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「……本当にやるのか?」

 準備を整え、竜を引き出してバルコニーに出、向き合ったエリーゼにジーンは確かめるように声をかけた。美々しい騎士服にマントがはためき、立派な長槍もあいまって押し出しが良い。エリーゼは目をすがめた。

(当然ながら、わたくしのことを案じての言葉ではないわね。自分のことを案じてというわけでもなさそう)

 ぎらぎらとした眼差しに、緩んだ口元。自分の勝利を、エリーゼを叩きのめすことを、まったく疑っていない。本当にやってもいいのかと、確認のていで念押しをしている。……どうなっても知らないぞ、と。

「やるわ」

 エリーゼは短く答えた。他の答えなど無い。「やらない」と言えば「怖気づいたか!」と嘲笑された挙句、無理やり引き出される未来が見える。事ここに至っては、決着をつけずにはおけないのだ。

「……確認はしたからな」

 怯えていないエリーゼの様子に興が削がれた表情をし、ジーンはこちらに背を向けた。エリーゼも同様に離れ、一定の距離を取る。

「……では、ルールの確認だ。竜から落ちるか、致命傷とみなされる攻撃を受けたら負け。ただし必要以上に相手を傷つける行為は禁止だ。危ないと見たら止めに入らせてもらう」

 声を張るのはシグルドだ。エリーゼ側の人員だからこうした中立的な役割には適さないのだが、第一の当事者ということもあり、他にやりたがる――というか、関わりたがる――人もいなかったため、審判めいた立ち位置になってしまっている。

 とはいえ、適切な立場でもある。皇族にゆかりのある者としてジーンにある程度ものが言えたり、豊富な魔力で大怪我や大事故を防ぐことができたりするためだ。彼の傍らには警備の騎士が何人か補佐としてついており、ジーン皇子に近しい立場の者もいるようなので公平性は問題ないだろう。皇子の婚約者になったリリアはといえば、いちおうバルコニーに出てきているとはいえ、ジーン皇子に声をかけたりもしていない。気が立った皇子を刺激したくない、傍に寄りたくないということだろう。

(何にせよ、わたくしのすることは変わらないわ)

 ジーンを竜から落とすか、分かりやすく致命傷だとみなされる攻撃を与えればいいだけだ。小細工をしたり搦手を使ったりする必要はないし、その甲斐もない。観客に見て分かるように、誰からも文句が出ないように、真正面から打ち負かす。それだけだ。

 観客、もとい夜会の招待客や使用人たちまでもが、バルコニーの見える窓辺に集まってきていた。硝子張りの大きな窓だから外がよく見える。いつのまにか照明が落とされ、屋外がよく見えるように整えられていた。物見高い者は秋風をもものとせずバルコニーに出てきている。落下物があるかもしれないので、魔術で自分たちを守れる者ばかりだ。いちおうバルコニーの中央を避けて端に寄ってはいるが。

 シグルドの声が魔力を帯びて室内にまで届いているらしいのを見てエリーゼは察した。シグルドの魔力属性は風なのだ。確かにそれなら、どちらかが竜から落ちたり、観客に被害が届きそうになったりしても、庇うことができるだろう。混ざり者の魔力が強いことはメルチオでよく知っている。成り行きで審判めいたことをしているシグルドだが、妙に適任だ。そしてきっと、公正だろう。

(わたくしが失敗して負けたとしても、誤魔化したり包み隠したりはなさらないでしょうね。でもその代わり、さっきみたいに、自分を犠牲にしてわたくしのことを庇ってくださりそう……斜め上のやり方で。そうさせるわけにはいかないわ)

 勝って、彼と自分の名誉を守る。それだけだ。

「よろしくね、テア・ルル。あなたはいずれ魔物を相手にするでしょうけれど、これが初陣よ」

「きゅい!」

 軽く首を叩いて声をかけたエリーゼに、テア・ルルが元気よく応えた。竜はあるていど人間の言葉を解しているので、このくらいのやり取りをしても不自然ではない。もちろん、竜の言葉にさらに返答したりしたらまずいのだが。

 エリーゼは気づかなかったが、その手慣れた様子を見た人々の間にざわめきが走っていた。決闘が本当に行われるのか半信半疑で、もしかして他の意図――単に夜会を台無しにしたいとか、竜騎士の歓心を買うために竜に乗っての決闘を言い出したとか、遠回しな自殺とか――があるのではと疑っていた人々も、ようやくこれが実際の決闘で、今しも行われようとしているのだと納得せざるを得なくなったのだ。茶番になるのかもしれないが、ともかくも決闘が始まるのは確かだと。

 エリーゼとジーンがそれぞれ竜に乗るのを見て、シグルドは手を掲げた。

「――開始!」

 ふわりと風が舞い、二頭の竜が飛び立つ。エリーゼはドレスの上にローブを羽織っただけの格好だが、そこまで大きく乱れるようなことはない。竜は魔力を帯びた生き物であり、乗り手もある程度は守られる。そうでないとたちまち振り落とされてしまうだろうし、事実、竜と絆を結ばず無理やりに乗るとそういうことになる。とくに竜に接している足はほとんど風の抵抗を受けない。またがるのではなく横乗りしているエリーゼの足元ではドレスとローブの裾が軽くはためいているくらいだ。

 シグルドのように風魔術の使い手なら風からさらに守られるだろうし、メルチオのように水魔術の使い手なら雨の中でも平気だろう。決闘でさえなければ他人からそうした魔術をかけてもらってもいいし、魔法陣を代わりにすることもできる。さいわい今は晴天で風も穏やかなので、そうしたことを考えずに済んでいる。

 空には満月が昇り、視界は良好。テア・ルルの手綱――竜には馬と同じように鞍と銜をつけ、手綱で意思を伝え、集団で行動するときは笛の音を合図にする――を軽く引いてジーンの方へ向かおうとした、その時だった。

「!」

 いきなり、炎がこちらへ飛んできた。ジーンの魔術だ。彼は火属性の魔力を持っており、こうした攻撃的な魔術も使える。――皇族としての豊富な魔力量に、技術が追い付いていない感じが否めないが。

 エリーゼはテア・ルルに手綱を通して左方向への回避を指示し、テア・ルルの方も最初からそうしようと考えていたらしく、エリーゼたちは難なく炎をやり過ごした。

(躊躇いがないわね……。むしろ良かったのかしら。こちらからも遠慮なく攻撃できそうだわ)

 単純な火の魔術、単発で細工もしておらず、こちらの動きを誘導して詰めるような意図もない、ただ大振りなだけの魔術など通用しない。二発、三発と飛んでくるそれを、エリーゼたちは軽く躱した。夜空に炎が弾け、エリーゼの赤い髪が舞う。

 攻撃を苦もなく避けられたジーンが苦々しげに叫んだ。

「この、ちょこまかと! 逃げてないでかかってこい! 木剣なんて選ぶから攻撃できないのだろう!?」

 エリーゼの手には練習用の木剣が握られている。もちろん手加減のためではなく、意図を持って選んだものだ。それにしても、

「殿下こそ、長槍などを選んだから攻撃できないのでは? 単純な火魔術程度では、わたくしたちは倒せませんよ?」

 言われた分をきっちりと言い返し、煽っていく。ジーンは頭に血が上ったらしく、身を震わせた。

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