表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/38

11

(厚顔って、殿下のためにあるような言葉ね……)

 呆れを通り越して感心し、エリーゼはジーンをつくづくと眺めた。見目はいいが、そのぶん中身をどこかに忘れてきてしまったようだ。頭も、心も。

 一方的に婚約を破棄して恥をかかせた相手に、その舌の根も乾かぬうちに、側妃になれと。エリーゼに対してだけではない、望んで迎え入れようとしているリリアに対しても失礼きわまりないというのに。

 そのリリアは、複雑な顔をしながらも黙っている。自分では第四皇子の婚約者として足りないところが多いことをようやく自覚し、エリーゼが側妃になっても仕方ないと受け入れる姿勢だ。……冗談ではない。

(リリアたちのためを思ってやってきたことを仇で返しておきながら、まだわたくしを利用するつもりなの……?)

 仕方ない、で受け入れられてたまるものか。望まれたって嫌なのに、仕方ないから妥協してあげる、みたいな態度を見せられて、さすがにそろそろ我慢の限界だ。

「先ほどの暴言は許してやる。だから、側妃になれ」

 許してやる、と言いつつ口元が引きつっている。許す気などさらさらなさそうで、そもそも自分が先に失礼をはたらいたのだという自覚もなさそうだ。皇子なら何でも許されると思っているのだろうか。支える者あっての皇族で、支持の得られない皇子ほど不安定な存在はないのだが。

「いい加減に――」

「いい加減にしろ」

 エリーゼの抗議の声に、さらに断固とした調子で声が重ねられた。聞き覚えの無い、男性の重い声だ。

 瞬きしてそちらを見ると、体格の良い青年と目が合った。……たぶん、合ったのだと思う。顔の上半分が仮面に隠されていてよく分からないが。

 魔物を模したとおぼしき仮面は精巧で、二本の角などはとても作り物とは思えない質感だ。きらびやかでありつつも少し抑えられたシャンデリアの照明のもとで艶めいている。

(どなただろう……)

 背格好や口元、短めに整えられた金の髪は見えるのだが、誰なのか分からない。かっちりした上質な服装を着慣れている様子から察するに身分のある人なのだろうが、エリーゼの記憶には無い。……ということは宮殿の者ではない。おそらくは竜騎士だ。

「あまりに聞き苦しい。勝手な都合で婚約を破棄しておいて、その相手に協力を強要する? しかも側妃などと条件を下げておいて? 自分がどれだけ恥知らずな真似をしているか、理解できていないようだな」

 思わぬ援護に、エリーゼは心の中で頭を下げた。ついでに溜飲も下げた。言いたいことを全部言ってもらってすっきりした。辺りの雰囲気もエリーゼに同情的だ。「赤薔薇の中の赤薔薇」として社交界に影響力を持つエリーゼは、仕方ないことながら敵視されることも多い。この場でもエリーゼを嘲笑する者がいるようだが、ジーンに眉を顰める者の方が多そうだ。彼のよろしくない行状は知れ渡っているし、二人の間に恋情がないことも外から見て分かるだろう。なにせエリーゼは「取り澄ました」態度でいたのだし。

 ともかくも、この場は収まりそうだ。エリーゼはジーンの婚約者という立場も、婚約者でいなければならない理由も失った。正妃は駄目だが側妃なら婚約を結びなおしてやるなどというジーンにはおとといおいでと言うほかない。都合よく利用されるだけ利用されるなどまっぴらだ。身の振り方はおいおい考えることにして、ひとまずは第四皇子ジーンと縁が切れたことを喜ぼう。

 泣いたり怒ったりするどころか嬉しさが隠せないエリーゼを見て、リリアが焦ったような表情になる。

「お姉様――」

 何事かを言いかけるリリアを遮るように、吐き捨てるようにジーンが言った。

「気持ちの悪い死にぞこないが! なぜお前のような奴がこの場にいられるんだ? 厚顔にも程があるだろう!」

 エリーゼは呆気に取られた。激しい言葉の調子にも内容にも驚いたが、一番の驚きは最後の部分かもしれない。……誰か皇子に鏡を見せてあげるべきだ。

 罵倒された青年は怒るでもなく淡々と答えた。

「それは私が竜騎士だからだな」

「はっ! 魔物に殺されておきながら竜騎士を名乗るか! 皇族の恥さらしめが!」

 言葉の内容の異様さに、ざわっと辺りにざわめきが走る。リリアがおそるおそるといった様子でジーンに尋ねた。

「あの、殿下……いったいどういうことでしょう?」

「言葉通りだ。あいつは皇族だったが、魔物に食われた。混ざり者として生を受けた、唾棄すべき存在だ」

 混ざり者、と聞いて女性を中心に悲鳴が上がる。なぜそんな奴がここにいるんだ、という怒声も聞こえる。この場を逃げ出す人さえいる。

 エリーゼも驚きはしたが、混ざり者への嫌悪感がない分、冷静に状況を見極めることができた。

(なるほど、だから「死にぞこない」で「殺された」なのね。元々は皇族だった、と。でも……わたくしだけでなく、この人の素性を知っている人はほとんどいないみたい。それこそジーン皇子殿下くらいしか……?)

 見ると、他の皇族が慌てた様子でジーンを窘めようとしたり、いやもう遅いと手をこまねいていたりするのが見えた。もしかしなくてもこれは、皇族しか知らない情報なのだろう。それを、憤りに任せて不用意に漏らしてしまった、と。……つくづく、皇子妃にならずに済んでよかったと思う。フォローが大変すぎる。

 そのジーンは、つかつかと青年に歩み寄り、仮面を引き剥がした。青年は抵抗せず、その素顔が照明のもとにあらわになる。再び辺りから悲鳴が上がった。

 だが、その悲鳴にはいろいろな色合いが含まれていそうだった。

 青年は非常に端正で高貴な容貌をしていた。誰よりも皇族らしいかもしれない。皇族らしい金髪に、瞳も金色。鍛えられた体格も相まって、名工の手になる神々の彫像と見紛うばかりだ。

 しかしその完璧な造形に、人間には本来ありえないものが増し加わっていた。――頭から生える、二本の角だ。仮面の一部かと見えたそれは、頭から直に生えていたものだったのだ。仮面は、それをうまく誤魔化すためのものだったのだ。それがなくなった今、彼はさまざまに無遠慮な視線を向けられていた。容姿を賞するものに、異形を忌むものに、誰が食われてこうなったのだろうと当たりをつけようとするもの。辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

(だったら、剥がされまいと抵抗してもよかったはずなのに。どうしてそれをしなかったのかしら。佇まいから見てもお立場から見ても、ジーン殿下より明らかに強そうでいらっしゃるのに……。……もしかして)

 黙って嵐のような誹謗に耐える青年に、エリーゼは歩み寄った。手を伸ばし、角を撫でる。青年はぎょっとした。そんな彼にエリーゼは微笑みかけた。小さい声で確かめる。

「わざとですね? わたくしを庇ってくださったのでしょう?」

 婚約破棄されて笑いものにされようとするエリーゼを庇うために、この人は自分に注意を引き付けてくれたのだ。ジーンを焚きつけ――とはいえ言っていた言葉はまともで、それを挑発的なものと受け取ったのは完全にジーンが至らないからなのだが――、注目の中で仮面を外させ、注目を一身に集める。わざとでしかありえない。

 青年は答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ