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神の炎を継ぐ者

授業の始まりを知らせるチャイムが校内に響く。

昨日と変わらない今日への諦観と、今日と変わらない明日への憂鬱が、今から始まる授業をより一層億劫にさせる。


教師がドアをくぐり教卓へ。

一秒でも早くこのつまらない授業を終えたいのだろう。教師の忘れ物なんかに期待している。そして結局忘れ物などしていない教師に勝手に落胆する。


号令に合わせ立ち、礼をし、そしてまた座る。


始まったのは歴史の授業だった。

古代ギリシャがどうだとか、知って何になるのやら。タイムスリップでもしなければ使えぬ知識の宝箱。

溢れそうな溜息を留めるのもそろそろ限界といったところだ。


授業が終わった。

記憶が無い。つまり寝ていたのだ。

面倒くさくてつまらない授業であっても居眠りした事には多少の罪悪感を感じている。そして次回の歴史の授業は気まずさから休む事に決めた。


「次の歴史…休も……」


足早に帰り支度を済ませれば廊下へ飛び出す。



しかし彼女はそこで“神の時代”を見る。



教室から廊下へ。

その境界を超えた先には荒野があった。


「………………………………………………………………………」


彼女は黙りこくる。後ろを振り向けばくぐった端の扉もない。驚きと焦りが押し寄せ、焦燥感から来る汗と涙が溢れてきた。アニメや漫画、作り話なら寝ぼけていたりだとか、まだ夢の中だとかを疑うのだろう。

だが彼女には、これが明確に現実だという確信があり、それ故の絶望があった。

「どうしよう」この言葉が頭を占拠してどかない。

その場で腰を落とし髪を掻き毟る。ストレスから来る痒みだ。呼吸は浅く、目元も涙で赤く腫れてきた。


夜だ。空が暗くなって、漸く冷静な思考を取り戻せた。しかし冷静になればとうとうこの先を考えなくてはいけない。食料もなければ帰る場所もない。

月が影っているからか周囲も見えない。

どうすれば良いのだろうか。一先ず近くにあった大きな岩に寄りかかり体を丸めた。この事を途方に暮れるというのだろう。しかしその時だ。遠くに赤く灯る火が見えた。それは小さく、街の灯りだとかそんなものでは無い。ただ灯りが見えた事で彼女の心はほんの少しだけだが安堵を取り戻していた。


しかし気付く。

その火は此方に近付いて来ている事に。

だが彼女には逃げる気力もない上にその火が余程気になるのだろうか。正体不明の近付く炎をただその場で眺めていた。


「……人?」


炎が近付いて来るに連れて、その輪郭はより明確に見えてくる。それは炎に包まれた人影。だが焼かれている訳ではない。まるで炎が体の一部のよう。


人影との距離が10m程となった。

その時には遂に人影を完全に認識した。

しかしその姿に彼女は再度困惑した。

それは体全てを真紅の鎧で覆う人。

肌が一切見えないものだから人間かを疑ってしまう。


「そこの女。ポリスの外へまで出て何をしている。」


彼の問いに彼女は答えた。

今に至るまでの絵空事のような来歴。その全てを。

人が居て、会話ができる。そんな普通に飢えていたからだろう。今までの不安が吹き飛び、初対面にも関わらず自分の全てを話してしまった。


「成程。恐らくクロノスの不調だろうな。」


彼はその場に腰を下ろす。

その口ぶりからして彼は此方へ飛ばされた原因を知っているのだろう。しかしクロノスだとか言われても彼女には聞き覚えがなく、自分を置いてけぼりにしたまま勝手に納得しているのが些かむず痒い。


「あの……クロノスって何?さっぱりなんだけど。

あと私は“(ツカサ)”。女って呼ばないで。そもそもあなたは誰?」


分からない事が多過ぎるが余り、激流のように問いが溢れ出す。


「我が名はヘファイストス。火と鍛治を司る神。

オリュンポス十二神。その一柱だ。クロノスについては今のお前が知る必要は無い。」


男は呆れた声で投げかけられた問いを順に答えた。

自身をオリュンポス十二神が一柱。ヘファイストスだと言い、その証拠とでも言わんばかりに右手からは炎を、左手からは剣を生成した。そして右手から出した炎を木の枝へ移しては灯りとし2人の間に置く。

彼女は未だ神だとかを信じられないままだが一連の動作を見てただ納得するしかなかった。道具も使わずに火を出すだとか人間ができるわけないのだから


「神様……?オリュンポス十二神ってギリシャの?

じゃ、じゃあ此処は!?」


彼がヘファイストスであり、ヘファイストスは初めに“ポリス(都市国家)”という言葉を使っていた。

これだけの情報でも察しがついてしまう。



此処は、古代ギリシャなのだと



「お前の予想通り、此処はギリシャの土地だ。

そして問われる前に言っておこう。帰還する術は無い。」


古代ギリシャ。この言葉が脳裏に浮かんだその瞬間から彼女はどうすれば帰れるか。その一点のみを考えていた。だがヘファイストスから出た言葉は彼女の思考を打ち砕いた。


「……え…?神様なんでしょ?何とかできないの……?」


か細い声でヘファイストスに縋る。

しかしその答えは既に彼が提示していた。

帰還する術は“無い”のだと。


「重ねて答えよう。不可能だ。

だが、この地で生きる術なら授ける事はできる。

英雄造りには…気が乗らんがな。」


「意味……ないじゃん…そんなの意味ないじゃん!!!!」


この怒りは彼にぶつけるべきものでは無い。

だが、だとしたらこの怒りはどうすればいい。

飲み込めと?無理だ。不可能だ。自分以外の全てを失い取り返す術もない。八つ当たりだとわかっていてもそれ以外に自分には何もできなかった。


「ツカサと言ったな。女。

失った物が戻らないならば新たに何かを得るしかない。お前にはその覚悟が必要だ。」


「なにそれ……訳わかんない…」


八つ当たりをした以上簡単には引けなくなったのだろう。形だけでもと不貞腐れている。


「簡単な話だ。此処で死ぬか、それとも生きる覚悟を決めるか。死を選ぶというのなら温情として、このヘファイストスが冥界へ送ってやろう。」


確かにそう聞けば簡単だ。迷うような質問では無い。

既に答えなんて持っていた。


「死ぬなんて絶対イヤ。意地でも生きてやる…」


数えきれないものを失った。形に残るものだけじゃない。人間関係だとかこれからの未来だとか。全部失った。でも死ぬのは違うと本能で理解している。

そうして今、理由も追いついた。諦めない理由はただ一つ。


“唯一残った モノ/自分 まで失いたくないから”


「良いだろう。では手を出せ、そして受け取るが良い。英雄とはこうして生まれる。」


彼女はヘファイストスに言われるがまま彼の前へ手を伸ばした。そしてヘファイストスはその手に触れ唱える。


「“神体装甲譲渡”

これはお前のものだ。好きに使え。」


次の瞬間、ヘファイストスの真紅の鎧が彼女へと移っていく。即ち権能の一部譲渡。大火の継承である。

そして鎧の譲渡が完了した時、そこにヘファイストスの姿はなかった。

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