赤いフェニックス
私はいつものように妖精の森の長老と話しをしていた。
ミカネルとイヴマリアが少し前くらいからやってきて私達の話しに加わっていた。
長老との話は主に私の疑問や気になった事を長老が答えるのがほとんどだが、ミカネル達が会話に加わると妖精の森での日常が話題になる事がほとんどだった。
こういうのを世間話というそうだ。
こういった会話をした事がなかった私には新鮮だったし、私は世間話を心地良いと感じるようになっていた。
日が沈み、辺りは暗くなっていた。
「ん?」
私はある気配を感じ取った。
「どうしたの? ラーシリア?」
ミカネルが私を見上げて言った。
「感じる・・・・近づいてくるのを」
「何を?」
ミカネルの左肩に乗っているイヴマリアが不思議そうな顔で尋ねた。
それはすごい速さでやってきた。
西の方向から近づいて来ていると思っていたら、いつの間にか私達の真上にいた。私が見上げた先には赤い炎の塊がいた。
赤い炎の塊は私と似たような姿、鳥のような形をしていた。人間が腕を組むように、羽を胸の前で組んでいて、私を見下ろしていた。
「ラーシリア! 見て! あれ!」
イヴマリアが気づいたようだった。
「ああ・・・・あれは私の兄弟だ」
「「兄弟!?」」
イヴマリアとミカネルが赤い炎のフェニックスを見上げて言った。
「ラーシリア殿・・・」
長老はすべて知っていた。
私とあの者の関係を、フェニックスの生態を、そしてこれから起こる事も・・・・
「ちょっと、行って来る」
私は三人にそう言って、飛び立ち、赤いフェニックスと同じ高度まで移動した。
「場所をかえよう」
赤いフェニックスはうなずいた。
私達は移動した。
私が先頭になり、赤いフェニックスは後をついてきた。
妖精の森の近くに、地面が土と岩しかない所があったのでそこを目指した。
私が空中で止まると赤いフェニックスも止まった。
私達は空中に浮いたまま向かい合った。
赤いフェニックスは、内炎は赤い色の炎、外炎は金色の炎だった。
身体は大きく、私よりも1.5倍ほど縦にも横にも大きかった。
この前妖精の岩山で出会った竜人のリョウザがフェニックスは赤か橙色の炎の鳥をイメージしていたと言っていた。赤いフェニックスは、フェニックスと聞いて思い描く一般的な姿をしていると言えるかもしれない。
羽は今も、飛んでいる時も、胸の前で組んでいた。
「俺が何をしに来たかわかっているだろうな?」
赤いフェニックスは静かな、だが重い口調で言った。
「無論だ。我らフェニックスは兄弟同士で戦い合い、最後の一霊になった者がマザーフェニックスとなる。より強い種を残すためにな・・・・戦う覚悟は出来ている」
「では、行くぞ」
「ああ」
赤いフェニックスは胸の前で組んでいた羽を左右に大きく広げた。
その羽がそれぞれ上下に二枚分かれて四枚になった。
赤いフェニックスは突進してきて、四枚の羽をバラバラに動かしてあらゆる方向から斬撃を私にあびせてきた。
フェニックスを傷つけられるのはフェニックスだけだ。
フェニックスの炎には一般的な炎にはない霊的な力があって、フェニックスを傷つける事が出来るのだ。
私は赤いフェニックスの斬撃をかわしていたが、矢継ぎ早の攻撃にかわしきれなくなり、左の羽を斬られた。
私は生まれて初めて羽を斬られた。
刀などでフェニックスを斬っても炎を斬る事と同じで、斬るというよりもただ我々の体を通り過ぎるだけだった。だがフェニックスに斬られると斬られた部分は消えてなくなった。そしてそれには痛みも伴っていた。
だが斬られた左の羽はすぐに再生した。しかしダメージは体に残った。
我々は人間と違って臓器や筋肉、骨などがない。人間は心臓や脳に致命傷を負うと他の部分が健康でも死んでしまうが我々は違う。
私は右の羽で赤いフェニックスの左肩から右の脇腹に抜けるように斜めに斬った。
赤いフェニックスは私と同様に斬られた部分は消滅したがすぐに再生した。だがやはり痛みはあるようで表情が一瞬歪んだ。
我々にはコアのようなものも存在しない。
どこを斬られても死にはしないし、すぐに再生もできる。だが、フェニックスに攻撃されると、どこを攻撃されても体全体にダメージを受けた。
赤いフェニックスの攻撃は速く、また四枚の羽をそれぞれが別の生き物のようにバラバラに使うため、私が当てた攻撃の数よりも当てられた数の方が多かった。
だが私の銀の炎の方が赤いフェニックスの金の炎よりも威力が強かった。
赤いフェニックスの攻撃の速度が次第に鈍くなっていった。
赤いフェニックスは意を決した表情になると、後方に少し下がって距離を取った。
勝負を仕掛けてくるのだと思った。
赤いフェニックスは四枚の羽をすべてたたんだ。そして急速度で突進してくると同時に四枚の羽を広げて高速で回転してきた。
これまで魔物などと戦ったり、人間の戦い方を観たりして、彼らとフェニックスとの違いを私は一つ見つけていた。
魔物や人間もそうだが戦いを経験するほど、相手からの攻撃というのを考慮するようになる。相手がこう攻撃してきたら、この場合は防御しようだとか、こう反撃しようだとか想定するようになる。人間は頭で考え、魔物は本能でその事を理解する。
だが我々フェニックスは相手から攻撃されるイメージ自体をしない。物理攻撃や魔法、ほとんどの攻撃が効かないからだ。だから自分が攻撃されるという状況を考えない。
赤いフェニックスもそうではないか、と思った。
私は赤いフェニックスが突進してくるのと同じ速さで赤いフェニックスに突進した。
赤いフェニックスは一瞬驚いたような表情になった。
やはり攻撃される事を想定していなかったようだ。
赤いフェニックスはこの技を使うのをイメージした時は相手が一方的にやられる姿をイメージしていたのだろう。自分に向かってくる事は想定していなかったから一瞬だが動揺した。
そこに隙が生まれた。
私はその隙を見逃さなかった。
赤いフェニックスの技は四枚の羽を高速で回転させるが、直進する事で四枚の羽の回転速度を更に上げる事が出来た。だが私が向かって行った為、赤いフェニックスは動揺し、進路がわずかに曲がった。そのため四枚の羽の回転の速度が上がらなかった。
高速で回転する四枚の羽はそれだけでも十分速かったが、かわせないほどではなかった。
私は、赤いフェニックスの回転している四枚の羽の攻撃をギリギリでかわし、回転の中心部分である赤いフェニックスの下半身を、すれ違い様に斬った。
私に斬られた赤いフェニックスの下半身は再生しなかった。
赤いフェニックスは苦悶の表情に顔をゆがめると、そのまま地に落ちて行った。
ダメージが蓄積され飛んでいる事も出来なくなったのだろう。あの技を使ったのは自身の体が限界だと思ったからかもしれない。
赤いフェニックスは岩山に仰向けに倒れ、そこから動かなくなった。
赤いフェニックスの下半身は再生が極端に遅くなっていた。さっきまでは瞬時に再生していたのに今は数ミリずつジリジリと再生していた。
赤いフェニックスは戦えなくなっていた。
私は赤いフェニックスの足元に降り立って言った。
「君は、羽が四枚あるのだな」
「ああ・・・・だが最初からあったわけでない。四枚に増やしたのだ・・・・相当に時間をかけて訓練もしたのだ・・・・おまえを倒すためにな・・・・・・だが、敵わなかった」
赤いフェニックスは私とは目を合わさず空を見上げたまま言った。
敗れはしたが、今の戦いに後悔はない、というような、どこかスッキリとした顔立ちをしていた。
我々フェニックスは兄弟で戦い合う。
最後に生き残ったフェニックスがマザーフェニックスとなり、太陽へ向かって飛んで行く。太陽の中でしばし眠り、力を蓄えた後、再び地球にやってきて子を産む。そして果てる。その子達が成長し、再び最も強いフェニックスを決めるために戦い合う。
我々フェニックスは何万年も前からこれらを繰り返してきたのだ。
赤いフェニックスは死を覚悟していた。
私は赤いフェニックスに尋ねた。
「私達が今した事を人間の世界で何というか知っているか?」
「知らん・・・・」
「兄弟喧嘩と言うんだ」
「・・・・それが何だというのだ?」
「太陽の下でゆっくり体を休めて、戦える状態になったら、いつでもやって来ると良い・・・・また喧嘩をしよう」
赤いフェニックスは半身を起こして驚いた表情で私を見た。
私は赤いフェニックスの目を真っ直ぐに見返した。
赤いフェニックスは何か言いたそうな顔をしていたが何も言わなかった。
しばらくの間私を見つめていたが、私が何も言わず何もしないと悟ると、ヨロヨロと飛び立って行った。
「お~い! ラーシリア!」
ミカネルが左手にオイルランプを持ち、右手を振りながら走ってきた。
「ラーシリア!」
ミカネルの右肩にはイヴマリアもいるようだった。
「ラーシリア、何で逃がしたんだい? 戦うのが好きなのかい?」
ミカネルが聞いてきた。
私達の戦いを見ていたようだった。
「戦う事は嫌いではない・・・・だが私から戦いを仕掛けた事はこれまで一度もない」
「あの赤いフェニックスが回復して力をつけて、ラーシリアより強くなったらラーシリアは困らないのかい?」
ミカネルは心配そうな顔をしていた。
「?・・・・何も困る事はない」
「じゃあ、ラーシリアが死んで、あの赤いフェニックスがマザーフェニックスになってもいいの?」
イヴマリアが心配そうな、悲しそうな顔で聞いてきた。
ミカネルもイヴマリアもフェニックスの生態について知っているようだった。
「ああ、その通りだ。私はマザーフェニックスを目指していない・・・・死は恐れていないが死にたいと思った事はない・・・・・・私はただ、あの兄弟を殺したくない、そう思っただけだ」
私は、兄弟が飛び立った方向を見上げた。
夜空には、兄弟の姿はもうなかった。




