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 エリーゼの言葉に答えたのは炊事兵だった。豪快に笑い飛ばしながら言う。

「角があるから何だっていうんだ? 魔力は強いし、率先して危険を引き受けてくれるし、大助かりだ!」

(宮殿みたいに差別意識はないのかも? 人によるとは思うけれど。辺境だし、混ざり者が珍しくないとこうなるのかしら……)

 考えつつベルフの方を見ると、愛想笑いというか、何だか複雑そうな表情をしている。エリーゼの言葉が気に障ったというふうではないが、歓迎しているふうでもない。話を変えた方がよさそうなのでエリーゼは水を向けてみた。

「ところでベルフ、わたくしに何か用事があったのかしら?」

「そうでした! エリーゼ様、シグルド様が晩餐を一緒にどうかとお誘いです」

「あら。それは光栄だけど、お忙しいのでは?」

 留守にしていた期間に溜まっていたあれこれを片付けていたらしく、忙しそうな様子を見ていたのでエリーゼも弁えて彼を煩わせないようにしていた。だからこうやって基地の厨房に出入りしたりしているわけだが。

「忙しさも落ち着いたようで、せっかくお招きしているのにもてなしもできず申し訳なかった、と言付かっております」

「それならありがたくお受けするけれど、そんなに気を遣ってくださらなくてもよろしいのに。邪魔になってしまっては申し訳ないわ」

「…………」

 もの言いたげなベルフに笑ってみせる。

「従者になって魔物討伐にご一緒したいと希望したのは確かだけど、邪魔になるつもりはないわ。わたくしは役立つと思うわよ?」

「…………。……そうですか」

 ベルフが何か言葉を呑み込んだ。さらに何か言いたそうにしていたが、何も言わずに口をつぐむ。

 そんなベルフに続いて、挨拶をして厨房を出る。城の方へと戻りながら、エリーゼは先ほどの言葉について尋ねてみた。

「ところで、先ほどの炊事兵の言葉だけど。何かひっかかるところがあった?」

 どうも気になるのでそのままに放っておけない。厨房を離れて今はエリーゼしか聞いていないから、何かあるなら聞かせてくれないだろうか。

「……そうですね……」

 ベルフは躊躇いつつも言葉にした。

「率先して危険を引き受けてくれる、と彼は言っていましたが。そうでもしないと混ざり者の居場所はないのです。逆に、そうしていればありがたがられます。宮殿のように弾圧はされませんが……辺境だからといって、混ざり者の立場が一定以上に良くなったりはしません。僕たちはしょせん、人間のまがい物ですから」

「そんなことないわ!」

 とっさに否定したエリーゼに、ベルフは暗い目を向けた。

「きれいごとは結構です。混ざり者は人間が魔物に負けて生まれた存在、人間の敗北を象徴する存在なのです。厭われて当然、そんな存在でも生きようとするならば率先して魔物に立ち向かうしかありません。立ち向かった末に敗れれば、その後はもうどうなるか分かりませんが」

「分からない、って……」

「混ざり者がさらに魔物に食われたらどうなるか分からない、ということです。そういった存在の話を聞いたことがないので。いよいよ人間の要素を失って、気づかれないまま魔物として生まれて、討伐されて死んでいるのかもしれない。そういうことです」

「…………!」

 エリーゼは言葉を返せなかった。まだ幼い少年が背負うには、あまりにも重い事柄だ。混ざり者ではないエリーゼが何を言っても空虚に響く。

(何か……何か、ないのかしら。救いは……)

 必死に考えてみるものの、そんな都合のいいものは頭のどこからも出てこなかった。当然だ。当事者が悩み苦しんで導き出せないでいるものを、部外者が易々と解き明かせるはずがない。

「人は死んだら終わりですが、魔物にわざと食われることで混ざり者として生を受けようと考える人もいないわけではありません。もちろん上手くいったとしても別人が赤子の状態で生まれるわけですし、とうぜん記憶だって引き継がないのですが。わざととまではいかなくても、死んだ後もそうした新しい生があるかもしれないと思うことで気持ちを奮い立たせて魔物に立ち向かう人もいます」

「………………!」

 壮絶な話に絶句する。同時に、気持ちを新たにする。辺境の人をそこまで追い詰めておきながら安寧を貪る宮殿から出てきてよかった。ぬくぬくと魔力を高めながら安全圏から出ようとしない貴族、その一人から脱することができてよかった。

 そんなエリーゼに、ベルフは視線を向けた。疑念と憤懣とわずかな困惑に希望。複雑な表情で何かを言いあぐね、結局なにも言わずに口をつぐむ。エリーゼが水を向けるように待ってみても言葉は出てこない。

 彼が何を言おうとしたのか分からないが、何かとても重大なことのような気がした。


 結局ベルフはそれ以上のことを語らず、言葉少なに二人は城へ戻った。エリーゼは宛がわれた客室で着替え、侍女に化粧を手伝ってもらうどころか教え、身なりを整えて晩餐の場へ向かった。

「……やはり、様になるな」

 盛装したエリーゼを見たシグルドの感想がそれだった。彼は外見に反して女性慣れしていなさそうだが、それでももう少し取り繕いようはあると思う。それをしないのは、すでに気安い関係になっているからだ。旅路を共にして、遠慮なくものが言えるようになっている。宮殿を出たエリーゼは「赤薔薇の中の赤薔薇」として振舞うことをやめているので、令嬢らしからぬ内面を隠していない。

 とはいえ時と場所に合わせてきちんと弁えるし、身の回りのものを一切持たないで辺境に来たエリーゼにドレスなどを用意してくれたので着るのが礼儀だろう。個人の財産は宮殿から離れたとてなくならないので引き出して謝礼を渡そうとしたのだが、固辞された。客人として丁重に扱ってくれるらしい。とはいえ頂くばかりでは心苦しく、お金のほかに返せるものといったらこの体くらいなのだが……

「光栄ですわ。ところで……やはり、魔物討伐にご一緒することはお許しいただけませんか?」

 食事をしながらのエリーゼの言葉に、シグルドは少し苦笑した。メインが鹿肉のソテー、付け合わせに辺境ならではの山菜などが添えられた、全体的に肉の多い献立だ。エリーゼは特に好き嫌いがないので美味しく頂いている。ちなみに魔物の肉は食べられないことはないのだが、含有する魔力が多すぎて害になりかねないのであまり一般的に食されてはいない。牛や豚などの家畜と混ざった魔物なら肉も食べやすいらしいが、まだ味わってはいない。

「そう言われると思った。そのこともあって今日は呼んだのだ。一度経験しないとあなたも納得しないだろう。なるべく安全を確保する形で、魔物討伐に同行してもらうことにする」

「よろしいのですか!?」

 そんなに気を遣って安全を確保してもらうのも申し訳ないのだが、下手なことを言って話が流れては困る。魔物討伐の大変さを知って、自分の魔力を役立てたいと願ってきたことが叶うのだから。

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