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 エリーゼが覚悟したときだった。

 鋭く澄んだ笛の音が冬空を切り裂いた。

 大きく震えたのち、ぴたりとダルグの体が止まる。なぜかアーグルとシグルドもびくりと震えた。しかしアーグルはすぐに立て直し、この隙に大きく飛翔してダルグから距離を取った。

「今のは……!?」

 振り仰ぐエリーゼの顔に、ふと影がさした。

「無事か、エリーゼ?」

 シグルドでもメルチオでもない、いやに聞き覚えのある声。

 竜に乗って、第四皇子ジーンがこちらへ近づいてきた。


 いや、ジーンだけではない。もう一人が同乗している。ニックだ。ダルグを失ったはずの竜騎士が、無事な姿を見せている。

 無事でよかったと言いたいところだが、不審すぎる。なぜジーンとニックがここにいるのだろうか。

「不審だ。あの者らは、こちらを窺っていた。少し前からだ」

 アーグルが鳴く。もちろんエリーゼとシグルドにしか言葉は伝わっていない。

「なんだと……!?」

 シグルドが不信感をあらわにする。ジーンは顎を上げてこちらを見下ろした。

「その態度は何だ? 助けてやったのだから、感謝してほしいものだな」

「殿下は私も助けてくださった。不幸にも魔物と化してしまった愛竜の爪から。偶然通りがかってくださらなければ、どうなっていたことか」

「……そんな偶然があるものか」

 ニックの言葉にシグルドが呟く。エリーゼも同感だ。芝居がかって空々しい。しかしひとまず呑み込んで、エリーゼは言った。

「助かりました。殿下、その笛はいったい……?」

 ジーンの首に、特徴的な形の笛が下げられている。吹き口がいくつもあり、竜騎士が持つものよりも大きい。

「ああ、これか。これは皇族が持てるもので、音色で竜を従えることができる」

「特殊な魔法陣が刻まれているらしい。私は持っていないが」

 シグルドが付け加える。

「そういえば先ほど、あれを持っていればと仰いましたが……あの笛のことでしょうか」

「そうだ。確かにあれがあれば、竜は従う。魔物と化していても、絶対確実にとはいえないが、従わせられる。竜の魔力に干渉するものらしい」

「なるほど……」

 竜騎士の持つ笛は単に合図を送るためのものだが、ジーンの持つ笛は根本的に異なるもののようだ。竜の習性をとどめた魔物の動きを、完全にとはいかないまでも縛っている。

(なるほど、だから殿下はニックを助けられたのね……)

 エリーゼは納得した。ジーンは確かに強い魔力を持ってはいるが魔力の扱いはお粗末で、竜に乗る技術も低い。その彼が、竜の魔物から人を救い出すなんて……そうした反則技がなければとうてい不可能だ。

「でも……そもそも殿下がどうしてここに?」

 エリーゼの疑問に、待ってましたとばかりジーンが答えた。

「お前だ、エリーゼ。お前を迎えに来た」

「…………は?」

「宮殿に戻れ、エリーゼ。お前が必要だ」

「お断りします」

「なっ……!」

 言下に断られ、ジーンが屈辱に頬を赤くする。エリーゼは畳みかけた。

「お忘れですか? 殿下がわたくしとの婚約を破棄なさったのですよ。必要ないからと。だいたいわたくしの妹はどうなったのです? 彼女を迎え入れるための婚約破棄でしたのに」

「彼女はまだ幼い。姉のフォローが必要だ」

(……どうかしら……)

 エリーゼが見たところ、リリアはもう充分に「女性」だった。悪い意味でだ。エリーゼのことを姉ではなく蹴落とすべき存在として見てきた。精神的な幼稚さと成熟が混ざりあっていそうで厄介だ。

「フォローというのなら、彼女の母親に頼んでください」

 立場上はエリーゼの母でもあるが、もはやその意識は無い。向こうにとっては最初から無かっただろう。

 ジーンは首を傾げた。

「母親? 既婚者では私の妃になれないだろう」

「……………………」

(……やっぱり、そういうことよね。分かってはいたけれど……)

 第四皇子という重要ではない立場であっても、皇子は皇子だ。相応の責任が課せられるし、ジーンの場合、彼が遂行できない役回りを補佐する存在として妃の能力が求められる。リリアにそれが備わっているとはとても思えない。

 要は、エリーゼを呼び戻していいようにこき使おうということだ。その意図を隠す気さえないのはいっそ清々しいが、お断りだ。

「繰り返しますが、お断りです」

 エリーゼの拒絶に、ジーンは薄く笑った。距離があって見えないが、額に青筋が立っていそうだ。

「あまり強情を張ると……こうなるぞ?」

「ぐっ!?」

 ジーンが笛を吹き鳴らすと、シグルドが堪え切れないといったように両耳を押さえた。アーグルも苦しげに足をばたつかせる。エリーゼはあっけなく宙に放り出され、とっさに木の枝を延ばして自分を受け止めさせた。

 ジーンは首を傾げた。

「おかしいな、竜に効く音色のはずだが。人間にも効くのか? ああ、混ざり者は人間ではないということか。効いているのはそいつだけのようだしな。好都合だ」

「何を言って……っ!?」

 笛の音はシグルドに効き、アーグルとテア・ルルに効き……ダルグにも効いた。ダルグは狂ったように涎を垂らしながら宙を掻きむしるような仕草をし、めちゃくちゃに炎を放ち始めた。

「っ、エリーゼ嬢、すまない! そちらへ……ぐっ!?」

「シグルド様!?」

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