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 エリーゼの力が先祖返りだろうと見当をつけた父は宮中伯という高い立場を利用して部外秘の資料を遡り、推測を裏付ける記述を見つけた。エリーゼの特異な力はどうやら皇家の血筋に眠る力らしい、帝国の初期にはこうした力を持つ皇族がぽつぽつといたらしい、と。

 しかしそれらの記述は史実としてではなく、糊塗された伝説のように、皇家の権威を高める作り事めいたものとして扱われていたから確信は持てなかった、と父は首を傾げていた。

 血が薄れて力が薄れ、伝聞も途絶えてしまったからこその扱いなのだろうか。しかしそれにしてはおかしい。それが本当のことならそもそも風化させず、大々的に喧伝すればいいはずなのだ。思い切り利用して皇家の求心力を正統性を高めるべきなのだ。それをしていない理由が皇家の奥ゆかしさなどだとはとても思えない。

 逆に、箝口令を敷いたような形跡がなかったのも不審だ。注目させず、ひっそりと、風化するに任せた。……血が薄れるまで。……エリーゼが生まれるまで。

 いや、おそらくエリーゼ以外にも、この能力を持って生まれる者はいたのだろう。だが、竜と接しなければ能力があることなど分からないし、あると分かったところで有効に使えるものでもない。皇家に取り込まれたり、逆に潰されたりした可能性もある。シグルドと出会ったエリーゼのように、理由を遡れた者はいなかっただろう。

 初代皇帝が混ざり者であったことを、周囲の人間がどれだけ知っていたかは分からない。シグルドの角のように目立つものではなく、メルチオの鱗のような出方であれば特徴を隠すことは可能だ。

 ただ、間違いなく言えることは、なるべく隠そうとしただろうということだ。その事実を風化させようとした意図があっただろうということだ。事実、エリーゼの父は高い地位を以て調べようとしてさえ真実に辿り着けなかった。

 その父はエリーゼの能力のことを調べていくなかでメルチオと知己になった。竜について造詣の深いメルチオはおそらく、シグルドとも同じような縁で知り合ったのだろう。シグルドがメルチオのことを知っていたのは奇縁だと思っていたが、必然的に出会っていただけだったのだ。

 さまざまな断片が繋がり、疑問にもなっていなかった疑問が氷解していく。

「それにしても……これは本当に、帝国を揺るがすものだわ……」

 エリーゼは深く息をついた。切り札どころの話ではない、カードを全て入れ替えてしまえるくらいの威力のある武器だ。シグルドは本当に、なんというものを探し当て、あまつさえ使おうとしているのだろう。

 人々が信じている「竜退治の勇者」……初代皇帝はそうしたものではなかった。

 人々が嫌悪する「混ざり者」こそがそれで、人々を支配する貴族階級が混ざり者の子孫だったのだ。

「……………………」

 エリーゼは沈黙した。シグルドが気遣わしげにこちらを見ている。

 堪え切れなくなって、エリーゼは――爆笑した。

「……っく、ふ、あはははは!」

「エリーゼ嬢!?」

「だって、こんな面白いことってあるかしら!? 自分たちの血筋を頑なに守る特権意識が必死に守ってきたものが、よりによって嫌悪の対象そのものだったなんて! 全帝国民に周知させて、全貴族に思い知らせてやりたいわ!」

「…………ふ」

 シグルドも思わずといったように口の端を緩ませた。

「……そうだな。あなたはそういう人だった」

 だが、とシグルドは続ける。

「一般への周知は待ってくれ。重大な情報だから、使いどころを慎重に見極めなければ。躍起になって隠すつもりはないが、まだ広めていくつもりもない」

「……ええ、分かるわ」

 エリーゼは笑い止んで、目じりに溜まった涙をぬぐいながら同意した。

「これは宮殿の、皇家の、大きすぎる弱みだわ。明らかにすれば国を転覆させられるくらいの。でもシグルド様はそれを望んでおられない……そうでしょう?」

「ああ。貴族階級の特権意識は気に入らないが、帝国の大部分はそれらと無関係な一般市民で構成されているし、生活は安定している。長い歴史をひっくり返して生活や国民意識ごとぐちゃぐちゃにするのは望むところではない」

「それはそうだけど……そう言えるシグルド様にこそ、いっそ皇帝になっていただきたいと思ってしまうわ」

 うまくやれば、それも夢ではないだろう。だがシグルドは首を横に振った。

「私はそこまでのことを望まないが……皇家を監視はしようと思う。目に余るほどに国民を虐げたり、驕り高ぶったりすることのないように。私だけではなく、メルチオ師にも協力を仰ごうと思う。私に万が一のことがあっても皇家への抑止力が失われないように、皇家を監視する者が複数いてもいいと思うのだ。もちろんあなたもだ、エリーゼ。協力してくださるか?」

「……ここまで教えられておきながら、いいえなんて言えないわ」

 エリーゼは肩をすくめた。

「そうね……国家転覆とか皇家入れ替えとかまでは言わなくても、まずは宮殿の辺境に対する圧力を退けるところから始めたいわね」

 ベルフに約束したことだし、ここは最初に何とかしなければ。シグルドも頷いた。

「私もそう思っている。無理な国境拡張政策をやめさせて、むやみに魔物の領域に攻め込まないようにする。それだけで辺境の危険はだいぶ減るはずだ。それと、混ざり者への偏見。時間をかけて、ここも薄れさせていきたいと思っている」

「……いちおう言ってみるわね。時間をかけなくても、真実を明らかにすれば変わりそうだけど……

「それは荒療治が過ぎる。皆が皆、あなたのように柔軟で偏見なくいられるわけではないのだ」

 シグルドは苦笑した。

「だが、そうだな。まずは私の領地から、混ざり者が住みよい場所になるようにしていこうと思う。国に納める税率を下げさせて、最初くらいは優遇措置を貰ってもいいな。まあそのあたりはおいおい考えていくが」

(……シグルド様が望めば、領地を独立させることもできそうだけれど……)

 もしもそうなればシグルドは皇帝のような立ち位置に立つことになる。しかし彼はそれを望んでいないし、半独立くらいに留めるのでもおおごとだろうが。

 そうだ、とエリーゼは手を打った。

「シグルド様、その影響力を少し使って、仔竜の環境を改善することはできないかしら? 中庭に閉じ込められて、窮屈に暮らしているのがあまりにかわいそうで……」

「それは善処しよう。私自身が竜騎士でもあるし、正当な要求だからあまりごり押さずとも可能だと思う。森に施設を作るなり、交代で辺境に引き取るなり、やりようはあると思う」

「良かったわ! すごくありがたいわ。それと……もう一つだけ」

「何だ?」

「この秘密を使って皇家と交渉する以上、皇家に近い人物は秘密を知ることになるわよね? それを少しだけ拡大してしまうかもしれないけど、いいかしら?」

 シグルドは頷いた。

「そうだな、私も厳重に秘密にしておくつもりはない。すでに第四皇子とニックに知らせてやったし、知られたからと使えなくなる秘密ではないしな。彼らを宮殿に返したら少しずつ広まっていく可能性もある。一般の国民に知られなければ皇家への交渉材料としては充分だし、そもそも国民に知られることは皇家が何としてでも止めるだろう。私たちが気にしてやる必要は無い。……しかしあなたは一体、どんなことを考えているんだ?」

「それは……」

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