あたたかいもの
「なんだ! 戻ってきたのか!」
岩と岩の間から、黄色い火の塊が跳び出てきた。
火の精霊だった。
火に宿るのではなく、火そのものが動いている事から私と同じ火の特殊精霊だった。
外炎と内炎はなく、黄色一色の火だった。形は星形で、目と口が胴体にあった。身長は三十センチほどだった。
「さっきも言ったがな、オイラ様はこの世で最強なのだ! オイラ様より強い奴はこの世にいないのだ!」
星形の火の特殊精霊は二メートルほどの丸い岩の上に立って言った。
「君は火の精霊だよね」
ミカネルが尋ねると、
「チ、チ、チ」
星形の火の特殊精霊は星の一角を人間の指のような形に変えて左右に振った。
中々に器用だ。私も出来るか後で試してみよう。
「ただの火の精霊じゃない! 火の特殊精霊様だ!」
星形の火の特殊精霊は胸を張って言った。表情や声が自信に満ちていた。
「ああ・・・まあ・・・・そうだろうね」
ミカネルが少しあきれたように言った。
「何だ! 特殊精霊を知っているのか!」
「うん、まあ・・・・ね」
ミカネルは私の方をチラチラ見ながら言った。
そこにも特殊精霊がいるよ、と星形の火の特殊精霊に知らせようとしているようだった。星形の火の特殊精霊に恥をかかせたくなかったのだろう。だが、星形の火の特殊精霊は私が見えておらず、ミカネルの真意もわからなかったようだ。
「何だ! おまえはもっとオイラ様をちゃんと見るんだ! 失礼な奴め! オイラ様を怒らせると恐ろしいんだぞ! 火の特殊精霊は 自由に動き回れるし、剣とかの攻撃は一切効かないチョー恐ろしい存在なのだぞ!」
「・・・・そうだね、知ってるよ」
「あなた、もっと周りをよく見てみてみたら?」
イヴマリアが呆れ顔で言った。
「ふん! さっきからおまえの事は見えておるわ!」
「いや、私じゃなくて・・・」
「ん? 何だ、その首から下げているものは!」
「ああ、これはオカリナだよ」
「それをオイラ様によこせ!」
「いやこれはダメだよ。俺のじゃないし、そこにいる・・・・」
「いいからよこすのだ!」
星形の火の特殊精霊はそう言うとオカリナの穴の一つから中に入った。
「あ! 熱っつ!」
ミカネルはオカリナを首からはずし、星形の火の特殊精霊が立っていた岩の上に置いた。
本当は熱くなったオカリナを放りたかったはずだ。だが、オカリナを壊したくないため急いでいたが丁寧に置いていた。
「うん・・・うん! いいぞ! やっぱりそうだ!・・・・これは今からオイラ様の物だ!」
「何言ってるんだよ! ダメだよ!」
「ダメと言ってもダメなのだ! もう決まったのだ! 返さないのだ!」
星形の火の特殊精霊はオカリナの穴から顔を出して言った。
星形の火の特殊精霊の顔は先ほどは胴体にあったが今は星形の一角にあった。顔は移動できるようだった。
私は星形の火の特殊精霊の視界に入るように近づいた。
「そのオカリナは私の物だ」
星形の火の特殊精霊は初めて私の存在に気がついた。
「ダハァッ!?・・・・な、な、な何だお前は! い、いつの間に!」
星形の火の特殊精霊の表情から余裕は消え、焦りがにじんでいた。
星形の火の特殊精霊はフェニックスの事を知らないようだったが、私との実力差を瞬時に理解したようだった。
「さっきから居たのだがな・・・・君はそのオカリナを大層気に入ったようだが、それは私の所有するものだ。今すぐ返してもらおう」
「・・・・ふ、ふん! 嫌なのだ! 取れるものなら取ってみるのだ!」
星形の火の特殊精霊はオカリナの中に閉じこもった。
「フハハハハハハハ! どうだ! これで手は出せないな! 諦めて帰るのだ!」
「確かに、オカリナに触れる事は出来ないし、壊すわけにもいかないし、手は出せないわね」
イヴマリアが困った表情で言った。
シュタ湖の水の精霊がそうだったように、星形の火の特殊精霊でも多分私の炎なら傷つけられると思った。
だが私はその方法を選ばなかった。もっと簡単な方法を思いついたからだった。
私は念力でオカリナを持ち上げた。
そして激しくゆすった。
すると星形の火の特殊精霊がオカリナの穴から出てきた。
「あ・・・・簡単だったね・・・・」
「そうだね」
星形の火の特殊精霊は悔しそうに私をにらんだ。
「クゥゥゥ・・・・」
星形の火の特殊精霊は再びオカリナに入ろうと飛んだ。
「ハァッ!」
速度は遅くはなかった。この速度なら魔法で当てるのは難しいだろう。そして彼は精霊なので物理攻撃が一切通用しない。
なるほど、山賊達が逃げて行ったわけだ。山賊達は何も出来ず一方的に攻撃された為逃げるしかなかった。
だが私の念力の方が遥かに速かった。
星形の火の特殊精霊がオカリナに入ろうとするが私の操るオカリナに入る事は出来なかった。私の操るオカリナを星形の火の特殊精霊が追いかける形になった。それがしばらく続いた。
「ああああー!!!・・・・・・どうしてオイラをいじめるんだ!?」
星形の火の特殊精霊は私を恨めしそうな目で見ている。
「いじめてなどいない・・・・人の物を自分の物と主張している君が間違っているのだ」
「陶器ならあそこにもあるよ」
ミカネルが向こうの机に置いてあるケトルを指差して言った。
「あれはダメだ! 匂いがしなかった!」
「匂い?」
「そうだ! そのオカリナというやつからはオイラが生まれた所と同じ匂いがするんだ!」
星形の火の特殊精霊が言う匂いは人間の匂いとは違う。その物から漂う雰囲気、というのが一番近いと思う。作られた場所の雰囲気、作り手の想いがこもっているとも言えるかもしれない。匂いというのも確かに遠くはなかった。星形の特殊精霊が言っている事は私にも理解できた。
「匂いか・・・・出来たばかりだから窯で焼いた火の匂いが残っているのかな?」
「いや彼の言う匂いとはオカリナの作られた環境や作り手の想いの事だ。あのケトルからは作り手の想いは感じられないが、オカリナからは老人の想いが伝わって来る」
「ケトルは大量生産で仕事として作られていたから想いは入っていないけど、オカリナはおじいちゃんの愛情が入っているからって事?」
ミカネルの左肩に乗っているイヴマリアが私を見上げて言った。
「そうだ」
「君が生まれたのはどういう所?」
「ああいうのはなかった・・・でも鉄がいっぱいあった・・・・トンカチでカンカン打つ人もいた! 皆良い人だった! オイラに優しかった!」
「生まれた所の匂いが恋しいなら、生まれた所に帰ればいいじゃない」
「どこにあるのか、わからないのだ・・・・」
星形の火の特殊精霊は悲しそうに言った。
ちょっと出かけてみようと思って生まれた所を出てみたら自分より遥かに大きな魔物に出会った。だがその魔物は自分を見て逃げ出した。それで気分が良くなり、敵がいない事を良い事に赴くままに旅をして来たそうだ。
ふと生まれた所に帰りたいと思ったがどこからどう来たかわからなくなっていて、帰りたくても帰れなくなってしまっていた。
「そのオカリナよりも君の生まれた匂いが強い所を紹介するよ」
ミカネルが言った。
「え? ハルホトの笛を作ったおじいさんの所に行くの? おじいさんびっくりするんじゃない?」
ミカネルの右肩に乗っているイヴマリアが言った。
「もう一つあるじゃない。これを作ってくれた人の所」
ミカネルがフェニックスリボルバーを取り出して言った。
私達は星形の火の特殊精霊を伴って妖精の岩山に向かった。
ジンゴロが合金を作る作業場に星型の火の特殊精霊をいれた。
「お、同じだ! オイラが生まれた所と同じ匂いだ! ハア~ やっぱり良い匂いだ~・・・・・・・オイラここに住みたい! オイラここで暮らしたい!」
「どうすかね?」
ジンゴロにミカネルが言うと、ジンゴロは喜んで言った。
「大歓迎だよ。私らは火の魔法を使える者は少ないからな。これで好きな時に合金を作れる!」
星型の火の特殊精霊はタキビと名づけられ、妖精の岩山の住人となった。
私達はオカリナの奏者のいる町、レトリーフに向かった。
ミカネルが交渉して時間はかかったが、演奏は喜んでしてもらえる事になった。私達がコムー山の山賊を倒したという風に彼らが解釈したからだった。
コムー山の山賊がいなくなった経緯を教えると、最初レトリーフの住人は半信半疑だった。砦に町の者が確認に行き、山賊がいない事を確かめると、町の人々は砦を占拠した。
コムー山は道が狭く高い岩に挟まれて急な斜面もあったため圧倒的に地の利が山賊に有り、今まで山賊を退治出来ずにいたのだった。
山賊は地の利を最大限に生かすため、砦だけでなくそれに通ずる道には様々な仕掛けが施してもいた。あの砦を落とすにはかなりの犠牲を払わなければならないのが予想できた。
もう一つの平原のルートがあったという事、岩に囲われた狭い道があり物資を運べる量も限られていた事、傭兵を雇う金が高すぎる事などから、今まで野放しされていた。
だがコムー山のルートはラーシリア地方に圧倒的に近いという利点があり、ルートも一つよりは二つの方が良いに決っていた。今後、人や物流が活発になり、経済の発展が見込まれた。
再び山賊に占拠されないために、王都に応援を要請するそうだ。
コムー山の山賊を倒したのは火の特殊精霊のタキビだが、タキビは我々の仲間と思われ、我々はコムー山を解放した者として扱われた。
ぜひお礼がしたいという事になり、じゃあオカリナを一曲と言うと、そんな事で良いなら喜んで、という流れでオカリナの演奏をしてもらえる事になった。
私は建物の中に入る事が出来なかった為、屋外に演奏用のステージが設けられた。
オカリナの演奏を聴きたいのがミカネルではなくフェニックスの私という事を聞いた町の人々は最初は驚いていた。でもミカネルが説明してくれた事で納得したようだった。
「ここがラーシリアの席だよ」
ミカネルがそう言ってオカリナ奏者の真ん前に私の席を用意してくれた。
といっても私は座る必要もなければ、私が座れる椅子もないので、オカリナ奏者から五メートルほど離れて空中でたたずんでいるだけだが。
レトリーフの町の人は私を物珍しげに見ていた。
でもそれは人間だけでなく、妖精もそうだったし、何なら魔物もそういう風に見る事もあったので私はそういう視線には何も感じなくなっていた。
夜もふけていたのであちこちでオイルランプなどが灯されていて町は幻想的な雰囲気だった。私はオイルランプの火の光よりも遙かに強かったため、私の周りはかなりまぶしかったと思うが。
私から横に五メートルほど離れてミカネルが椅子に座っていた。
イヴマリアは、下半身をミカネルのフードの中に入れていて、上半身をミカネルの左肩に乗せていた。ミカネルの肩を机のように使っていて、頬杖をついている時もあれば、両腕をだらりとしている時もあった。
オカリナのコンサートが始まった。
オカリナ奏者が三人横に並んでいて、真ん中の奏者はハルホトのオカリナで吹いていた。
オカリナの演奏は素晴らしかった。
オカリナの単音自体は、風で似たような音をこれまでも聞いた事もあったが、人間が作ったメロディーというものは自然界には存在しなかった。
音が低かったり高かったりして、時間的に並んでいるだけなのに悲しく聴こえる時もあれば楽しく聴こえる時もある。
三つのオカリナのメロディーが重なるハーモニーもまた素晴らしかった。
私は心を揺さぶられた。
美しいと思った。
音楽は素晴らしいものだった。
オカリナのコンサートが終り、レトリーフに一泊した後、私達は妖精の森に帰る事にした。
レトリーフを出て、コムー山を下山した頃には、昼を過ぎていた。
イヴマリアはミカネルのフードの中で昼寝をしていたので私とミカネル二人となった。
今回オカリナの演奏を聴くためにレトリーフに行きたいと私が言った時、ミカネルが嫌そうな顔をした事を、ふと思い出した。
だがミカネルは引き受けてくれた。
あの時は気づかなかったが、改めて考えてみるとなぜミカネルは引き受けてくれたのか疑問に思った。私に音楽を聴かせる事に彼は何の得にもならないからだ。私は聞いてみる事にした。
「ミカネル」
「何すか?」
「今回の件をなぜ引き受けてくれたのだ? 最初はあまり乗り気でないように見えたが」
「うん、まあ・・・・最初聞いた時はヤダなあって思ったすよ・・・・町に行くのは・・・・人と話すのはヤダなあって・・・・でも、ラーシリアが音楽を聴きたがってたから」
「私が音楽を聴きたがっていたから? そんな理由で君は行きたくもない町に行って人と交渉してくれたのか?」
「ええ、まあ、そうっすよ・・・・・・・・だって、俺らもう仲間じゃないすか」
そういうとミカネルは少し照れたように笑った。
私の心に温かい何かが流れた
温かいものは私の心から全身へと広がって、私を満たしていった。
それは心地の良い体験だった。
オカリナの音や音楽は美しく、私は大いに感動し、これ以上の感動はないだろうと思っていた。
だが、今ミカネル言われた言葉は比較にならないほど私の心を大きく強く揺さぶった。
彼がなぜ妖精の森の妖精達に好かれているのか、花の妖精のイヴマリアが何の警戒心もなく彼のフードの中で寝られるのか、それがわかった気がした。




