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 飛んでいたのは短い間のように感じたが、その間にかなりの距離を移動している。竜の飛ぶ速度は速い。

 竜は感覚も鋭いので、遠くの人間の気配や……今回のように、血の匂いも嗅ぎ分けることができる。

「着いたの……?」

 止まったテア・ルルの背から降りると、誰かが蹲っているのが見えた。手を伸ばしても届かないくらいの距離だ。テア・ルルが怪我人を慮り、なるべく驚かさないようにと距離を取ったのだろう。

「子供……?」

 そこにいたのは、エリーゼよりもいくつか年下だろう少年だった。茶色の髪の一部がべったりと血で汚れている。少年はこちらを認め、大きく顔を歪めた。

(頭部からの出血……!? まずいわ!)

 エリーゼは駆け寄って様子を確かめようとしたが、少年は力を振り絞って後ずさった。

「来るな!」

「!?」

 拒絶の声は明確にエリーゼに向けられていた。怪我人を興奮させて負担をかけるわけにはいかない。エリーゼはつんのめるようにして立ち止まり、焦りながら状況を把握しようとした。

(この子、テア・ルルに驚いたり恐れたりしている様子が無いわ。それなのにわたくしのことは怖がっているみたい)

 それなら、とフードを外す。素顔をさらすのは避けたかったが仕方ない。女性だと分かれば警戒心も薄らぐだろう。

 エリーゼは両腕を開いて言った。

「見て。わたくしは武器も持っていないし、あなたの脅威になることはないわ。怪我を見せてくれない?」

 少年はエリーゼの素顔に少し呆けた様子になったが、すぐに警戒心を取り戻した。動くのもつらそうなのに、怪我の部分を隠そうとする。いや、頭部のそこは怪我というばかりではなく……」

「……角?」

「……!」

 エリーゼは呟いた。額と頭頂の間くらい、斜め前に向かって短い角が生えている。血糊で固まりかけた髪のせいで一見して分からなかったが、明らかに異形の部分がある。――「混ざり者」だ。

 エリーゼが悟ったことを、少年も悟ったらしい。痛みに歪んでいた表情がさらに歪む。

(だからわたくしを……ただびとを警戒していたのね。混ざり者は迫害の対象だから……)

 それは理解したが、まだ状況が分からない。この少年は誰なのか。どうして宮殿の管理地の森にいるのか。怪我をしているのか。竜に驚いた様子がなかったのか……。

 それらのことを考えあわせ、少年の服装――貴族の従者のようにも見えるが、それよりも騎士服に近い印象を受ける――を見て、エリーゼは推測した。

「あなた、竜騎士の従者なのでは? ……当たりのようね」

 答えは貰えなかったが、驚愕の表情だけで充分だ。

 もうすぐ竜騎士の凱旋式がある。そろそろ騎士たちが集まってきてもおかしくない時期だし、その従者たちがいち早く宮殿入りして準備を整えることもあるだろう。この少年もそうした用で宮殿に向かってきたと推測できる。普通なら森を抜けずに街の方から来るものだが、混ざり者であるなら、竜を駆ることができるのなら、森の上を飛んだ方が面倒がない。

 少年が混ざり者である事実も、エリーゼの推測を裏付ける。辺境で活動する竜騎士の従者として、魔力の高い混ざり者は重宝されるのだ。研究者や魔術師として宮殿に招かれた可能性もあるにはあるが、森で怪我をしているところを見るに、竜に怯えていない様子から察するに、竜から落ちて怪我をしてしまい、竜に助けを求めに行かせたというのがもっともありそうな線だ。

 そうした推測を手短に述べたエリーゼに、少年はなぜかいっそう怯えた様子になった。

(……おかしいわ。安心させようと思っただけなのに……)

 無意識に縋るようにテア・ルルを撫でると、甘えた様子で首筋をこすりつけられた。それを見た少年が、ようやく少しだけ表情を緩める。

 機を逃すまいと、エリーゼは言葉を選びつつ言った。

「この竜はわたくしのお友達なの。そして、私の先生は『混ざり者』だわ。首筋に鱗があるの。あなたのことも悪いようにはしないから、怪我を見せてくれない? 放っておいたら先生に叱られちゃうわ」

 いたずらっぽく言うと、少年は少しだけ笑った。まだ警戒心を解ききってはいないが、エリーゼを頑なに遠ざけようとする様子がなくなった。「失礼するわね」と断り、エリーゼは近づいて彼の髪を掻き分け、傷口を検めた。

(幸いなことに深くはなさそう。打撲というより裂傷で、木の枝にでもひっかけたのかしら。高所からそのまま墜落するのは免れたようね。竜がとっさに庇ったけれど庇いきれなかったといった感じみたい……)

 痛いだろうに少年は大人しくしている。エリーゼは水筒の水で患部を洗い流し、塗り薬を取り出した。木魔術を応用して薬効を高めた自信作だ。

「ちょっとだけ触るけど、痛いのはすぐ終わるからね。本当は包帯を巻いたりもしたいのだけど……」

 あいにく清潔な布の持ち合わせが無い。森の塔にはあるからと自分では持ってこなかったのだが、塔からここまで結構な距離がありそうだ。走って行き来できるとは思いにくい。

「……ちょっと戻って包帯を持ってくるわ。この子に連れて行ってもらわないといけないのだけど、一人で大丈夫かしら……」

 ひとときとはいえ、怪我人を放っておくのは躊躇われる。エリーゼは顔を曇らせたが、少年が断った。

「もう大丈夫です。ありがとうございます。……いきなり痛みが引いて驚きました」

「それなら良かったわ」

 エリーゼは微笑んだ。少年の受け答えがはっきりしている。たしかに心配なさそうだ。頭の怪我だから後で診察を受けた方がいいだろうが、この場でエリーゼがこれ以上できることはない。

「待っていれば、日が落ちる前には助けが来るはずです。お察しの通り、竜を使いに遣っていますので。本当に、これで充分です。お礼は後ほど。お名前を……」

 ずいぶんしっかりした子だ。だが、しっかりとお礼をされては困る。エリーゼは本来、ここにいないはずの人間だ。

「……名乗るほどの者ではないわ。大丈夫ならもう行くわね。時間がないの」

 急いで言うと、エリーゼは鞄から包みを取り出した。魔法陣の紙を添えて少年に手渡す。

「水の残りと、携帯食料よ。竜騎士の従者なら野営の経験もあるわね? 焚き火用の魔法陣も置いていくわ」

 自分でも持っているだろうが、念のためだ。助けの竜が戻ってくるまで元気回復につとめてもらわなければならない。用意が多い方が気も休まるというものだ。

「え、あの……」

「失礼するわね!」

 なおもお礼を言い足りなさそうな少年を振り切り、エリーゼはテア・ルルに飛び乗ってその場を後にした。

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