表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

6

 研究塔の屋上には、転移の魔法陣が刻まれている。防衛上の理由から使用には制限がかけられているが、宮殿内部から使って短時間で戻る今回のような場合は特に問題がない。

 そわそわと浮かれているテア・ルルの首を撫で、エリーゼは話しかけた。

「じゃあ、乗せてもらうわね。はぐれたら困るから」

「きゅい!」

 仔竜は嬉しげに高く鳴き、身を屈めてエリーゼが乗りやすいようにした。ありがとう、と言いつつ背にまたがる。首を軽く撫で、動いても大丈夫だと伝える。

 本来、竜にはこんなに簡単に乗せてもらえるものではない。まず信頼関係を築くことからして大変なのだが、エリーゼは幼い頃から竜の中庭に出入りしており、彼ら彼女らのために便宜を図ってきているので信頼関係ができている。さらに、乗った後でも意思疎通ができる。その強みはかなり大きい。

 竜は人間の言葉を一から十まで分かっているわけではないらしい。研究者によると、言葉の音というより意味や感情などを、魔力を介して直接的に受け取っているのではないかという話だ。エリーゼの側も、竜の鳴き声をたとえば異国語を翻訳するように受け取ってはおらず、もっと直感的に理解しているので、その仮説には頷いている。

 エリーゼのように竜の言葉が分かるとまではいかなくても、普通の人でも竜の機嫌の良し悪しくらいは分かるし、慣れた人間ならさらに複雑な機微を読み取れる。動物に対するのと同じようなものだ。……そんなふうにメルチオに話したら動物と竜を一緒にするのかと呆れられたが。

 ともかくもテア・ルルに乗せてもらい、転移魔術を発動させる。淡い光が立ち昇り、あたりの景色が歪んだ。

(本当なら、屋上から直接飛んでもらえたらいいのだけどね。その方が絶対気持ちいいし)

 そう思うものの、さすがにそんなところを人の目に触れさせるわけにはいかない。ぐっと我慢し、移動の魔術に身を委ねる。光が収まると、視界に緑の森が広がった。宮殿の第一の城壁の北東側に沿って広がる森だ。

「きゅううん!」

 テア・ルルが首をもたげて喜びの声を上げた。区切られた中庭の緑とは違う、自然のままの森が広がっている。

 ここはその森の中にある塔の屋上だ。研究塔の管理下にある塔で、宮殿内ではできない実験や栽培や採取などをするための拠点として使われている。テア・ルルの反応の様子から察するに、近くに人はいなさそうだ。

「じゃあ、遊ぼうか!」

「!」

 エリーゼの声に応えて、テア・ルルが空に飛び出した。手綱など無いから首にしがみつき、両足で竜体をしっかりと挟み込み、エリーゼは仔竜とともに宙に身を躍らせる。まだ成竜になっていないとはいえ、人ひとりを乗せることなど造作もなく、仔竜は翼を羽ばたかせた。

 思わず、笑みが零れる。空はいい。飛ぶのが気持ちいい。自分はもしかして、竜として生まれるべきだったのではなどとさえ思ってしまう。

 まだ夏の名残を残す緑の森の上を自由に飛び、ときに低空飛行して大木の枝を潜ったりもしつつ、テア・ルルは川のほとりにエリーゼを降ろした。

「ありがとう、テア・ルル。あとは自由に遊んでおいで。帰る時間になったら笛で呼ぶね」

「分かった! 分かった!」

 うずうずと待ちきれない様子で、尾で地面を叩きながらテア・ルルは答えた。エリーゼの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ふたたび翼を羽ばたかせて森の中へ消える。

 それを微笑ましく見送り、エリーゼはローブを脱いだ。テア・ルルが連れてきてくれた以上、近くに他の人間がいないことは確かだ。竜は人の気配に敏感だし、自然の中でその感覚はいっそう研ぎ澄まされる。

(さて、と)

 風でほつれていた髪を纏め直し、エリーゼは軽く伸びをした。そのまま体の各部をほぐすために関節を一通り動かして筋肉を伸び縮みさせる。魔術を扱う前の準備運動だ。

 テア・ルルと森に来るにあたって、エリーゼは荷物をほとんど持ってきていない。竜との意思疎通に使う笛や時計、ちょっとした携帯食料や水筒や魔法陣の紙、そのくらいだ。本を持ってきて森でのんびり読書するのも楽しそうだが、本を読むのは宮殿でもできる。せっかく外に出たのだから、思い切り魔術の訓練をしていくのだ。

 エリーゼは呼吸を整え、体の内側に意識を集中させた。


「きゅー……きゅーい……?」

 テア・ルルの声がして、エリーゼははっとした。魔力を練り上げて放つ訓練に夢中になりすぎて、気づけば日が傾いている。そろそろ戻らなければならない時間だ。

 一応、時間が来れば魔術仕掛けの時計が教えてくれる。その時計が今しも鳴りそうになっていたので、手を伸ばして術を解除した。

「ありがとう、テア・ルル。自分から戻ってきてくれて。思わず夢中になっていたわ」

 エリーゼは髪をかき上げた。額が汗ばんでいる。体中に疲労感があり、思った以上に魔力と体力を消耗してしまっていた。訓練だから問題ないのだが、母や弟妹との晩餐中にうっかり眠りそうになったりしないよう気を付けなければ。

「さあ、帰るわよ」

 声をかけるが、テア・ルルは動かない。困った様子で尾をぱたりと振っている。

 エリーゼは困って眉を寄せた。テア・ルルが時間内に戻らないと中庭の騎士が研究塔に連絡を取るだろうし、メルチオが誤魔化してくれるにしても限度がある。他の仔竜たちを順番に遊びに連れ出すこともしにくくなってしまう。仔竜たちはどの子もそのことをきちんと理解していて、まだ遊びたいと思っていても聞き分けよく帰路についてくれていたのに。

「無理やり連れ帰ることはできないけど、テア・ル……」

「人がいるの! 怪我をしているの!」

 諭そうとしたエリーゼの言葉を遮り、テア・ルルは訴えた。

「え!?」

 エリーゼはぎょっとした。宮殿の管理下にあるこの森は部外者立ち入り禁止だ。近隣の一般人が野草を採ったり狩りをしたりすると罰せられる。そうした不届き者が入り込んだのだろうか。それとも宮殿の関係者なのだろうか。どちらにしてもエリーゼが顔を合わせるのはまずいのだが、放っておくわけにもいかない。

「乗せて、テア・ルル。連れて行って」

「乗って!」

 怪我人を連れてきてもらうわけにはいかないだろう。くわえて運ぶくらいしか選択肢がないから怪我人の負担が大きすぎるし、テア・ルルが傷つけられてしまうかもしれない。こちらから向かうしかない。

 エリーゼはローブを纏ってテア・ルルの背にまたがり、怪我人のところへ飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ