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「……ちくしょう! なんだよそれ! そんなわけがあるか! 訳わかんねえよ、お前らもう、消えてくれ!」

 叫んだのはニックだった。何もかもを否定するように髪を掻きむしり、首を激しく振る。

 彼は破れかぶれになったのか、懐から勢いよく魔法陣を取り出し、魔力を流し込もうとした。

 それがどんな性質のものかを一目で見て取ったエリーゼは血相を変えた。

(弱った竜たちをさらに苦しめるものだわ……!)

 竜だけでなく、色濃く竜と混ざったシグルドにももちろん効果が高い。ニックは建前を捨てて直接的な手段に訴えようとしているのだ。こちらを助けるふりを続けることさえ止めて、直接的な加害に出ようとしている。その魔法陣が皇妃から与えられたものであることをエリーゼは確信した。

 アーグルとテア・ルルとシグルドをまとめて弱らせられては、ニックとジーンの妨害があっては、エリーゼとメルチオの二人では味方の全員を庇い切れない。それに、魔法陣が魔物化したダルグにどんな影響を与えるかも分からない。

(どうしよう……!?)

 魔法陣を奪うにも無効化するにも、あまりにも時間と手段が足りない。使われてしまっては万事休すだ。焦りばかりが募っていく。

 だが、その魔法陣が使われる直前。それを後ろからかすめ取る手があった。

「ベルフ……!?」

 息を切らして、少年がこの場に駆けつけてきていた。出がけにシグルドが残した伝言が彼に伝わったのだろう。他の兵たちもこちらへ向かってきているはずだが、混ざり者ゆえの体力と魔力でいち早くここへ着いたのだ。来てくれたのだ。

 ベルフの身体能力の高さと、ニックが背後への警戒をおろそかにしていたこととで、魔法陣がベルフの手に渡った。ベルフは瞬時にそれを破り、使えないように、しかし合わせれば悪事の証拠になるように、二つに裂くに留めた。

(助かったわ……!)

 安堵するエリーゼとは対照的に、ニックは憤怒の表情になった。ベルフを詰る。

「お前、裏切る気か!? 混ざり者のくせに! 第二皇妃にお目こぼしをいただいておきながら!」

「……お目こぼしと仰いますが」

 青い顔で、しかし毅然とベルフは立ち向かう。

「混ざり者が視界に入っただけで鞭打ちをされ、それ以上のことをしないでおいていてあげると言われた、それをお目こぼしだと!?」

 エリーゼは息を呑んだ。第二皇妃も例に漏れず混ざり者を嫌悪していることは知っていたが、年端もいかない少年にそんなことをしていたなんて。皇妃は息子以外の人を人とも思わない残酷性を垣間見せることがあったから、まして混ざり者に対してはどんな態度を取ったのか……想像したくもない。

「皇妃から自分のために動けと言われても我慢していました。あなたを通じて基地の状況を報告もしました。そうしなければ基地や主君の処遇もどうするか分からないと言われたからです!」

「そんなふうに脅されていたの……!?」

 ひどすぎる。過去のベルフを知るシグルドが、彼が宮殿から戻って以来元気がないと案じていたが、そんなふうに脅されていたなんて。自分自身のことのみならず、基地やシグルドのことまで一人で背負い込んでいたのだ。

 ベルフはたぶん、エリーゼに言おうとしたことがあるのだと思う。何か重大なことを伝えたいような素振りを見た記憶がある。だが結局彼は何も言わず、こんな大きなことを、ここまで自分ひとりで抱えてきたのだ。

 もちろん彼を責めるつもりなど無い。シグルドにだって無いだろう。悪いのは皇妃だ。ベルフはむしろ、褒められてしかるべきだ。労わられ、慰められるべきだ。

「ですが、これまでです、従ってすらこうなのですから、従う意味がありません」

 ベルフは青い顔で、しかしきっぱりと言い切った。しかしシグルドからかけられた声にはびくっとした。

「……ベルフ」

「…………はい」

「案ずるな、咎めなどしない。お前の苦悩を分かってやれなくてすまなかった。今回は助けられた、ありがとう」

 表情を緩めてアーグルから降り、シグルドはベルフの頭を撫でた。張り詰めたものが切れたのだろう、ベルフの目から涙が溢れる。

(良かった……)

 エリーゼも表情を緩めつつ、しかしすべきことは忘れない。これ以上勝手なことをされてはたまらないので、木の根を使ってジーンとニックの体を厳重に縛り上げておく。

 二人は抵抗したが、メルチオが加勢してくれたのであっけなく終わった。シグルドとベルフが出るまでもない。小細工なしで真正面から向かってきてもこちらに敵うわけがない、それをすぐに思い知らされていた。

 二人を乗せていた竜もこちらに協力して動いた。威嚇して牙を見せ、逃がさないようにしてくれている。もちろんアーグルやテア・ルルも二人を囲んでいる。敵意を見せる竜たちに囲まれ、二人は真っ青になって震えていた。

 彼らが竜にしたことを思えば当然だ。ジーンの竜は笛で強制的に従わされでもしていたのだろうか、特に鬱憤が溜まっているようだ。睨みつけ、脅すように口を近づけ、唸りながら牙を鳴らしたりしている。

 そうした竜たちから視線を外し、エリーゼは魔物の方を振り向いた。

「ダルグ……すまない」

 シグルドは沈痛に顔を陰らせた。エリーゼもぎゅっと胸の前で手を握り合わせ、心の痛みを堪える。いくら今はおとなしいとはいえ、笛の効果が切れたらダルグはすぐに暴れ出してしまう。魔物として生かしておくわけにはいかない。

 シグルドは弱った竜の顎の下、弱点の場所を風の刃で一突きし、とどめを刺した。

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