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 エリーゼはメルチオのことを信頼している。秘密を明かしていいと思っている。

 ただ、自分からそうしようとしなかったのは、父の言葉が頭にあったからで……メルチオはそういう対象ではなくて、それはシグルドだと思ったからで……

(……って、何を考えているの!)

 エリーゼはぶんぶんと首を振った。

「……無理に教えてくれとは言わんよ」

「いえ! そういうことではなくて! ちょっと別のことを考えてしまっただけです! 師父、その、わたくしは……竜の言葉が分かるのです。言っていませんでしたが……」

 メルチオは目を見開いた。

「そういえばお前さんは昔から、少し驚くくらい竜に親身になっておったな。竜からも好かれておった。そうなのか……坊主と同じか」

「……ええ」

 二人が目を見交わした。

 シグルドが竜の言葉を聞くことは、メルチオは前々から知っていたようだ。シグルドの生い立ちを考えれば、周りの人は知っていておかしくない。竜との混ざり者であることも、とくだん隠してはいなさそうだから、知っている者は知っているだろう。

「……なるほどな。その情報が決め手となったわけか」

 メルチオが唸った。

「……どういうことです?」

 エリーゼの問いに、シグルドが少し目を伏せた。ふだん飄々としているメルチオも深刻そうな様子になっている。

 シグルドが重い口を開いた。

「……あなたが聞いたら衝撃を受けるかもしれない。それに、知るだけで危険なことでもある。……それでも知りたいか?」

 引き返すなら今しかないと言外に言われて、しかしエリーゼは瞳をきらめかせた。

「そんな面白そうな前置きをされて、聞かずにいられるものですか! どうぞ教えてくださいませ!」

 エリーゼの勢いにシグルドが瞬いて苦笑を漏らし、メルチオが嘆息した。

「やれやれ、そういえばお前さんは昔っからそうだったな。何でも知らんと気が済まんし、試さんと気が済まん。そういえば坊主に聞いたぞ、魔物を倒した方法が……」

「それで、シグルド様! 勿体ぶらずに教えていただけませんか! 何が分かったのですか!?」

 メルチオに過去のやんちゃぶりを蒸し返されそうになり、エリーゼは慌てて遮ってシグルドに話を振った。

 シグルドは咳払いし、手を組んで話し始めた。

「混ざり者とは何か……魔物とは何か。私はずっと考えて、それに向き合ってきた」

 エリーゼは頷いた。自分自身が混ざり者であり、魔物と戦う竜騎士であるシグルドにとって、戦闘と研究と生は分かちがたく一体化していたのだろう。

「捕食したものによって次代を生み出すという魔物の生態だが……生み出された私は、曲がりなりにも人だ。人としての機能を備えている。角や高い魔力という魔物ゆずりの要素もあるが。それでも私が何を食べたところで次代を生み出すこともない。魔物ではないから」

 混ざり者は人だ。魔物のように通常の生物を逸脱した存在ではない。だが、とシグルドは続ける。

「そもそも、そのことがおかしいのだ。これではまるで……」

 シグルドがそこまで語ったときだった。窓の外からアーグルの叫び声がした。

「魔物だ! 竜の魔物が出た!」

「「!?」」

 言葉が分かるシグルドとエリーゼは弾かれたように立ち上がった。メルチオに短く通訳すると、彼の表情も驚愕に染まる。

「馬鹿な……!? 竜は希少だし、この基地には坊主のとお前さんのとしかおらんはずだ、まさか……!?」

「テア・ルル……!?」

 エリーゼは悲鳴を上げたが、次の瞬間、それは安堵に塗り替わった。窓の外に、アーグルの後ろからテア・ルルが無事な姿を見せたのだ。

「違った、良かった……! でも、それならいったい……」

「ダルグ! 彼だ!」

 悲痛な声でアーグルが鳴く。

「ええと……誰?」

「あいつだ、ニックの竜だ。一時的にこの基地に来ていた奴だ」

「あの失礼な騎士の!?」

 すっかり忘れていたが、そんな人がいた。気に入らない人だったが、失われた竜は痛ましい。彼はいったい無事なのだろうか。

「竜の魔物ということは、彼が一緒に捕食されたわけではないと思っていいのかしら。混ざり者になっていないということは……」

「上手いこと、と言うのもおかしいが、上手いこと混ざり者になれる場合ばかりでもない。だが、ひとまずそう考えて動くことにしよう」

 竜の魔物は危険だ。体は強靭で魔力が高く、火も吹くし、大音声の吠え声さえ凶器になりうる。そうそう遭遇するものではないが、ひとたび出てしまったら大変だ。

「被害がすでに出てしまっているのか分からないが、とにかくこれ以降の被害は止めなければならない。痛ましいことだが……魔物になってしまったら、討伐するしかない」

 シグルドがつらそうに言う。

 境遇としては彼と同じなのだ。だが、シグルドは人間として生まれた。竜は魔物と化してしまった。その残酷で決定的な違いに、エリーゼは先ほどシグルドが言いかけたことを思い出す。

(これではまるで……の後。何を言いかけたのかしら)

 ちらりとそんな考えが頭をかすめたが、のんびり考えている場合ではない。今はとにかく、竜の魔物に対処する以外のことに向ける余裕などない。

 シグルドは風魔術で近くの部屋にいた兵に伝言をして、上着を羽織り、バルコニーに出てアーグルにまたがろうとしている。

 エリーゼも走り出てテア・ルルに乗ろうとしたが、メルチオに止められた。

「そっちの竜はわしに貸せ」

「師父が竜にお乗りになれることは知っていますが……そんなことより、安全な場所に居ていただいて……」

 エリーゼは躊躇ったが、メルチオは断固として言った。

「そうも言ってられん状況だろう。戦力が必要でないとは言わせんぞ。そもそも竜騎士でも何でもないお前さんが当たり前のように出ようとしておるのがおかしい。ともかくも乗せろ。いいな、竜」

 テア・ルルは甘えたように鳴いて応えた。

 宮殿で仔竜たちを連れ出すにあたって、エリーゼはメルチオの協力を仰いでいた。仔竜たちはそのことを知っているから彼を乗せるのを嫌がらない。普通は訓練して絆を育んでいくものだが、絆はすでに生まれている、メルチオは混ざり者なので普通の人よりも筋力があり、魔力のおかげで竜との親和性も高いだろう。

 それはいいのだが、メルチオにテア・ルルを貸したらエリーゼが困る。

「師父、後ろに乗せていただいても……?」

「仔竜に負担をかけるんじゃない。いくらわしらが軽くても二人を乗せて戦うのは無理だろうが。お前さんは坊主の方に乗せてもらえ」

(だったら師父がシグルド様と一緒にアーグルに乗ればいいのでは……)

 そんなふうに考えつつ見てみたが、なぜかシグルドからもメルチオからも目を逸らされた。

 釈然としないが、押し問答をしている時間も惜しい。エリーゼはシグルドに場所を空けてもらい、彼の前に収まった。後ろから掴まるのでは前が見えにくいし魔術も使いにくいからこの方がいい。体格差があるからエリーゼを前に乗せてもシグルドの視界に影響はない。

雪の舞う空へ、二頭の竜が飛び立った。

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