表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

12

「……そのつもりだった。悟らせるつもりもなかったのだが。こんな状況だというのにあなたが冷静すぎて、気づかれてしまったな。しかも角にも怖れないときた。……分かったら、私から離れなさい」

 なるほど、この人は、自分の角を見せたことでエリーゼをも遠ざけようとしたのか。自分ひとりに注目を集め、エリーゼをこの場からさりげなく逃がそうとしてくれたのか。……何も気づかれなかったら、助けた相手に怖れられるだけだというのに、それでもいいと。

(……気づけてよかった。そんな恥知らずにならずに済んで、本当によかった。すごくいい方だわ。そして……すごく、寂しい方……)

 混ざり者に対する偏見の眼差しは想像を絶する。傍で見ているだけのエリーゼですら眉を顰めるものなのに、雨あられと受ける側はたまったものではないだろう。それなのにこの青年は、卑屈にならず、ただびとを一緒くたにまとめて敵視したりせず、エリーゼを庇ってくれた。

 それなのに、見返りを求めないのだ。求めたって罰は当たらないのに、望むことすら考えもしないらしい。

 エリーゼは真っ直ぐに視線を合わせ、青年に心からお礼を言った。

「お気持ちも、してくださったことも、本当にありがとうございます」

「…………!」

 青年が目を見開く。黄金の瞳は猛禽や猛獣のように猛々しいのに、今はエリーゼの感謝に動揺したらしく揺れている。……ありがとうの一言さえ、身内でしか聞いたことがないのだろうか。

(それは、寂しい……)

 混ざり者が何だというのだろう。行き会っただけの人に親切にしてお礼を言われる、その程度のやりとりさえできないのだとしたら。

「おい、お前たち! 何をごちゃごちゃ話しているんだ、場を乱しておきながら! さっさと引っ込んだらどうだ!?」

 ジーンが苛立ちを隠さず言葉を荒げる。エリーゼは溜息をつきたくなった。エリーゼに婚約破棄を一方的に突きつけ、流れの中で仕向けられたとはいえ招待客の仮面をはぎ取る、どちらもとんでもない失礼だ。リリアは皇子の行状を止める様子など無いが――婚約破棄についてはむしろ焚きつけた側だ――、さりげなく諫めてフォローするべきだろう。今までエリーゼはそのようにしてきたし、彼の評判までは如何ともしがたかったが立場だけは維持させてこられたのだが、リリアに同じことができるのだろうか。ジーンに近づくために、あるいは近づいたからと、ドレスを次々と新調し、華やかに暮らすことしか考えていなさそうな妹に。

(勉学が必要だと分かって慌てていたものね……皇子妃の立場の良い側面しか見えていなかったのかも……)

 エリーゼを押しのけてリリアが皇子妃になる。タバサ母子の思い描いた幸せは短期的には形になったが、さてそれはいつまで保つのだろうか。

(分からないけれど、望んでそうなったのだし。あとは本人たち次第でしょう。わたくしはもう何もしないし、できないもの)

 エリーゼはジーンから視線を外し、竜騎士の青年に視線を戻した。名前を尋ねたいが、これ以上さらし者にするのは忍びない。

 だがもちろん、エリーゼのような配慮はジーン皇子には無い。嘲笑する口調で言った。

「は、不愉快な者どうしで馴れ合いか? どうでもいいが、見苦しいからよそでやってくれ、大叔父どのよ。いや違った、大叔父の皮を被った魔物どのよ」

「――――!」

 その嘲弄に、ついにエリーゼの忍耐の緒が切れた。いや、我慢することはできる。頭は冷静だ。だが、その冷静な頭が、ここは我慢すべきところではないと言っている。

 大叔父、というジーンの言葉に、周りで聞いていた者のいくらかは自力で当たりをつけ、そうでない人は周囲の人に尋ねたりしているようだ。

 エリーゼはもちろん皇家の系図を諳んじているのですぐに分かった。二代前の皇帝の弟、竜騎士として亡くなったシグルド殿下。その人を元に生まれた混ざり者、ということだ。

(殉職された竜騎士を、それも先代皇帝の弟君をこんなふうに愚弄するなんて……! 許していいわけないわ!)

 素性を明らかにされた竜騎士は、強張った表情で、しかし毅然と立っている。騒がしいのは周りだけだ。嵐の目のようだ。

 エリーゼはするりと手袋を外し、ジーンに向かって投げつけた。

「わたくしへの無礼のみならず、わたくしを庇ってくださった、皇族かつ殉職された竜騎士への愚弄……許すわけにはまいりませんわ」

「エリーゼ嬢!?」

 焦った声を上げたのは竜騎士だった。

「あら、わたくしの名前を覚えてくださったのですね。シグルド殿下……でよろしいのかしら」

「殿下などと呼ばなくていい。それよりもあなたは、いったい何を……!」

「身を挺してわたくしを庇ってくださった方が、いまさら何を仰います。わたくしにも少しは返させてくださいませ」

「いや、お気持ちは嬉しいが! 失礼ながら、お酒を過ごされたか!? 決闘などと……女性のあなたが!?」

 青年は慌てふためいている。ジーンは何が起きているのか分からないといったように顔をしかめている。混ざり者の存在に会場から逃げ出そうとしていた人々も、何かとんでもないことが始まりそうだとみてその足を止めている。

 エリーゼは言った。

「折しも月夜。場所は竜たちが舞えるバルコニーがありますわ。刃をつぶした剣や槍くらいは借りられるでしょうし、なんなら武器は無しで魔術のみでも構いません。決闘ができますわ――伝統的な、過去の皇族がたが雌雄を決したとされる、竜に乗っての決闘が」

「――……は!」

 ジーンが嘲笑した。

「お前が、私と!? 自分が何を言っているか分からないようだな。そもそもお前は竜に乗れないだろう! 刃をつぶした剣や槍と言ってみせたところで、扱えなければしようがないだろう!」

(……。……まあ、わたくしは「赤薔薇の中の赤薔薇」ですしね。ペンより重いものを持ったことがない、庭より先の外には出たことがない、そんなイメージを持たれているでしょうし……それにしても、第四皇子殿下のイメージが下がる一方だわ……)

 婚約を破棄された相手に、縋るのではなく決闘を申し込む。……心のままに動いただけだけど、客観的に見たらとんでもないことだ。

 婚約破棄されてからというもの、身軽になって、枷が外れた感じさえする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ