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(いったいどういうことなのかしら……)

 彼らを縛っているらしい「何か」。それが何なのかシグルドは教えてくれないし、兵たちも知っているらしいのにエリーゼには教えてくれない。

(シグルド様は辺境伯で、竜騎士として基地を統括していて、皇家にゆかりもあって……それなのに。それだから、なのかしら……?)

 一人で考えていても埒が明かない。ひとまず疑問を疑問として留めておいて、エリーゼは目の前のことに集中することにした。

 基地の人員とて、毎日毎日大物ばかりを相手にしているわけではない。訓練をしたり見回りをしたり、むしろそちらの方が日常だ。人数を揃えて大型の魔物を討伐するばかりではなく、少人数で中型以下の魔物を討伐したり、罠を仕掛けたり、確保した土地の地形を調査したり、そうした地道な作業も多い。

 そんな中、エリーゼは厨房に居場所を見つけていた。すっかり仲良くなった炊事兵たちと手を動かしていると、気持ちが晴れていく。

 兵の一人が言った。

「嬢ちゃんのおかげでみんな体調がいいと言っとるぞ。訓練が捗ると」

「なぜだか諍いも減ったな。飯が美味いと気持ちも落ち着くもんかな?」

 別の兵も言う。エリーゼは笑った。

「それは良かったです。食は基本ですしね」

 しっかり食べてしっかり眠れば回復する。前を向けるようになる。エリーゼはそう思っている。気持ちを奮い立たせて無理やり前を向くのではなくて、体を整えることこそが肝要だ。気持ちを整えようとしても上手くいかないが、体調を整えようとするのは食事と睡眠と運動とで外側から出来る。食べて眠れば動くことができるようになり、動けば気持ちよく疲れてお腹も空いてさらに好循環だ。

 エリーゼ自身も兵たちと同じものを食べているし、テア・ルルと森を飛び回ったり魔術の訓練をしたりして夜は早めにぐっすりと眠る生活だ。

(夜更かし上等、一日は昼前から始まる、みたいな宮殿の生活とは大違いね……)

 健康的な生活の喜びを噛みしめる。もちろん夜型の人がいることは承知しているし、宮殿の生活リズムが合う人だっているだろう。エリーゼがそうではなかったというだけだ。

「……だが、あいつだけは食も進んでいなさそうで心配だな」

 そう言われているのは、シグルドに言われてエリーゼの様子を見にでも来たのだろうか、こちらへぼんやりと歩いてくるベルフだ。たしかに元気がなさそうに見える。

(きちんと食べられていないなら、それも心配ね……)

 エリーゼは思案し、炊事兵に声をかけた。

「あの、ちょっといいですか? ……」


「……なんですか? 僕に用事って……」

 テア・ルルから降り、ベルフは戸惑い気味に聞いた。エリーゼは彼を誘って森に来たのだ。

 まだ辺境に来てからそこまで長い時間が経ったわけではない――秋が冬にさしかかっているくらいだ――が、テア・ルルは見違えたようにたくましくなっていた。大人の男性と比較して体重の軽いエリーゼとベルフとはいえ、二人を乗せても苦労せず飛べるくらいだ。

 移動が楽というだけでなく、竜がいると魔物の気配を察知してくれるのがありがたい。魔物の種類にもよるが、いざとなれば乗って逃げられる。

「ちょっと訓練の相手をしてほしいの」

「分かりました」

 ベルフは合点がいった様子で頷いた。

 最初は小手調べとして彼の水魔術とエリーゼの木魔術をぶつけてみたり、次は植物を生育させる魔術を彼に促進させてみたり、今度は切り花から水分を抜いて一瞬で乾燥花を作ってみたり、魔力を大胆に繊細に扱って様々に練習していく。

「……これ、うまく使えばとんでもなく便利なのよね」

 木魔術と水魔術の合わせ技だ。メルチオに協力してもらって色々と試したのだが、保存食品を作ったりするのに重宝していた。

 魔術はつくづく可能性が広い。そして、魔術だけにこだわらずに視野を広げれば可能性はさらに広がるのだ。

 魔術だけでなく、体に魔力を巡らせて身体能力を向上させ、体術の手合わせも行う。さすがにこちらは年齢差があるとはいえ素人のエリーゼではベルフに適わないが、肉体を強靭にすればしのぐことはできそうだった。

 一通りのことを行い、ほどよく疲れたところで休憩をとる。魔法陣で手軽に焚火を作り、囲んで食事をとる。暖かいお茶とサンドイッチ、それに骨つき肉と果物。例によってエリーゼが魔力を通して味と栄養を最大限引き出してある。肉についてもタレがエリーゼの仕込みだ。ハーブとスパイスの調合が楽しかった。

 運動した後であるうえ、育ち盛りだ。ベルフは物も言わずにがっついている。

「……すごく美味しかったです」

 あらかた食べ終えて、ようやく言葉が出てきたようだった。エリーゼは微笑んだ。

「よかった。わたくしが作ったの。パンや肉を焼くところは任せたけれど」

「え!? いやまあ、そこは任せて当然と思いますが……エリーゼ様が!? 厨房に出入りされていることは知っていましたが、ここまでとは……」

「宮殿にいるときはここまで自由にできなかったけれど、もっとやってみたいとずっと思っていたの。食は基本だわ。食べて動いて眠れば、たいていのことは何とかなると思えるもの」

「食べて動いて……ですか。もしかして、僕を元気づけようとしてくださったのでしょうか?」

 ベルフはまなざしを陰らせた。

「でも、元気になったところで何が変わるわけでもない。違いますか? 混ざり者は混ざり者のままだし、基地を取り巻く状況も変わりません」

「混ざり者については……当事者ではないわたくしが何を言っても空虚だけど。基地を取り巻く状況については気になるわ。あの態度の悪い竜騎士はどんな権限があって口出ししてくるのかしら。みんな知っているようなのに教えてもらえなくて……」

「……なるほど。みんな、エリーゼ様には言わないでしょうね」

「どうして? 部外者だからということ?」

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