして花の妖精も味方につけ、準備万端というわけだった。
「光の雫、私も欲しくなっちゃった・・・・絶対に頂くわ、ウフフ」
ゼシルが目の前にあるホールケーキをステーキでも切るかのようにナイフとフォークを使って食べていた。
竜人の主食はスイーツだった。
勝手なイメージだけど、竜人は肉をバクバク食べるものだと思い込んでいた。しかもよく焼いた肉じゃなく、生っぽい、何なら生のまま、肉食動物みたく食べるものだと思い込んでいた。
でも実際は違っていて、竜人はスイーツか菓子、果物しか食べないのだそうだ。
ゼシルだけでなく、リョウザさんも、メイド服を着たお付の人達もスイーツか菓子か果物しか食べないのだそうだ。
ただ食べる量はさすが竜人というイメージ通りの量だった。
ゼシルの前には今食べているチョコレートのホールケーキが一つと、その右隣には柑橘系のでっかい器に入ったパフェ、左隣にはスイカを丸ごと器にして中に果物とジュースで満たしたスイーツがあった。当然テーブルにはショートケーキやら菓子やら、カットされた果物で埋め尽くされていた。
何か食べたいものはと聞かれたので俺は大豆料理とパンをもらって食べていた。
妖精の森で過ごすようになったら肉を食べたいと思わなくなった。
今はデザートで運ばれてきたオレンジゼリーを食べていた。
「ミカネルさん、イヴマリアさん、あなた達に協力してもらいたいの。特にイヴマリアさん・・・・あなたがいないと、どうにもならないわ。光の雫を見つけてもあなた以外が触ったらただの花になってしまうんですもの」
ゼシルは食べ方が上手くなかった。
口の周りに生クリームとチョコレートがベッタリついていた。
「もちろん、ただでとは言わないわ・・・・欲しい物があったら言って頂戴」
俺が今食べているオレンジゼリーの皿の左側に手の平サイズの小さなテーブルと椅子があって、イヴマリアが座っていた。
「俺は別に欲しいものなんて・・・・」
ない、と言おうとしたら、俺が言い終わる前に、イヴマリアが声をかぶせて言った。
「あなたの部屋にあったお家が欲しい」
「え? ひょっとしてさっきゼシルの部屋にあったあの家?」
イヴマリアがコクリとうなずいた。
ディナーまで時間があるからといって俺達はゼシルの部屋に通されていた。
そこにゼシルが子供の頃に遊んでいた人形とミニチュアの家があった。
とても精巧に出来ていて、ドアや窓が本物と同じように開くだけでなく、窓はちゃんとしたガラスで出来ていた。中には小さな家具もあった。その家の中にあったテーブルと椅子は今イヴマリアが座っているものだ。
家だけでなく家具などのすべてのサイズがイヴマリアに丁度合っていた。
イヴマリアはミニチュアの家をすごく気に入っていて、
「ミカネル―! 見てー!」
と言って、窓を開けて手を振ったり、ソファーに寝転がったりして、家の中で遊んだりくつろいでいたりしていた。
ミニチュアの家にはクローゼットがあって中には服が入ってあった。ゼシルが言っていたイヴマリアに合う服だった。
イヴマリアは服を着替えると家の玄関から出てきて俺に見せた。
「どう?」
青いドレスを着ていた。
「良いじゃない。すごく似合ってるよ」
「ウフフ、そう? あっちの黄色の服も良いの! すぐ着替えて来るから待ってて!」
という風にディナーまでの間イヴマリアのファッションショーが続いていた。
あの後ゼシルから服をもらっていたけど家も欲しくなったみたいだった。
「あの家ね、良いわ、あげましょう・・・・ううん! 新しいのを作ってあげる! 三階建てにしてあげるわ! どうかしら?」
「本当! すっごーーい! 三階建て欲しー!」
イヴマリアは目を輝かせて言った。
「あなたは?」
「俺は別に欲しいものは・・・・」
「この人には紅茶をあげれば良いよ」
「そんなもので良いの? だったら・・・」
「ちょっと待って! 嫌だから! 紅茶は好きだけど紅茶で怪我はしたくないよ! だって多分向こうの陣営の人達とバトルになるんでしょ?」
ゼシル達のやり方は知っていた。
同じ種族で性格が似ていると言われるリベカと一つの物を奪い合うんだ。バトルにならないわけがないよね。
「確かにミカネル殿の推察通りバトルにはなるだろう。過去にならなかった試しがない。でも大丈夫だ。君らに危害は加えさせない。絶対に」
リョウザさんが言った。
リョウザさんは信頼出来る人だった。
さっきゼシルがウソ泣して衛兵を呼んで俺達を牢屋に入れると脅したのを聞いていたメイドの人がリョウザさんに報告し、リョウザさんはそんな事をしてはいけませんとゼシルに説教をしていた。
竜人は人間に自由な発想をさせるために人間が決めたルールをきちんと守った。
だからさっきゼシルがした事が、ゼシルのパパにバレたらゼシルは結構キツめな罰を受けるのだそうだ。
リョウザさんはゼシルがした事を俺達に詫びてもくれた。
リョウザさんはゼシルの言いなりの人かと思っていたけどそうではなかった。今日はゴスロリの服装の人としか歩きたくない、というような無茶な我儘を受け入れる度量もあるけれど、人の道を外れた事をした場合はちゃんと叱れる人だった。
最初の出会いがゴスロリ姿でなければ、俺はリョウザさんを尊敬していたかもしれない。
「君らは光の雫を摘みとり、こちらが用意した入れ物の中にいれるだけで良いんだ。バトルはすべて私達が引き受ける」
「でもなあ・・・・」
と俺が渋っていると、ゼシルが「ミカネルさんに紅茶を」とお付の人に言った。
「世界一の紅茶を差し上げるわ」
「世界一?」
「ええ。毎年ロゼスザリアで紅茶を上手に淹れる人を決める世界大会が開かれるの。今年のナンバーワンは私の給仕係よ」
そして俺の前には紅茶が出された。
俺の知っている紅茶とは何もかもが違っていた。
色は鮮やかに赤く、でも透き通っていて、香りは甘いが甘ったるくはなく果物のようにすがすがしかった。
「うんまい・・・・」
紅茶を口に含むと、紅茶の香りで俺の口と鼻がいっぱいになった。
香りそのものを飲んでいるかのようだった。
後でわかったのだけど、俺の知っている紅茶と違っていて当然だった。なぜなら今出された紅茶はアップルティーだったのだから。
俺はアップルティーを飲んだ事がなかったのと、普通の紅茶よりもアップルティーの方が好みだった事から、俺が受けた衝撃はハンパなかった。
こんなにうまいものがこの世にあったなんて・・・・
「この紅茶を一年分なんて小さな事は言わないわ。あなたがこの屋敷にくればいつでも、好きなだけ、つまり一生分あげるわ!」
ゼシルは高らかに言った。
「どうだろうミカネル殿。バトルは我々が引き受ける。君達は光の雫を入れ物に入れるだけで良い。もちろんさっきゼシル様が言った紅茶だけでなく報酬金も出させてもらうよ。悪い話ではないよね?」
リョウザさんが俺に紅茶をつぎながら言った。
「ラーシリアはどうかな?」
俺は振り向いて、夜空に煌々と輝くラーシリアに言った。
「私は、光の雫というものを見てみたい」
決まりだ・・・・
「やるよ・・・俺、やるよ」
ゼシルは俺達を見てうなずいた。
「リベカはいつ動くつもりなのかしら?」
リベカは近くにいたメイドの人に聞いた。
「本来の予定では来週だったそうですが、ゼシル様も参戦という事で明日に変えたそうです」
「ふふふ、そう・・・・では、私達も明日たつわ! 皆、準備をして!」
皆の中には俺達も含まれていた。
俺は町で装備を整える事にした。




