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「……そんな顔をするな」
シグルドがふと表情を緩めた。
「周りの者は親切だったし、私にはアーグルもいた。赤子だった私を見つけてくれたのはアーグルだ」
「それは……」
複雑に絡んだ関係だ。アーグルにとってシグルドは、親竜と混ざった存在であり、育ての子でもあるようなものだ。
ベルフの話を思い出す。魔物にわざと食われて生まれなおそうとする人もいると。シグルド殿下の頭にその意識があったのは確かだろう。わざと魔物に負けたわけではなさそうだけど、そのあたりのことはもう分からない。
彼が何を思ってそうしたのか分からない。命の終わりが近づいたら、もしかしたらエリーゼもそのような選択をするのかもしれない……今の自分にはとても想像がつかないことだけど。
気づけば喉がからからだ。エリーゼはすっかり冷めた珈琲を飲んだ。苦みがいやに強く感じられるが、頭をはっきりさせるにはいい。
「それで、本題だ。エリーゼ嬢」
「……え? えっと、今のが本題では……?」
「前置きだ」
「そうですか……」
前置きとしてさらりと流すような内容ではなかったと思うのだが、シグルドは本当に気にしていないらしい。割り切っているらしい。シグルド殿下の部下たちは彼をよほど大切に育てたのだろうと思える。
「私はこういう生まれだから、竜の言葉が分かることに疑問はなかった。半ば竜と混ざっているようなものだから。だが……あなたはどうなのだ?」
「…………」
「あなたも竜の言葉が分かると知って心底驚いたのだ」
「……それは、わたくしの方もです」
エリーゼは続けた。
「明らかにしておきたいのですが、わたくしは……こういう言い方は何ですが、貴族の生まれです。血筋を重んじる家系の生まれです。混ざり者ではないはずです」
エリーゼの母は早くに亡くなったし、父も数年前に後を追ったが、エリーゼは間違いなく二人の子供だ。血の繋がりを示す似通った部分など挙げればきりがない。別の者が、まして混ざり者が入り込む余地もない。二人とも家系図を明確にたどれるし、辺境に縁のある人も、少なくとも知る範囲ではいない。
(それに……そういうことがあったら、宮殿の人たちが放っておかなかったはずだもの。あることないこと付け加えられて噂を立てられたはずだもの……)
悲しいかな、そうした信頼はある。社交界の華として目立つ存在だったエリーゼにそんな疑惑があれば、宮殿のおしゃべり雀たちは嬉々としてさえずり散らかしていたことだろう。
エリーゼとシグルド、二人の生まれはまったく違う。それなのに両方とも竜の言葉を聞く。
それはエリーゼが考えるように皇家の血によるものなのか。シグルドが言ったように竜と混ざったことによるものなのか。その二つが偶然一致しただけなのか。……もっと他の可能性があったりするのか。
エリーゼには見当がつかない。だが、シグルドはそうではないようだった。
「……思い当たる可能性はあるが、まだ断言はできない。好都合なことに識者をお招きする機会が近いので、その者の知見を求めて、そのうえであなたにお話ししたいと思う」
「本当ですか!? ぜひお願いします」
気になる。自分だけのことだと思っていた能力が、シグルドと同じものであると知り、一人だけの問題ではなくなった。その先を知りたい。
「ああ。私は混ざり者として、竜騎士として、竜や魔物や混ざり者について個人的に研究を続けている。秋の凱旋式の頃には宮殿の研究者との時間を取ってもらったり資料を探したりするし、この冬には一人、研究者を招く予定になっている」
シグルドが上げた名前に、エリーゼは目を見開いた。




