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「ここが、辺境……」

 アーグルに乗せてもらい、時にはテア・ルルに乗ったりもしながら、七日かけてエリーゼとシグルドは西の辺境に着いた。

 移動時間は本来もっと短縮することができるらしいが、エリーゼが竜での長距離移動に慣れていないのと、アーグルに二人乗りをして通常より多くの負荷をかけているのとで、シグルドが余裕をもたせたのだ。

 エリーゼだけでも宿に泊まるようにとシグルドは勧めたが、エリーゼはそれを断って野営に参加した。竜を泊める場所など普通の宿屋には無いし、厩に馬と一緒に押し込めるのも馬と竜の双方のためにならないので、基本的に竜騎士たちは普通の宿屋に泊まらない。野営をするか、理解のある領主に泊めてもらうか、そのくらいだ。シグルドは皇族にゆかりのある混ざり者ということで微妙な立場にあるのだろう、領主のところを利用するのは避けたいようだった。

 竜がいれば獣は近寄らないし、魔物の接近も察知できる。そもそも魔物の被害が出るのは辺境に限られるから、そこまでの道中では魔物の心配はほとんどいらない。むしろ野党などの方を警戒すべきだろうが、これも竜がいれば問題ない。

 それを思うと、森で怪我をしていた少年は、助けを呼ぶ必要があるからとはいえ、竜を傍から離してそうとう心細い思いをしたに違いない。焚き火を前に乾燥肉をかじりながらエリーゼはその時のことを思い出したりもした。

 そんな道中、エリーゼは少年のこともシグルドから聞いた。名前はベルフ、十四歳ということでリリアと同い年だ。もう少し幼く見えたが、そこまで年少というわけでもなかった。強い魔力を持っているため、シグルドの魔物退治を魔術で助けているのだという。

 竜騎士は皇帝直属の武官で、相棒とする竜たちば宮殿の管理下にある。普段は辺境の空を乗り手とともに自由に飛び回っているから一般にあまり意識されることはないが、竜たちは子供を質に取られており、歯向かうことが許されない立場だ。どうしてその状況に甘んじているのかとエリーゼは竜にこっそり尋ねたことがあるのだが、親竜の側はこの現状にそこまで強い不満を抱いているわけではないようだった。仔竜を安全な宮殿に預け、自分たちは魔物を相手に嬉々として戦いを繰り広げている、そんな感じらしい。

 仔竜の側は宮殿から出たいと、中庭が狭いと鳴いていたので、そのあたりは意外だった。とはいえ仔竜となかなか会えないことに対しては不満があるようだったが。もしかして、仔竜時代に自由がなくて溜まった鬱憤を魔物相手に発散しているのかもしれない。……考えすぎだろうか。

 帝国は広い国土を持つので、必然的に国土の端、すなわち辺境もかなりの広範囲にわたる。どこの辺境でも魔物との戦いが行われているのは共通しているが、その他の部分はかなり異なり、領主の裁量も竜騎士との関係もさまざまなようだ。そしてなんと、西ではシグルドが辺境伯という地位を賜って領主も兼ねているらしい。シグルドは皇族に縁があるというだけでなく、れっきとした領主で、竜騎士というだけではない立場も持っていたのだ。

 それを知ったときのエリーゼは思わず意を得たりと拳を握り、シグルドに驚かれた。だが、仕方ないだろう。エリーゼは単なる物見遊山をするために辺境に来たかったわけではなく、自身の魔力を有効に使うために辺境行きを志したのだから。領主の考え方が古かったり竜騎士との関係が悪かったりしたらエリーゼが戦いの場に出ていくのに悶着があっただろうが、シグルド自身が領主ならそうした心配は一切いらない。彼の了承を得ればそれで済む。

 そんなふうに情報を得つつ、ようやく辿り着いた西の辺境だ。はるか遠くに聳える山々はところどころ雲がかかっているように見えるが、それは魔力だ。人の踏み込めない領域に魔力が色濃く残り、魔物の生息地となり、国境へと押し寄せてくる。人々は竜騎士を筆頭に魔物と戦い、退け、さらには攻め込んで人間の住める領域を広げるのだ。国境が外側に拡大していくにつれ、人々の暮らしは少しずつ安全になっていく。それまで国境のきわで魔物の襲撃に怯えていた地域が、国境が離れることによって魔物の襲撃が間遠になり、いずれもっと少なくなる、安全に暮らせるようになる。そういうことだ。

 その最たる例が宮殿、帝国の中心部に位置する赤薔薇の宮殿だ。どこよりも辺境から遠く、どこよりも安全で、どこよりも魔力を無駄遣いしている場所だ。エリーゼが逃げ出した場所。

「……帰りたくなったか?」

 辺境の景色を興味深く眺めていたエリーゼに、傍らから声がかけられた。当然、シグルドの声だ。

「なるものですか! 宮殿には魔物こそいませんが、人の心に巣くう闇は魔物のようなものですわ。姿がある分、魔物の方が可愛げがあると言えるくらいですわ」

 ジーン皇子の婚約者の座を追い落とされるまで、エリーゼはタバサやリリアがそんなことをする者だと思っていなかった。婚約者の座くらいならまだいいが――むしろこの場合は大喜びで譲り渡すくらいだ――、命のやり取りも宮殿では普通にある。そんな魔窟に住んでいながら、宮殿の人は安全を誇るのだ。まったく、馬鹿げている。

「……つくづく、あなたは本当に貴族令嬢か……?」

「正真正銘、そうですわ。宮殿ではこれでもきちんと取り繕っていたのですが」

 棘を隠した薔薇。棘を思いっきり外に出してしまった以上、かよわいふりなどもう出来ないが。

 シグルドとエリーゼは竜から降りて話していたのだが、アーグルがぴくりと顔を動かした。何らかの気配なり音なりを感じ取ったらしい。

 もちろん、魔物ではなかった。

「よくおいでくださいました、エリーゼ様」

 近づいてきて声をかけたのは、エリーゼが森で助けた少年だった。怪我はすっかり治り、頭から出ている短い一本の角も健在だ。

「あなた……ベルフね?」

「僕の名前をお聞きになりましたか。改めて僕の口からも申し上げますが、僕はシグルド様の従者をつとめております。相棒の竜はいませんが、地上からでも魔術で援護ができます」

「その援護を受けるのは主君たる私なのだが、私への挨拶がないな?」

「主君よりも客人へのご挨拶が先でしょう。まして僕の主君は、宮殿の華をお連れですし……。宮殿は大騒ぎでしたよ。混ざり者が美姫を攫っていった、と……」

「「!?」」

 二人よりも後に宮殿を出立したベルフは夜会のその後のことも知っているのだろう。彼の立場から考えれば直接ではなく間接的に知ったということになりそうだが。

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