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「ほんとうなの、おとうさま。きこえるの、りゅうのことばが。ここはせまいって、くるしいって、じゆうがないって……」
白い頬を赤い髪と同じくらいに真っ赤にして、幼い娘が必死に言い募る。父親に向かって、竜たちの苦しみを訴えかける。
大陸に名高い赤薔薇の宮殿、その中庭の一つ。嵌め殺しにされた天窓の硝子からは太陽の光が降り注いでいるが、窓は光以外のものを通さない。雨も、風も、もちろん竜や人間も。
温室にもなっている庭には緑が溢れ、その中で仔竜たちが過ごす様子は一目見ただけなら牧歌的な光景だ。しかしその実、仔竜たちは人質ならぬ竜質にされている。仔竜たちが宮殿に囚われているから親竜たちも宮殿に帰って来ざるを得ず、宮殿の主たる皇帝の意向にも逆らえない。
ここアーダルス帝国を統べる皇帝は、その血筋を辿ると竜退治の勇者に行きつくとされている。竜の群れのかしらを倒して人々を守り、群れの成員を従え、国を築いた。その国は五百年を超える歴史を誇る帝国となり、今代の皇帝が二十七代目に当たる。
代々の皇帝は、竜を乗りこなす配下を竜騎士として従え、魔物のはびこる辺境へと遣わし、少しずつ国土を広げていった。
そうしてより広く、より豊かになっていく国の富と文化が集まるのが、この赤薔薇の宮殿……華やかな赤大理石で造られた、まるで大輪の赤薔薇のような宮殿だ。
魔物の脅威が身近な世界にあって、辺境から離れて大都市を侍らせるようにして佇む宮殿は安全で栄華に満ちた憧れの空間だ。そこに住まう人々は魔物の襲来に怯えなくていいし、食べるものも眠る場所も身の回りのものも最上級のものが揃う。魔物に対抗する力を持つ竜騎士たちを従える皇帝のお膝元で、これ以上ない安全に安穏と暮らしていられる。
もちろん宮殿は宮殿で、地位のある者どうしの陰湿な争いがあったりするのだが……それでも相手が人である分だけ、魔物になすすべもなく向き合うよりはましだと考える者が多い。魔物は自然災害のようなもの、ただびとの力では太刀打ちできない。
対抗する力を持つのは竜たち、竜騎士たちなのだが……
「……竜たちが言っているのかい? ここは狭くて苦しくて自由がないと」
「そうよ! ここをでたいって、ほら、こんなにないているのに!」
娘に言われて父親は仔竜たちを見やった。確かにきゅいきゅいと鳴いているようだが、ここを出たいと言っているのかどうか、彼には分からない。それ以前に、竜の言葉を人間が理解できるなどとは聞いたこともない。
だが、父親は娘の訴えを切り捨てたりはしなかった。膝を屈めて視線を合わせ、まだ物心がついているかどうかもあやしい幼い娘に言い諭す。
「残念だが、お父さんには竜の声が聞こえないんだ。いいかいエリーゼ、竜の声が聞こえることは、他の誰にも言ってはいけないよ。二人だけの秘密だ」
「ひみつ……?」
父親の真剣な様子に何かを感じ取ったのか、娘は考えるように繰り返した。幼いながらも知性を感じられる赤い瞳で瞬く。父親は大きく頷いた。
「そう、秘密だ。だが、そうだな……エリーゼが大人になって、心から信頼できる人に出会えたら、その人にだけ教えてあげるといい」
「……うん、わかった」
娘はこくりと神妙に頷いた。
「いい子だ」
小さいその頭を、大きな温かい手で父親が撫でる。
竜たちの境遇、自分たちの状況、どこか寂しげな父親の微笑み……そういったものを敏感に感じ取ったように、娘は複雑な表情で、でも少しだけ唇の端を緩めた。
そうして時が経ち――