よそ者
古城一階の消化活動が終って、いよいよ屋上にある鐘を取り外す作業にかかる事になった。
ジンゴロ主導の下、皆作業に取り掛かった。
足場を作る者、鐘を吊り上げる装置を作る者、それらを補助する者に分かれた。
三脚を四組作り、その間に太い丸太でつなげる。太い丸太に滑車を取り付ける。滑車で鐘を持ち上げて、滑車を丸太で移動させた。滑車はロープでつなげていて、ロープを皆で引いて鐘を移動させた。
ミカネルやヒバ、ジンゴロや力の強い木の精霊達がロープを引いた。
「頑張れ~!」
「頑張って下さい!」
イヴマリアとホタルがミカネル達の横で応援していた。
途中鐘がグラついて危ない時もあったが、最終的には鐘を床に降ろす事が出来た。
次に鐘を古城の中に入れる作業だった。
階段に丸太を二本両脇に敷いて、鐘を丸太の上をすべらせた。当然、鐘にはロープをつけていて上の階にいるものが引いてゆっくりとすべらせた。廊下は丸太を何本が並べてその上に鐘を乗せて移動させた。
古城の四階の一室に太い柱の横にある部屋があって、そこに鐘を入れた。それが一番安全だと思われたからだった。
時間はかかったが、部屋の中に鐘を入れる事が出来た。
目標が達成されると妖精達は歓喜の声を上げた。
ハイタッチをする者たち、抱き合う者達、古城の四階は妖精達の声で満たされていた。
これでもう東の妖精の森の妖精達は鐘の音だけでなく、火がついたら死ぬかもしれないという恐怖に悩まされる事がなくなったのだった。
ささやかだがお祝いの会の準備を東の妖精の森妖精達がしてくれているそうだった。
私は森の中に入れないので、近くの岩場に会場を作ってくれているとの事だった。
皆まだ熱気が冷めていなかった。
にぎやかに談笑しながら階段を下りて一階にいくと、一階の大きな扉の前で妖精達が外に出ずにたまっていた。城の外に先に出ていた妖精達の表情がこわばっていて、声を失っていた。
「どうしたの?」
ミカネルの左肩に乗っているイヴマリアが声をかけると妖精達が一斉に振り返って「シッ!」と言って口に人差し指を立てた。
妖精達の視線の先には、スロータイガーが二人向き合っていた。
一人は顔見知りになったスロータイガー、もう一人は待望のお嫁さん候補、ではなく、同じスロータイガーの雄だった。
妖精達はスロータイガー達が何を言っているかはわからなかったが険悪な雰囲気であるのは理解出来ていた。だから進めなかった。
ミカネルの右肩に乗っているホタルが同時通訳をした。
「オイテメー、ここは俺の縄張りだぞ、何勝手に家建ててんだ?」
「あん? 俺はずいぶん長くここに居たんだ! 嘘言ってんじゃねえよ!」
「嘘じゃねえ! 事情があったんだボケが。急用がな! そこに石積んであったろうが!」
よそ者のスロータイガーが地面を指差して言った。
顔見知りのスロータイガーはそういえばそんなのがあったな、という顔を一瞬したがすぐに険しい表情になった。
「石が何だってんだ! つうか俺が来た時別の奴がもういたんだ。そいつに俺は勝った。それに家建てた時点で俺の縄張りだろが!」
「だからここは俺の縄張りだっつってんだろうが! 今出て行くなら許してやるよ」
「あん?! 出て行くのはお前の方だ、ボケが!」
「おう! やんのか!」
「やるに決ってんだろうが!」
「おし、じゃあテメーから来い」
「馬鹿が! 余裕かましやがって!」
顔見知りになったスロータイガーがよそ者スロータイガーを地面に投げつけた。
一本背負いというやつだ。
ドシーン、というすごい音がした。
だが、よそ者スロータイガーは平然と立ち上がった。
そして顔見知りになったスロータイガー腕を掴んで投げた。
代わり番こで投げ合うというのが、スロータイガーの決闘のやり方だった。
投げるのは地面とは限らなかった。よそ者スロータイガーは顔見知りになったスロータイガーを山肌に投げつけた。
その振動で古城が少し揺れた。
ミカネル達の付近にある扉も揺れた。
古城は地下が四階まで深く掘られていて、スロータイガーの縄張りの近くまであった。あの辺は空洞となっていた。
「そういえば、あの鐘の音がするようになる前、ここでスロータイガーがやりあってたな」
「あ、俺も見てた」
と東の妖精の森の木の妖精達が言った。
「あの後から鐘が鳴り出したよな?」
扉の近くにいた東の妖精の森の木の妖精が言った。
このやり取りを聞いたミカネルがイヴマリアに言った。
「ヒュー君がさ、前に建物が揺れほどの大きな音がして、その後から鐘の音がするようになったって言ってたよね?」
「うん、言ってた」
イブマリアがうなずいて言った。
「あの振動で鐘の装置が壊れて、鐘がなるようになったんじゃない?」
「あ・・・・」
「私もそうだと思います。鐘の下の床が抜けてましたよね? という事はあそこまで振動が伝わっていたと思います。壁の中にある鐘を動かす装置に影響があったとも思います」
ホタルは真剣な顔でうなずいて言った。
どうやら鐘が鳴るようになった原因はスロータイガーだったようだ。
だがスロータイガーに悪意はなかった。
それに鐘は古城の四階の一番太い柱のある部屋に置いたので大丈夫だろう。万が一、床が抜けたとしても下の部屋に落ちるだけだ。そこに火の手が上がるようなものもなかった。
夕暮れ時になっていて、辺りは一面オレンジ色に照らされていた。投げ合うスロータイガーもオレンジ色に染まっていた。
スロータイガーは何度も投げ合った。
もう二人とも相当にダメージを負っていた。
呼吸が荒かった。立ち上がる時、億劫そうでもあった。お互いの表情に疲労がにじんでいた。
スロータイガーの決闘は、どちらかが死ぬまで続ける事はなかった。
野生の動物も魔物もそうだが、彼らは縄張りや異性の奪い合いで同じ種族同士でしばしば戦う事がある。怪我をしてそれが元で亡くなる場合もあるが、基本的には相手の命を奪ったりはしない。
決闘するのはどちらが優れているかを決めたいからだ。
同じ種族を殺すまでやるのは人間や我々フェニックスの限られた種族だけだ。
よそ者のスロータイガーは雄たけびを上げると、顔見知りになったスロータイガーを思い切り山肌に叩きつけた。
渾身の一撃だった。
顔見知りのスロータイガーは数秒寝ていたが、ゆっくりと起き上がった。
ダメージを負っていて辛そうではあったが、目は死んでいなかった。
顔見知りのスロータイガーはよそ者のスロータイガーの腕を掴むと、雄叫びを上げならが同じように山肌にたたきつけた。
さっきよりも大きいドスーンという音がした。
よそ者のスロータイガーは立ち上がろうとしたが立ち上がれなかった。
そして大の字になって倒れた。
顔見知りのスロータイガーは雄たけびを上げた。
勝敗は喫した。
よそ者のスロータイガーは左腕を抱えながら山を降りて行った。
顔見知りのスロータイガーは私達を見つけると激しい口調で語りかけてきた。
「ガーガ ガーガガウガウガ! ガウガーガ!(おまえらの魚のおかげ勝てた! サンキューな!)」
顔見知りのスロータイガーが親指を立てて言った。
「ガウガウガー!(どういたしまして!)」
イヴマリアが獣のポーズで言って応えた。
妖精達はスロータイガーの決闘に熱くなっていて盛り上がっていたが私は違う事が引っかかっていた。
よそ者のスロータイガーはこう言った。
「嘘じゃねえ! 事情があったんだボケが。急用がな!・・・・」
スロータイガーの急用とは何の用だったのだろう?
というのが私がさっきからずっと引っかかっていた事だった。
人間でいう所の急用とは、親が危篤だとか、仕事でトラブルが起きたとかだと思うのだが私達精霊にそんな用は存在しなかった。だから私はよそ者のスロータイガーの急用の内容が非常に気になっていた。
だが、今さっき敗北して、あちこち痛い状態のよそ者のスロータイガーに、フェニックスの私が近づいて行って、
「やあ君、残念だったな。ところでさっき君が言っていた急用とは何の用だったかな?」
と質問しても、まともに答えてくれると思えなかった。
かといって傷が癒えた一ヵ月後くらいに、
「やあ君久しぶりだな。この前の事なんだが、急用っていうのは・・・・」
と尋ねに行ってもやはり答えてくれると思えなかった。それに一カ月もの間ずっと彼に張り付いているのも時間の無駄のようにも思える。だが気になる。
私がどうしたものかと思っていると、
「助けて・・・」
という、か細い声が後方から聞こえてきた。




