イヴマリアとミカネル
妖精の森の長老は物知りだ。
私は妖精の森の外で長老と話しをするのが日課になっていた。
私の疑問に長老が答えるのが主な会話の内容だが、ミカネル達と行動を共にして体験した事や彼らの様子を話す事もあった。
長老はミカネルやイヴマリアの話を聞くのが楽しそうだった。妖精の森に住む妖精や精霊は長老にとっては自分の子供のようなものだった。
「この森に人を入れたのはミカネルが初めてではない。これまでもこの森に入れた人間はいたが多くは森に迷った子供だ。大人でも妖精の森に入れる場合はあるがそれは怪我を負っている場合だけじゃ。
子供は親が心配するからすぐに返すが、怪我を負った大人は傷が回復するまでは森にいさせたりする。傷が治ると寝ている間に妖精の森の入り口に移動させた。だが怪我を負っていても妖精の森に入れない場合がある。それは武器を有している場合じゃ。どんなに小さくても武器を有している者は妖精の森に入れないのじゃ」
「ではミカネルもこの森にやってきた時は武器を有していなかったのだな」
「その通り。ミカネルは武器を有していなかった。それどころか食料や着替えなど何一つ持っていなかった。それでも最初はミカネルを森に入れるつもりはなかった。ミカネルに邪悪さは感じなかったし武器も有していなかったが目的がわからなかった。森に入れたのはミカネルの目的がわかったのと、イヴマリアの為じゃった」
「イヴマリアの為?」
「そうじゃ。イヴマリアは、根は優しい子なのだが生まれた時から攻撃性が強かった。それは長所でもあったが、ここの者達には短所として見られていた。イヴマリアはこの森で孤立しておった。いつも誰かとぶつかっていたから、皆が距離を置くようになっておった。
だからあの日も妖精の森を出て、一人でさみしそうにしておったよ。そこにミカネルが現れたのじゃ。イヴマリアに弟子にして下さいと言ってきた。
最初はイヴマリアも目を白黒させておった。元々物怖じしない子じゃったが、弟子にしてくれと言われた事はなかったし、人間を見たのもあれが初めてじゃったから無理もなかった。
わしはイヴマリアにおまえが望むならその者を弟子にしても良い、妖精の森へ入れても良いと言った。ミカネルの存在がイヴマリアに何らかの良い効果を及ぼすかもしれないと期待したからじゃった。
イヴマリアは不器用な子じゃ。皆と仲良くしたいが、どうやったら仲良くなれるかがわからない。だから自分とミカネルとの師匠と弟子の関係にこだわる。そういう型のようなものがないと、どうやって接したら良いかわからいないのじゃ。またそういう型がないとミカネルをつなぎ止めていられないとも思っていたんじゃろう」
「なるほど、そうだったのか」
「ミカネルを妖精の森に入れて良かった。わしが思っていたよりもずっと良い結果になった。ミカネルがイヴマリアの攻撃性をすべて受け止める事で、イヴマリアは森の皆とうまくやっていけるようになった。
イヴマリアは最初それに気づいていなかった。でもミカネルが森を出て行った後、また皆とギクシャクしだすようになって気づいた。だからミカネルが帰って来てからはミカネルから離れようとしない。ミカネルが行く所にはどこにでもついていく。
帰って来たミカネルも人間の世界に居場所がなくなっていたからイヴマリアの気持ちが何となくわかるんじゃろう、イヴマリアにどんなに邪険にされても、向こうへ行けというような自分から遠ざけるような言葉だけは決して言わない」
「そうだな。ミカネルがイヴマリアにそんな風な事を言った事は一度も聞いた事がない」
「イヴマリアが今は左に妖精の剣、右にはミカネルを叩く棒を下げているが昔はどっちも左にさしていた。ある日、いつものようにふざけてミカネルを叩こうとしたら、間違えて妖精の剣をふるってしまった。
ミカネルは反射的に左手を上げて防御したが手の皮が斬れてしまった。大した傷にはならなかったがミカネルの手のひらには血がにじんでいた。
イヴマリアはその時はあやまらなかった。だがさすがにすまないと思ったんじゃろう、夜中、ミカネルが寝ている時に、薬草を取りに行っては左手の傷口に当てて、その薬草が乾く前に新しい薬草をとってきては古いものと交換するというのを何度も繰り返しておった。
ミカネルはそれに気づいたから言った。
「イヴマリア、もう良いよ。もう大丈夫だから」
「別にあなたのためにやってたわけじゃないから・・・・たまたま目が覚めて、たまたま近くに薬草があったから、そういえばと思ってやってただけなんだから」
イヴマリアはいつものように張らなくてもいい意地を張って言った。
普通なら嫌味の一つもいう所じゃが、そうしないのがミカネルじゃ。
ミカネルはイヴマリアが謝るのが苦手な妖精である事がわかっていた。イヴマリアが口ではああいう風に言っているが本心ではすまないと思っている事もわかっていた。ミカネルはイヴマリアが薬草を何度も取り替えてくれた事だけで十分だった。
「そっか、そうだったんだね。でも、もう大丈夫だよ。俺も休むからイヴマリアも、もうお休みよ」
イヴマリアは何も言わずにミカネルに背を向けた。少しの間、空中にたたずんでおった。
そして小さな、震えた声で、
「ごめんなさい」
と言った。
ミカネルが何かを言う前にイヴマリアは自分の部屋に戻って行った。
次の日、昨日の事が何もなかったかのようにいつもの二人になっておった。
ミカネルは不思議な子じゃ。イヴマリアだけでなく他の妖精も精霊のリーネも皆彼を受け入れている。今ではこの森のかけがえのない一員じゃ」
妖精の森の長老は森で暮らす妖精や精霊が自分の子供のように思っているが、ミカネルに対してもそう思っているようだった。
妖精の森に帰ってくる時、ミカネルは必ず行う事がある。
「ごめんよ、ラーシリア。せっかく入れてもらったんだけど」
と言って、空に向かってフェニックスリボルバーを撃って中身を毎回空にした。そしてそれを森の入り口で妖精の森の長老に預けるのだ。
長老は武器を有する者を妖精の森に入れない事をミカネルに話した事がないそうだ。
ミカネルは自分の意思でそうしていた。
なぜそうするのかとミカネルに尋ねると「森でフェニックスリボルバーが暴発する事は万が一でもあっては駄目だから」と言っていた。妖精の森に住む妖精の大半は木と花の妖精だ。いうまでもなく火に強くない種族だ。
ミカネルは人間だが妖精達と感性や考え方が似ているのだと思った。




