灰色のフェニックス
俺達は妖精の森の地下空間を出て、森の外れに行った。
確かにフェニックスがいた。
フェニックスは木の枝や岩の上などにとまっているのでなく、羽でホバリングしているわけでもなく、横幅四メートルほどの翼を広げた状態で上空に静止していた。
想像していたフェニックス像と実際のフェニックスは違っていた。
フェニックスというと火の鳥をイメージすると思うし実際に目の前で浮いているフェニックスは鷹に似た姿の火の鳥なんだけど、火の色がオレンジや赤ではなく、灰色だった。
ロウソクの炎は二色で出来ている。
芯から出ている青い部分を内炎、その青い部分を包むような橙色の炎を外炎と言う。目の前にいるフェニックスも二色の炎で出来ているけど、内炎が灰色、外炎は銀色だった。
辺りは暗かったから、フェニックスの銀色の炎が煌々と輝いていた。
妖精の森にいる妖精のほとんどが集まっていた。フェニックスは珍しく、誰も見た事がなかったから。
長老様の言っていた通り、フェニックスは長老様に会いにきていた。
長老様が持つ十万年の知識の噂を聞きつけてやって来たらしい。今も長老様と話していているようだった。
長老様はこの森全体が本体だから、意識だけ森の外側に移動するだけでフェニックスと話せた。
「ん? この森には人間もいるのか?」
フェニックスは俺を見かけてそう言った。
「ああ、彼の名はミカネル。もうこの森にきて十年以上になる・・・・さっき出て行って、また戻ってきた。人間だが皆と仲良くやっておるよ」
フェニックスはテレパシー的なもので心に直接話しかけてきた。長老様も同じだったので特に驚く事はなかった。
でも人の声が皆違うように長老様とフェニックスのテレパシーも喋り方だけでなく声質?的なものも違っていた。
人が普通に喋ると声の届く範囲にいる人すべてに聞こえるように、テレパシーも届く範囲で全員に聞こえる。
声と違うのは、声は特定の人だけに話す時、その人の耳元でボリュームを抑えて話さなければならないけど、テレパシーは発信者が相手を特定するだけで離れていても限定して言葉を伝える事が出来た。
フェニックスはさっきまでは長老とだけ直にテレパシーで会話していたけど、今は全域に切り替えていた。
「君はハルホトのオカリナというのを知っているか?」
「ええ、まあ。聞いた事は・・・・」
妖精の森から東の方向に行った町がハルホトで、確かオカリナを作る名人みたいな人がいるというのを聞いた事があった。
その名人が作るオカリナは大層音が良く、そのオカリナは有名だった。いつしかハルホトのオカリナとブランド化して呼ばれるようになった。
「私はハルホトのオカリナというものに興味がある。君が私に代わって買って来てくれないか? 金ならある」
そう言うとフェニックスは俺の足元に金塊をドサっと置いた。
森のはずれで話しをするのも何なので、という事で俺達は妖精の森の中に戻り、フェニックスさんもついてきた。
妖精の森は地下空間になっていて中央部分は広場になっていた。その天井部分を長老様が丸くぽっかりと開けた。長老様は森全体なので森や草木をコントロール出来た。
夜空に月が浮かんでいて、その横に灰色と銀色に輝くフェニックスさんがいた。
フェニックスさんが中に入ってくると辺りが燃えてしまうのでぽっかり開いた所に浮かんでいた。
妖精の森のに住む全員が広場に集まっていた。それぞれ腰掛けてフェニックスさんを珍しそうに見上げていた。
「俺、行かない」
フェニックスさんの頼みでハルホトの町に行く事が俺は嫌だった。
「何で?」
イヴマリアが不思議そうな顔で聞いてきた。
「人間嫌い」
「あなたも人間でしょ」
「人間怖い」
「だからあなたも人間でしょ」
イヴマリアがあきれた顔で言った。
俺はさっきの実家やギルドでのやりとりから人間がトラウマになりつつあった。
「ミカネル、人間の君が何で妖精の僕らより人間を恐れて嫌うんだ? 普通逆じゃね?」
木の妖精の若者が言った。
この若者はさっきまで仕事していたので俺が町から戻ってきた理由を聞いていないのだろう。
「まあ無理もないさ。心を傷つけられたのは今さっきの話だからな」
事情を知ってる木の妖精のモックさんが言った。
「金塊を通貨に換えて、その金で笛を買ってくる。簡単な仕事じゃないか」
木の妖精の若者が言った。
俺は答えずに水を飲んだ。
さっきから水ばかり飲んでいるので腹はタプタプだった。
「ミカネル、行っておやりよ」
ヒバさんが俺の肩に触れて言った。
「そんなに落ち込む事もないじゃないか。確かに私達の教えた魔法は発動まで時間がかかる。チームでなければ使えないかもしれない・・・でもおまえには誰にも負けない命中力があるじゃないか」
俺は妖精の森で命中力においては誰にも負けなかった。でも・・・
「・・・・それも馬鹿にされたんだ。魔物や人相手にピンポイントで魔法を当てる意味がないって・・・・炎で全体を攻撃した方が効率も良いってさ・・・」
さっきのやりとりが思い出された。
蔑んだ視線と遠慮のない笑い声・・・・
俺はまた水を飲んだ。
水を飲んでも解決しない事はわかってる。でも飲まずにはいられなかった。
「そうか・・・・でもここで過ごした十五年は無駄じゃないぞ。確かに魔法は認めてもらえなかったかもしれない。でもおまえの優しさはここにいる皆が知ってる。おまえはこの森の一員だ」
「そうだよ。俺もそう思う」
俺が町に行きたがらないのを不思議に思っていたさっきの木の妖精の若者が俺の背中に手で触れて言った。
誰かから事情を聞いたのだろう。背中への手の触れ方が優しかった。
妖精の森の皆は基本的に皆優しい。
「もうどこへも行かずにずっとこの森にいたら良い」
木の妖精が言った。
「おまえはこの森の仲間だ。おまえはもう妖精だ!」
皆の優しさに俺はまた泣けてきた。
「うん・・・・俺、ここでずっと皆と暮らす! 俺、妖精になる!」
「はあ~? どうやって? なれるわけないでしょ」
そう言ったのはイヴマリアだった。
「だから、おまえうるさいんだよ!」
「またおまえって言った! 私はあなたのお師匠様なのに! もう許さないんだから!」
師匠は腰につけていた木の棒を抜くと俺の肩をペシペシと叩きだした。
この木の棒は俺を叩くためだけの棒だ。
俺はされるがままに叩かれた。
俺が妖精の森であみだしだ技、無言の抵抗だった。これをすれば大体誰かが助けてくれた。
「イヴマリア! イヴマリア! やめないか!」
ヒバさんがイヴマリアを手で制してくれた。
イヴマリアはしぶしぶといった表情で引き下がった。
助けてくれてありがとうヒバさん。
「でもミカネル、やっぱり今町に行った方が良い」
「え? 何で?」
「今、人間と接しないと嫌な記憶が強くなって残る。そしたら次に人間と接するのが難しくなる。それでも良いのかい?」
「でも・・・・」
「何もハルホトの町にこれからずっと住めと言ってるわけじゃない。ただのお使いだ。ちょっと行ってまたすぐに帰ってくるだけだ。それだけで嫌な記憶は大分和らぐ。家族と二度と会いたくないわけじゃないだろう? 魔法使いのレベルが上がれば胸を張って会えるだろう? おまえには可能性がある。その可能性をたった一度の失敗でなくしてしまうのはもったいないよ。用が済んだらすぐに森に帰ってくれば良い。この森はもうお前の家だ。私達は家族だ。そうだろう?」
「ヒバさん・・・・」
「それになミカネル、妖精の森はここだけじゃないぞ。世界中にあるんだ」
「え? そうなの?」
「ああ。ハルホトの町ならアズロックが近い。アズロックは岩で出来た山で岩の妖精達が住んでいる。風の精霊におまえが行くように長老様に頼んでもらおう。そうすれば岩山の妖精達がおまえを守ってくれる。危なくなったらアズロックに入れば良いんだ」
「でも・・・」
「平原はフェニックスさんが助けてくれるさ。何せフェニックスさんは私ら妖精や精霊の中で最強だからな」
俺はフェニックスさんを見上げた。
「あのう、フェニックスさんって強いすか?」
そういうばさっきからずっと居たんだよね。
「これまで空から色んな魔物や人間を見てきたが私に敵うと思える者を見かけた事はない。戦闘になった事は幾度もあるが敗れた事は一度もない」
フェニックスさんがそう言うと「おおー」っという低い声のざわめきが起きた。
「・・・・わかった。俺行ってみるよ」
「うん、よく決心したなミカネル。でも今日はもう遅い、フェニックスさん、旅立ちは明日の朝で良いかね?」
ヒバさんが言った。
「ああ。それでは明日の朝、さっきいた森の端で待っている」
フェニックスさんがそう言うとあっという間に上空に上がっていき見えなくなった。
「フェニックスさんって速いんだな」
翌朝。
「えええー! ヒバさんは一緒に行かないの~?」
「ああ、私には学校があるからね」
ヒバさんは妖精学校の先生だ。
というかそれが本業で俺に魔法を教えてくれていたのは時間外だった。
「イヴマリアだけ~?」
俺のお供はイヴマリアだけだった。
「私一人だけで十分よ!」
イヴマリアは自信に満ち溢れた顔で言った。
イヴマリアは俺よりも魔法を使えない。当然腕力などもなかった。どこからこの自信が出てくるんだろう?
妖精の森の皆に見送られながら、俺達はハルホトの町へと旅立った。