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「……きっかけは、『シグルド殿下』の手記だった」

 拘束した二人を基地に連れ帰り、まとめて牢に放り込んで見張りをつけ、竜たちを休ませた後。

 その晩、シグルドはエリーゼに語った。

「皇族が竜騎士になることは多くないが、なくもない。シグルド殿下の代では皇位争いが激しく宮殿が荒れたため、彼は自ら竜騎士すなわち皇帝直属の配下という立場に下り、皇位争いから抜けたのだ」

「そういえば、その代の皇位継承は荒れたと聞いたわね。個別の候補について、詳しいことは知らなかったけれど」

 エリーゼは頷き、シグルドは続けた。

「殿下は竜騎士として辺境に赴き、辺境伯の地位も得た。宮殿には戻らないという意思表示だ。だが立場上、皇族にしか触れられない情報にも触れられる。竜騎士として魔物と戦っていく中での実感もある。そうした中で彼はある可能性に辿り着いたのだ、……初代皇帝が混ざり者ではないか、と」

 立場や経験や知識。さまざまなものが噛み合ったうえで導き出された可能性なのだろう。

 殿下は資料にあたり、研究者とやり取りをし、確信には至らなかったまでもさまざまなことを手記に書き残していた、とシグルドは語る。

「彼が最初におかしいと思ったのは、辺境に来て、混ざり者や、そうでない一般の民に触れて……一般の民が全く魔力を持たないことを目の当たりにして、強い魔力を持つ混ざり者にも会って、その時だったらしい。そこで疑念が芽生えたのだそうだ」

 貴族たちの魔力は初代皇帝ゆずりとされているが、それはもしかして……という疑念だ。

「単に竜を倒した勇者であるというだけなら、初代皇帝が魔力を持っていたことの説明にならない。生まれつきだと言われてしまえばそれまでだが、そうした生まれつきの例は他に聞かない。神格化されているから許されているだけ、疑問をもたせずにいられるだけだ」

「それは、確かに……わたくしも疑問は持たなかったわ。昔のことだし、誇張されてもいるだろうけれど、そういうものとして受け取っていたから」

 竜の群れのかしらを倒して群れの成員を従えた、その伝説は説得力があるが、違ったのだ。皇帝はかしらと混ざったのだ、それは竜たちも従うだろう。

 おそらく伝説は部分的に正しいのだと思う。真実味によって肝心なところを覆い隠したのだ。

 帝国がずっと続けていることを見ればよく分かる。初代皇帝の時代からずっと、魔物と戦って国境を広げてきたのだから。竜と戦って打ち倒し、竜を従えたのではない。竜ではなく魔物を打ち倒し、国土を得たのだ。その過程でのことなのか結果でのことなのか、初代皇帝は竜と混ざったのだ。

 シグルドは語っていく。

「それならどうして魔物退治の勇者と言わず、竜退治の勇者と言ったのか? その答えは単純だ。初代皇帝が、竜と混ざってしまったからだ。竜と関連付けをしなければならなくなってしまったからだ。『シグルド殿下』はそれを推測することしかできなかったが、私は彼にはない情報を持っていた。竜からもたらされたものだ」

「竜から?」

「「ああ。主にアーグルだが、他の竜騎士の竜にも、どうして人間に従っているのかと尋ねたことがあるのだ」

「竜は、何と……?」

「従わなければならない気がしている、と。絆を結んでいくとどうしてだか、従わなければならない気にさせられるそうだ。……竜の群れにかしらがいたらこんな感じだろうか、と」

「それは……!」

「ああ。説得力があるだろう? 竜騎士たちは……初代皇帝の末裔たちは、薄くではあるが竜と混ざっているのだとしたら」

 なるほど、竜たちは末裔たちと絆を結んでいくなかで繋がりを悟っていくのだ。それは、エリーゼには知りようのないことだった。

 エリーゼはずっと、成竜とまともに接する機会がなかった。宮殿にいる成竜は皇族のものだから近づけないし、竜騎士たちの竜はふだん辺境にいる。凱旋式で連れてくるときも部外者が近づけるものではないので遠くから見るだけだった。エリーゼが接してきたのは仔竜たちだけだった。人と絆を結ぶ前の、幼い竜たちだけだった。

 ここへ来てからも事情はあまり変わらなかった。アーグルはシグルドといるかひとりで森を気ままに飛び回っているかで、個人的に関わる機会がなかったのだ。

 だがシグルドは成竜から話を聞き、仮説を補強していき、確信に至ったのだ。

 エリーゼは話を噛み砕きながら理解に努めた。

「人間はもともと魔力を持たない。混ざり者になった者だけが魔力を得て、子孫が受け継いだ。竜との親和性も。それが今の王侯貴族だと……そういうことなのね」

 それは説得力のある話だ、事実、一般の民はまったく魔力を持たないのだから。

 代を経れば混ざり者も人間と見分けがつかなくなるのかもしれない……そうした言説は確かにあるが、むしろそれはすでに起こった後だったのだ。魔力という区別要素はあるにしろ、魔物に由来する特徴は完全に消えている。

 皮肉な話だ。血筋を誇る皇族と貴族こそが混ざり者の子孫であったなどとは。魔力を受け継ぎながら魔物の要素は代を経るごとに消えていって……それは確かに、魔物に対する人間の勝利だ。

 混ざり者が魔物に食われたらどうなるかは分からないが、少なくとも代を経れば、魔物の要素が薄まれば、食われても終わりではなく混ざり者として生まれるのだろう。シグルドの存在がそれを立証している。ベルフはこれを聞けば少しは安堵できるだろうか。

「殿下はさまざまな傍証を集め、仮説を立て……そして晩年、みずから混ざり者となった。最後の頃、彼が何を考えていたのかは分からない。手記はその前で途切れているから」

 推測するしかできないが、推測に意味などないだろう。そこは仮説に関係する部分ではなく、シグルド殿下という個人の内面に関わる部分だから。不用意に触れるのを避け、エリーゼは口を開かず頷くだけにとどめた。

「私が研究を引き継いで明らかにしたことが彼の意に叶うのか分からないが、私は私として動くことにした。私は殿下の後継というだけでなく、同じく竜騎士で、兵たちの命に責任がある。この仮説が事実だと分かれば、圧力をかけてくる宮殿に対する強力な武器になる。現状を変えることができる。私自身の在り方を知りたいという感情的な理由だけでなく、実際的な目的でも、私は研究を進めていたのだ」

 シグルドはエリーゼに改めて目を向けた。

「そこに来たのがあなただ、エリーゼ。あなたの持つ情報が最後の決め手になった」

「混ざり者と縁がないはずのわたくしが、先祖返りを起こしただけの貴族階級の者が……竜との混ざり者だったあなた様と同じ能力を持っている。そのことね」

 ああ、とシグルドは頷いた。

(……そういえば)

 エリーゼは思い出す。

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