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(ジーン視点)
「どうしてだ!? どうして私がないがしろにされる!?」
第四皇子ジーンは地団太を踏んだ。
皇族たちが隣国との交易についての会議を開いたのだが、方針やそれぞれの分担を決めるその会議で、ジーンは疎外されていた。意見は誰にも顧みられることがなく、交易からも締め出され、旨味の多い分野を根こそぎ他の皇族に持っていかれた。
(ちくしょう、あいつがいなくなってから何もかもがうまくいかない!)
ジーンは唇を噛む。
先月、その国の大使が交代するのと同時に開かれた式典、国交の何十周年だったかを記念する式典からして、ジーンは疎外されていた。そもそも何十周年なのかを把握していない点ですでに問題なのだが、本人にその意識は無い。
今までならエリーゼがその国の言葉を話しつつ場を取り持ち、皇族としての権限でできることと引き換えに重要な品目の輸入にジーンも一枚噛めるようになどとさまざまに動いていたのだが、そうしたフォローがなくなったためだ。もちろんジーンはエリーゼが何をしていたかを正確に把握していたわけではない。エリーゼに任せられなくなったら上手くいかなくなった、その程度に思っている。
(どうもいつもと勝手が違う。それともエリーゼがいないせいではなく、こいつのせいか……?)
ジーンはちらりと横を見た。こちらの腕に腕を絡ませて、甘えた口調で話しかけるリリアがいる。
「殿下、次のパーティはいつだったかしら。お揃いの宝石をつけましょうね」
エリーゼとは似ても似つかない可愛げのあるリリア。ジーンを頼みにして、まるでジーンが皇帝であるかのように寵を欲しがって……だが、それが最近では鬱陶しい。
「パーティ? 外国語が話せないから嫌だと言っていなかったか?」
リリアは口を尖らせる。
「そういう他国からのお客様が多いのは苦手ですが、国内の方々なら問題ないでしょう?」
そう言うリリアが行きたがるのは、人脈も広がらない、皇家に迎合的なだけの面々が集まるようなところだけだ。楽な社交にはなるが、さして益にもならない。その程度のことはジーンにも分かる。
苛々が募る。最近はそういった家の若者たちとつるんでも、皆どこかよそよそしいのだ。ジーンを落ち目の皇子だと見做しているのだろう……屈辱的なことに。
(エリーゼはあれでも社交界の華だった。だが……リリアは幼すぎる。姉の代わりはできない)
もう少し成長すればできるはずだとは思う。姉妹なのだから。
だが、それまで待てない。
竜を失ったことでも、ジーンの立場は悪化していた。自身の竜は手元にいるが、いずれ竜騎士を乗せて戦うようになるはずの仔竜を一頭、エリーゼに持っていかれた。竜の数は多くないのだから、その一頭が痛い。自分のやらかしのせいなのだが、当然ジーンにその意識はない。
「殿下。第二皇妃殿下がお呼びです」
「母上が?」
いろいろとままならなくてむしゃくしゃしているところへ、母からの呼び出しがあった。ジーンはリリアを引きはがし、苛立ちを隠さない足取りのまま皇妃の待つ部屋へと向かった。
失礼します、と断って部屋に入る。ジーンを出迎えた母はいつまでも若々しい、きつめの顔立ちの女性だ。隙なく結い上げた金髪が美しく、重厚なドレスを堂々と着こなしている。
皇妃は単刀直入に言った。
「あの子との婚約を破棄してから、色々とうまくいかなくなったわね」
ぐっと詰まったが、ジーンは顔を上げた。
「お言葉ですが母上、エリーゼは私と合いませんでした。婚約破棄は正当です」
「このわたくしが、お前のためを思って調えた婚約なのだけど?」
「……感謝しております。ですが、どうしても無理だったのです。どうか分かってください、母上」
ジーンは懇願した。きついようでいてこの母は息子に甘い。あっけなく絆され、皇妃はため息をついた。
「仕方ないわね。ええ、分かっているわ。お前が嫌なら仕方ないわよね」
「分かってくださいますか」
ジーンは安堵したが、でも、と皇妃は言葉をつづけた。
「現実問題、このままでは立ちいかないわ。妃教育を受けた優秀なあの子がいなければ……あの子ほどの相手は探したってそうそういないわ」
「……。ですが……」
「分かっているわ。嫌なのよね。でも、側妃ならいいのではない? 気に入った相手を正妃に据えればいいし。それに、お前もそうするつもりだったようだし」
「それは……まあ、必要なら……」
あの生意気な女のことなど全く好きではないが、あれでも見てくれはいいし、隣に置いて使うには都合がいい。反抗的なところを屈服させるのも暇つぶしの楽しみにはなりそうだ。
(そもそも、側妃にと提案してやったのに蹴ったのは非常識だろう! 皇子妃の立場は女なら誰もが渇望するものなのに! お高く留まったところも気に入らない!)
ジーンは唇を引き結んだあと、声高に言い放った。
「あいつが頭を下げて、妃にしてくださいとやって来るならいいがな!」
「…………そうね。……そういうふうにしましょう」
薄く微笑み、皇妃は愛息子に同意した。
(タバサ視点)
「お母様、今日のドレスはどう? 殿下とお揃いの意匠なのよ」
リリアがドレスの裾をつまみ、くるりと回ってみせる。可愛い娘の無邪気な姿に、しかしタバサはため息をつきたくなった。
姉のエリーゼを押しのけ、自分の娘を皇子の婚約者につけたところまではよかった。上手くいっていた。
自分の子は、自分の子こそが、誰よりも幸福であるべきなのだ。血のつながらない娘など他人と同じだ。そんな他人が、実の娘よりも幸福で高い地位につくなど、考えるだけでも気に障った。
(そうよ、人は幸福を求めるものよ。自分のことと自分の家族のことで手一杯、他に差し伸べる手などないのだもの。その中で幸福を追求して何が悪いの!?)
タバサの中でエリーゼは他人だ。縁があって家族として一緒に暮らし、絆を育んできたなどという意識は欠片も持っていない。いや、他人よりも悪い。夫を取り合った女の娘、という忌々しい立ち位置だ。
彼女が美しく優秀であることはしぶしぶながら認めざるを得ないが、それも癪に障る。
(私の子だって、やればできるはずよ。同じ年になったら同じことが、いえ、それ以上のことができるはずよ!)
だが、それにはあと数年かかる。その数年の間に状況が悪化しないと誰に言えるだろうか。さいきん第四皇子は落ち目のようだし、そのせいで、決まりかけた息子の縁談もふいになってしまった。
苛々と歩き回るタバサの耳に、来客を告げる侍女の声が届いた。




