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(ニック視点)
「それは……本当でしょうか」
「ええ、本当よ。あなたの竜を犠牲にしてくれれば、代わりにあなたを取り立ててあげるわ。竜騎士を引退して宮殿で華やかに暮らせばいいわ。だから、わたくしの息子のために動いてちょうだい」
「お受けします」
第二皇妃に頭を下げ、ニックは請け負った。
こんな好機を逃すつもりなどない。宮殿で足がかりを得たかったのだ。竜騎士をやっていたのは名誉のためだけ、本音ではしたくなかった。いくら第二皇妃の後ろ盾があり、他の竜騎士よりも安全な立ち位置にいられるとはいっても、一年のほとんどを辺境で暮らすことを強いられるのは苦痛でしかなかった。
(皇妃殿下に従って……あの竜騎士を消す。そのためには竜を犠牲にするくらいのことはしないといけない……)
あの混ざり者は、忌々しくも高貴な血筋を受け継いでいる。そのおかげもあるのか魔力が高く、おまけに竜の要素まで持っているときた。第二皇妃の用命でエリーゼの様子を探りに行ったときも、強力な魔術をこともなげに放っていた。
その彼を消そうというのだ。相応の用意が必要だ。まんがいち竜の魔物をけしかけてさえ消せなくても、「竜の魔物にやられた」という形にすればいい。説得的でありさえすれば、事実などどうでもいい。
そうできるのが、権力だ。
シグルドが消えればエリーゼの存在は宙に浮く。ジーンの側妃にしてやるから戻ってこい、従わなければシグルドの手つきになったという噂を流してやる……そうした考えを皇妃は楽しそうに語った。
「万が一……竜の魔物が討伐されてしまったら? 彼が無事に乗り切ってしまったら?」
分かり切ったことを、ニックは確かめるように問いかける。皇妃は歌うように答えた。
「――そうはならない。そうでしょう?」
彼女は暗に言っているのだ。うまくやれと。竜の魔物が倒されそうになってしまったら、それを妨害しろと。
(――やるしかない)
彼女に取り立ててもらわなければならないから、というだけではない。ニックは彼女に弱みを握られている。ジーンの友人として羽目を外したことを知られているし、最近でも、ある令嬢に思わせぶりな態度を取って家族とトラブルになりかけたところを収めてもらったのだ。
「でも、そうね。万が一うまくいかないときの保険に……あの子の竜も一緒に狙ってちょうだい。慰謝料などとふざけたことを言って連れて行った竜を。形ばかりとはいえ皇家から賜った竜を粗略に扱うとは何たる不敬かと、そちら側から咎められるように」
周到に、皇妃は策を巡らせる。竜たちを捨て駒に、シグルドを、エリーゼを、追い詰めにかかる。
(皇妃につけば、間違いはない)
今までのように、きっとうまくいく。竜を犠牲にしたからとて何だ、宮殿で暮らせるようになるのだから竜など必要ない。愛竜を亡くした悲劇のヒーローとして、宮殿に凱旋するのだ。
そのはずだったのに――どうして今、こんなふうに追い詰められている?
ニックとジーンを追い詰め、シグルドが怒鳴りつけた。
「竜をわざと魔物に食わせたな!? よくもそんなことができたものだ! では、お前も混ざり者になってみるか!? 自身の竜を魔物化させたお前にはふさわしい罰だろう、その魔物に食われるというのは!」
「ひいっ!?」
「お前もだ! そうすれば、皇帝にすらなれるかもしれないぞ! 別人の混ざり者としてだがな!」
「な、何を言って……!?」
「私はずっと疑問に思っていた。研究してきた。なぜ竜でさえもが魔物化する中、人間だけは混ざり者として、曲がりなりにも人間として生まれることができるのか? 強い魔力を備えた、強靭な生物である竜ですら成し得ないことなのに?」
とうぜん、ニックもジーンも答えを持たない。エリーゼもだ。
シグルドは続けた。
「これではまるで……まるで、人間が魔物を取り込んだようではないか!? 他の動物にしろ竜にしろ、魔物に食われたらそこまでだ。混ざり者として生を受けることなどない。人間だけだ! 揶揄されるように、混ざり者は人間が魔物に敗北して生まれたものではない、むしろ人間の、生命としての勝利だ!」
「な、何を言って……狂ったか!?」
声を上げたジーンをシグルドは嘲った。
「その言葉は不敬だぞ。初代皇帝への」
「は…………!?」
「初代皇帝は混ざり者だった。私の推測ではない、裏付けがある。お前たちにいちいち示したりはしないがな。私だけではなく別の者にも保管してもらっているから、私を口封じすることはお勧めしない。無駄だし、私に何かあったら直ちに公開するようにと言ってある」
(きっと師父のことよね!? 他にもいるのかもしれないけれど。それは分かるけれど、話の内容が……!)
シグルドの爆弾発言に頭がついていかない。疑うわけではないが、あまりにもおおごとすぎる。
帝国は、混ざり者が頂点に立った国だと……彼は言っているのだ。魔物を駆逐していくことで国土を拡大していった……人間の、魔物に対する勝利そのものだったとさえ言えるのではないか。
「待て、仮にお前の言うことが本当だとすると……初代皇帝の血を継ぐ私たちは……」
「言わずとも分かるだろう? 特にお前は、由緒正しい皇子だものな?」
――混ざり者の子孫。自分たちがそういった存在である可能性を受け入れられず、二人は呆然としている。
対してエリーゼは、目を見開いただけだ。驚いてはいても、そのことを悪いことだと捉えていない。それを察したのだろう、シグルドが微笑んだ。
竜退治の勇者。そうした存在だと言われていた皇帝は、エリーゼの推測が正しければ……
「……竜とともに食われた、混ざり者……」
……シグルドと、同じ存在だ。




