水の精霊のリーネ・後編
シュタ湖の水の精霊が姿を現した。
十五メートルほどの高さの大きな体をしていた。まさに主と呼ぶにふさわしい大きさだった。
シュタ湖の水の精霊は男性的な人間の容姿をしていた。
彫が深く気難しそうな顔立ちでもあった。俺達に起こされた事で機嫌が悪いのかもしれない。
「人間? 花の妖精?・・・・フェニックス? 何だい君達は?」
「ごめんね! 眠ってたよね! すまなかったね、起こしちゃって・・・・実は俺達シュタ湖のフェスに来たんだけど昨日で終っちゃったんだよね?」
「そうだよ・・・・」
シュタ湖の水の精霊は不機嫌そうに答えた。
寝てた所を起こされたんだ無理もないよね。でも俺はリーネちゃんとシュタ湖の水の精霊を何とか仲良くさせたかった。
リーネちゃんは初めてみる自分以外の水の精霊をまぶしそうに見てた。目を輝かせて嬉しそうだった。
「この子は妖精の森の水の精霊のリーネちゃん。妖精の森には水の精霊は彼女しかいないんだ」
リーネちゃんは少し照れたように頭を下げた。
シュタ湖の水の精霊はリーネちゃんをチラっと一瞬だけ見ただけだった。
「ふーん。それで?」
「ええっと、その・・・・お互いの事を話したり、一緒に遊んだりしたら二人でも楽しいんじゃないかなって思うんだけど、どうかな?」
「はあ? 何で僕が? そんな事したくないよ」
リーネちゃんの表情が曇った。
「ええっとね、でも・・・・・」
何とかしなきゃ! 何とかしなきゃ! とは思うんだけど、この状況を打開する良い方法が浮かんでこなかった。
「まあでも、しょうがないな。君を取り込んであげるよ」
「え? 取り込むって?」
「知らないのか? 水の精霊は一つになる事が出来るんだよ」
「え? じゃあフェスっていうのは、水の精霊さん達で楽しく遊ぶ事じゃないの?」
「そんな事するわけないじゃん・・・・みんな僕が目当てなのさ。ぼくが魅力的だから寄ってきて一つになる。それがフェスさ」
そんなのは知らなかった。
リーネちゃんも困惑していた。
「君もぼくの噂を聞きつけてやって来たんだろう? 取り込む事はフェスの時しかしないんだ。魔力を多く使うからね。でも今回は特別に取り込んであげるよ。僕は優しいからさ」
「あのさ! あなたに取り込まれた後、リーネちゃんは自分の意思で元の一人の状態に戻る事は出来るの?」
イヴマリアがきつい顔で聞いた。声のトーンにかなりするどい棘があったけどシュタ湖の水の精霊は気づいていないようだった。
「出来ないよ。一つになったら二度と元に戻れない・・・・というか元に戻る意味がわからない。皆僕と一つになりだいんだから」
「リーネちゃん、どうする?」
イヴマリアは真剣な表情で聞いた。
シュタ湖の水の精霊に話しかけた時と違い、厳しさの中に優しさが含まれていた。
「わかんない・・・・」
リーネちゃんは両手を胸に当てて辛そうな顔をしていた。
「もう早くしてよ! 何モタモタしてんのさ! こっちにくればすぐ終るんだから!」
「そんな簡単に決められるわけないでしょ! 妖精の森の皆とはもう会えなくなるんだから! フェスがそんな事だなんて知らなかったんだから!」
イヴマリアがそう言うとリーネちゃんは更に困惑した。
リーネちゃんはシュタ湖の水の精霊を嫌いになりたくなかった。初めて会った同じ種族の精霊だったから。自分の事を対等な存在としてすら思っていないようだったけど、それでも嫌な精霊だと思いたくなかった。
シュタ湖の水の精霊に取り込まれる事は、リーネちゃんからしてみたら抵抗があったけど、他の水の精霊は当たり前にするそうだしシュタ湖の水の精霊も好意であるのはわかったので、自分の感情が正しいのか、わからなくもなっていた。
でもイヴマリアの言う通り妖精の森の皆に二度と会えなくなるのも嫌だった。
リーネちゃんは今にも泣きそうになってた。
「あ、あの! シュタ湖の水の精霊さん! 俺たちはフェスがただ水の精霊さん達が皆で遊ぶようなものだと思ってたんだ。だから当然終ったら妖精の森に帰るつもりだった。寝てるとこ起こして、せっかく出てきてもらって申し訳ないけど、今日は帰るよ。妖精の森でゆっくり考えて、皆とも話して、それから決めようと思う。それで良いよね?」
と俺は、前半はシュタ湖の水の精霊に、後半はリーネちゃんに尋ねるように言った。
リーネちゃんは目に涙を浮かべて何度もうなずいた。
「じゃ、そういう事で・・・・」
「待てよ」
「え?」
「僕を起こしておいて、フェスでもないのに取り込んでやろうとしたのにそれを断るなんて許せないよ! 君らだよね! 僕を呼んだのは!」
「だから知らなかったって言ったよね! あなたしつこいんだけど!」
イヴマリアがシュタ湖の水の精霊を指差して言った。
「し、しつこい?」
「そうよ! あと何度も謝ったじゃない! 同じ事言わせないでよ! バカなの!?」
ああ・・・最後のバカなのはいらなかったなあ。
「バカ・・・・ 許さないぞ! 絶対に許さないぞ!」
シュタ湖の水の精霊が怒りを顔中に、にじませて近づいてきた。
俺はショルダーバッグからフェニックスリボルバーを取ろうとしてまさぐっていると、ラーシリアが俺達を守るようにしてシュタ湖の水の精霊の前に出た。
「彼らに危害を加えようとするのなら私が相手になろう」
「・・・・何でだ?」
「彼らを守ると妖精の森の長老と約束したからだ。それに先ほどから話を聞いていたが、彼らに大きな問題があるとは思えない。勘違いはあったが彼らに悪意はなかったし謝罪もした。私はあれで十分だと思う。彼らに危害を加え、力ずくでリーネを取り込もうというのであれば容赦はしない」
「そうかい! ふん! バカめ! 僕より小さいクセに!」
シュタ湖の水の精霊は両手をラーシリアに構えると、高圧の水流を発射した。
一般的な動物なら穴が空くか真っ二つに斬れる威力だった。
だがラーシリアラーシリアの前では水蒸気となっただけだった。
「戦いにおいて身体の大きさは重要な要素だが、身体の大きい者が小さい者に必ず勝つというわけでない。君の攻撃は私には効かないぞ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
シュタ湖の水の精霊は水流の威力を上げ、更に数も増やした。
シュタ湖の水の精霊の手だけでなく体からも高圧の水流が出てラーシリアを攻撃した。
だがラーシリアの前では、水流は派手な音を立ててすべて水蒸気と化しただけだった。大量の水蒸気からラーシリアが姿を現して言った。
「無駄だ・・・・フェニックスを傷つけられるのはフェニックスだけだ」
ラーシリアが左右の羽から、銀炎の槍を何発も撃った。
銀炎の槍はシュタ湖の水の精霊の体を貫いていった。
「アアアァァァ! アアアアアァァァ! 痛い! 痛いィィィィ!」
シュタ湖の水の精霊は痛みに身をくねらせながら叫んだ。
「フェニックスの炎は普通の炎とは違う」
フェニックスの炎は岩などを貫くだけでなく、実体のない水の精霊も貫く事が出来、痛みも与えるようだった。フェニックスの炎は一般的の炎の成分の他に霊的なものがあるのだろう。
シュタ湖の水の精霊はたまらず湖の中にもぐろうとした。
だがラーシリアがさせなかった。
湖の水面ギリギリまで下がり、下から突き上げるように銀炎の槍を連射した。
「ギャアアアアアア! アアアアアアアア! 痛いィィィィ! 痛いィィィィィ!」
「言ったはずだ。容赦しないと」
ラーシリアは静かに言った。
銀炎の槍は相当に痛いのだろう。シュタ湖の水の精霊は一方的にやられるだけで反撃すら出来なかった。
「わかった! わかった! もうやめてくれ! 頼む! 頼むから!」
ラーシリアは俺を見た。
「もういいよ、ラーシリア」
ラーシリアは攻撃をやめた。
シュタ湖の水の精霊はうめき声をあげならが、すごすごと湖の中に沈んで行った。
「行こう。リーネちゃん」
俺は陶器の瓶のコルクを開けた。
リーネちゃんは力なく、うなずいた。
悲しそうな顔で陶器の瓶の中に水と一緒に入って行った。
シュタ湖を後にして、俺達は山道を歩いていた。
良く晴れていたけど、足取りは重かった。
俺もラーシリアも一言も喋らなかった。
でもイヴマリアはずっとシュタ湖の水の精霊の事を怒っていた。
本当はもっと早い段階で怒りをぶつけたかったのだけど、リーネちゃんの為に我慢していた。それが今になって溢れ出ていた。
イヴマリアは俺の横を飛びながらシュタ湖の水の精霊の一方的な考え方や態度に怒っていた。
普段は飛ぶのに疲れたら俺の肩で座って休むけど、怒っている時はいつも肩に立つのだった。この時も座る事なく立ったままで、少し休んだらまた飛び立って、疲れたらまた肩で立って休むのを繰り返していた。
来る時もあった小さな川を見つけた。
俺は陶器の瓶のコルクを外してリーネちゃんに声をかけた。
「リーネちゃん小さいけど川があるよ。水を入れ替えようよ」
「・・・・うん」
陶器の瓶の傾けると中の水と一緒にリーネちゃんが出てきた。
「リーネちゃん、平気?」
「・・・うん・・・・大丈夫・・・・」
リーネちゃんはうつむいて言った。
川の真ん中までスーッと移動して、仰向けになって、川を漂うように浮かんでいた。何も言わずに空を眺めていた。
自分以外の初めての同族の精霊があんな奴だったんだ。ずっと前から楽しみにしてたフェスも思ってたものと違ってた。色々とショックに違いなかった。
イヴマリアはまだシュタ湖の水の精霊に対して怒っていた。
「最初見た時から顔が変って思ってたのよね! 喋り方も気持ち悪かったし!」
今はもうただの悪口になっていた。
リーネちゃんが近くまで寄ってきた。
「もういいの?」
「うん・・・・」
リーネちゃんを陶器の瓶に戻し再び歩いた。
「あ、そうだ! 妖精の岩山へ行こうよ! ちょっと遠回りになるけどさ!」
「何で?」
「妖精の岩山でさ・・・・・・・」
「へぇ~、良いじゃない! リーネちゃんきっと喜ぶよ!」
俺達は妖精の岩山に向かった。
妖精の岩山でジンゴロさんからガラスの瓶をもらった。
「リーネちゃん、今からガラスの瓶に水を移すよ」
「え? 何で?」
「多分そっちの方が楽しいと思うから」
「うん・・・」
俺は陶器の瓶からガラスの瓶に水を移し変えた。リーネちゃんも水と一緒にガラスの瓶に移った。
「わあ~~~~~~」
リーネちゃんはみるみる笑顔になっていった。
陶器の瓶は中から外の様子が見れないけど、ガラスの瓶は中から外の様子が見えた。
水にしか宿れないリーネちゃんにとってそれは見た事がない景色だった。
さっきまで想像もしなかったけど、陶器の瓶の中は真っ暗なはずだった。
自分からフェスに行きたいと言ったから今まで何も言わなかったんだろうけど、狭くて暗くて一人ぼっちの環境は中々にきつかったと思う。
リーネちゃんはガラスの瓶の中から、横を見たり、後ろを見たり、下を見たりして、初めて見る景色に目を輝かせていた。
俺達は妖精の森の森に帰った。
妖精の森に戻り、小さな泉にリーネちゃんを移した。
「わあ~~~! 何だか久しぶりー! ずううっと 何年も帰ってなかったみたい~!」
リーネちゃんはそう言いながら小さな泉を所狭しと動きまわった。
「見て見て! ミカネル! 私、前より速く動けるようになった気がするぅ~!」
「そうだね」
小さな泉を通りかかった妖精達はリーネちゃんを見かけると「おや、リーネちゃん、おかえり」と声をかけた。
「ただいま!」
妖精達が「おかえり」と言うたびにリーネちゃんは「ただいま!」と言った。
リーネちゃんは「ただいま」と言うたびに元気になって行っているように見えた。
「ペットボトルがあったらいいのに・・・」
リーネちゃんと旅をしていて思っていた事だった。
「何それ?」
俺の右肩に乗っていたイヴマリアが俺の顔を覗き込むようにして言った。
「前に長老様から聞いたんだけどさ、俺の前世の加藤頼路の時代にさ、ペットボトルっていうすごい便利な容器があったんだって。ペットボトルは透明でガラスに比べて信じられないくらい薄いけど、すっごい頑丈で落としたくらいじゃまず壊れる事がなかったんだって。それでいてガラスの瓶と違ってすっごい軽かったらしいんだ。
ガラスの瓶は落としたら壊れちゃうよね。ペットボトルなら壊れないからリーネちゃんも俺達と移動する時安心出来るだろうって思ってさ」
でもペットボトルはもうなくなってしまった。
三万年前の隕石の衝突で人間だけでなくすべての生物は魔力を得た。
隕石の中には魔力を上げる要素だけでなく、プラスチックを分解する特殊な微生物も中に入っていて、瞬く間に世界に広がって、永遠に残るとも言われてたペットボトルも姿を消した。
この事を後日イヴマリアがリーネちゃんに話したら、意外にもリーネちゃんはガラスの瓶の方が良いと言ったそうだ。
俺は瓶に入ったリーネちゃんと歩く時はいつも瓶に手を添えていたのだそうだ。瓶には横と縦に紐を巻いて腰に吊るしていたけど、それだけだと不安に感じていたのだろう、俺は無意識に手を添えるようになっていたようだった。岩や石畳の上を歩く時や走ったりする時は両手で瓶を抱え込んでもいたそうだ。
あやまって瓶を落として割ってしまったらリーネちゃんが消えてしまうからだった。落とした所に水分があればまだ助けられるけど、砂地だったら絶望的だ。俺の魔法は遅いから水の魔法を出す前に水分が地下に染みてリーネちゃんを助けられないだろう。
陶器の瓶の時は、リーネちゃんは俺が手を添えているのが見えなかったけどガラスの瓶になってわかった。
リーネちゃんは俺が手を添えたり抱えたりするのを見て、守られている、大切にされていると思って嬉しかったのだそうだ。
「でも、もしペットボトルだったら壊れないから気を使わないよね。ミカネルの腰に紐で釣らされて、歩いている時とか、たまに木とか壁とかにバシバシ当たったりするんだと思う。でも見向きもされなくて・・・・だからね、壊れて落ちたら消えちゃうかもしれないけど、大事にしてくれるガラスの瓶の方が絶対に良い!」
俺とイヴマリアはガラスの瓶にリーネちゃんを入れて妖精の森の中や外にピクニックに時々出かけるようになった。
行き先を決めるのはもちろんリーネちゃんだ。
「ミカネル! 今度はあっち! 私あっちに行ってみたい!」




