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男爵令嬢アニタの反論 〜 第二王子の逆断罪を論破する 〜

作者: 小鳥遊ゆう


王城の大広間――。


重厚な天井装飾と黄金のシャンデリアが燦然と輝く王城の大広間には、今宵も煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが集い、音楽と談笑の華やぎが広がっていた。


だが、その華やかな夜会の最中、場の空気が一瞬にして凍りつくような事態が起きた。


王国の未来を担うと目されていた第一王子アレクセイが突如として婚約者である高貴なる血を引く公爵令嬢アレクサンドラに対し、婚約の破棄を突きつけたのだ。それもただの一方的な通告ではない。彼は続けて、彼女に「悪役令嬢」という汚名を着せ、公衆の面前で断罪という名の裁きを始めたのである。


その場の空気は重苦しく沈み、貴族たちは息を呑んでその展開を見守っていた。しかし、事態はすぐに思わぬ方向へと動き出す。


気品を崩さぬまま毅然と立つアレクサンドラを守るように寄り添ったのは、第二王子ローレス。彼は兄の暴挙に真っ向から異を唱え、堂々と反論を繰り広げた。


アレクサンドラとローレスの反論は、冷静かつ論理的で、まさに理路整然。


アレクセイの主張に対して、ひとつひとつ丁寧に事実を積み重ね、全ての言い分が捏造であり、さらに私的な感情による難癖であることを明らかにしていく。


その結果、浮かび上がった真実はーー。


婚約破棄の原因は、真実の愛という言葉のオブラートに包んだ只の浮気とその後ろ暗い動機を隠すための詭弁に他ならず、正義も理も、アレクサンドラの側にこそあったということが、誰の目にも明白となった。


このような醜聞の場に立ち会っていた国王陛下もまた、事の重大さを悟らぬはずがなかった。彼は厳しい口調で第一王子の廃嫡を宣言し、その不義の片棒を担いだ者――男爵令嬢アニタの身柄を拘束せよと、衛兵たちに命じたのである。


確かに、この騒動の元凶は第一王子アレクセイに他ならない。しかしながら、男爵令嬢アニタが彼を唆し、巧みに誘惑し、甘言を弄していたとすれば、アニタにも相応の罪と責任があると見なされるのは自然だった。


ましてやアニタは、貴族階級の中でも最下層に位置する男爵家の令嬢。護衛を付けるほどの身分でもなければ、その背後に強い後ろ盾があるわけでもない。つまり、捕らえ責任を負わせたところで王家にとっては何のリスクもない存在と見なされていた。


王族と貴族たちは、男爵など平民に毛が生えた程度の存在と見下していた。仮に彼女に落ち度が無かったとしても、責任を押し付けて排除することに何の抵抗も感じていなかった。それが、王宮に巣食う歪んだ常識だったのである。


だが、思いもよらぬ出来事が、突如として起きる。


誰もが無力と思っていた男爵令嬢アニタが、驚くべき行動に出たのだ。命じられた衛兵たちが彼女に近づいた、その瞬間――。


ドンッ!


空気を裂くような音とともに、衛兵の一人がその場に崩れ落ちた。まるで何が起こったのかすら理解できぬまま、意識を失ったようだった。


「アニタを捕らえよ!」


再度の命令により、さらに一人の衛兵が素早く動いたが、アニタの手には煙を微かに上げる鉄製の武具が握られていた。


ドンッ!


大きな音とともに、衛兵の体がまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


ドンッ!


アレクセイを押さえつけようとしていた衛兵もまた、アニタの攻撃によって沈黙させられた。


それは、まさに常識を覆す瞬間だった。


赤く濡れた床、広がる血の池。誰もが目の前の光景を信じられず、ただ呆然と立ち尽くしていた。何が起こったのか、何が見えているのか、理解できる者はほとんどいなかった。


「身分の差があるからって、言い分すら聞かずに処分しようだなんて……随分と横暴ね」


そう言い放ったアニタの目には、恐れも迷いもなかった。むしろ冷静で、鋭い光を宿していた。


彼女の手にある鉄の武具。


それはこの世界には存在しない、異世界の技術によって造られた道具。何かを発射し、対象を即座に無力化するその威力は、明らかに致命的なものであった。


そして今、その武具の先端は、国王陛下へと向けられていた。


その瞬間、場にいた誰もが悟った。今、この場で生殺与奪の権を握っているのは、他ならぬアニタであると。


「言っておくけど、先に手を出したのはそっちだから。こんな世界に“正当防衛”って概念があるか分からないけれど、これは完全に正当防衛よ?」


その口調は皮肉に満ちていながらも、どこか哀しげでもあった。誰かを傷つけたいわけではない。ただ、守るべきもののために立ち上がったのだと、彼女の態度が語っていた。


そう、男爵令嬢アニタ――。その正体は、異なる世界からこの地に転生してきた者だった。


「私は――この世界の人間じゃないのよ」


その静かな言葉は、大広間にいる全員の心を撃ち抜いた。世界の常識が揺らぐ音が、そこには確かにあった。


その場を支配するのは、沈黙――。


床に倒れた二人の衛兵。その赤い血が広がっていく様子を、誰もが黙って見つめていた。


アニタの手に握られた金属製の武具からは、未だかすかに白い煙が上がっており、その存在がこの場の誰にも馴染みのない「異質」であることを、嫌というほど突きつけていた。


アニタはその沈黙を破るように、一歩、また一歩と王座に向かって歩みを進めた。だが、その表情は怒りでも怯えでもない。むしろ涼やかで、計算され尽くした自信に満ちていた。


「さて……王族の皆様、そして列席の貴族方。ようやく、これを披露する機会が得られたわ」


アニタがゆっくりと掲げたその武器――それが、ただの武力ではなく、交渉の切り札であることを彼女は理解していた。それこそが、彼女の本当の狙いだった。


「この“銃”は、私の故郷……いえ、別の世界で培われた技術の結晶。これ一つで、いかなる騎士であろうと無力と化すわ」


再び沈黙が落ちる。その沈黙を切り裂くように、場の後方で衣擦れの音が響いた。


「……なるほど。聞いていた通りだな」


ゆっくりと歩み出たのは、異国の風貌をした青年。日焼けした肌と鋭い金の瞳、砂漠の王族特有の装飾を身にまとった彼こそ――、隣国アラベクの王子、リュート・アル=ナシールであった。


続いて、艶やかな黒髪を揺らしながら現れたのは、銀の紋章を身につけた麗しい少女――、モスゲン帝国の公女、ニアサ・モスゲン。


貴族たちがどよめく中、アニタは微笑んだ。


「……お二人とも、約束通りの時間ね」


リュートは軽く肩をすくめながら前に出た。


「武器の威力は充分すぎるほど理解できた。あれほどのものが量産されれば、我が国の竜騎兵団すら後れを取るだろう。……で? 君はこの技術を、アラベクに提供すると?」


「ええ。条件はひとつ。私をこの国で守る “後ろ盾” となって」


次いでニアサが、静かに口を開いた。


「あなたが“転生者”であることは既に把握しています。異世界の知識を持つ者は、我が帝国においては最高機密級の重要人物。銃と、その製造法……それらを我がモスゲン帝国と共有するならば、我が父帝はあなたを“特使”として保護することを認めるでしょう」


場内は再び騒然となる。つい先ほどまで「断罪」されていたはずの女が、今や二つの国の王族を従え、王の目前で交渉を始めているのだ。誰がこの展開を予想できただろうか。


王の顔色が変わる。権威を武力で脅かされたうえに、国際的な政治にまで発展しようとしているこの場は、もはや王国の“内政”の枠を超えていた。


「……まさか、最初からこの場を利用するつもりだったのか」


「ええ。婚約破棄が起こることも、それに便乗して私を処分しようとすることも、全部把握済みだったのよ」


アニタは小さく笑った。


「わたしは“異世界の平民”だった。だからこそ分かるのよ、上の者が下をどれほど軽く見ているか。だからこそ、“下”にいても、上をひっくり返す方法を身につけたの」


リュートが腕を組んで言った。


「我がアラベク王国は、アニタを正式に外交賓客として受け入れる用意がある。彼女に手を出すなら、それはすなわち我が国への宣戦布告とみなす」


ニアサもまた冷ややかな眼差しで王を見据えた。


「帝国も同様です。この場で彼女に危害を加えるというのなら、我々は彼女の保護を名目に、即座に軍を動かす覚悟があります」


もはや王国側には選択肢がなかった。


王は、静かに、椅子の肘掛けに手を置き、重々しい声で言った。


「……よかろう。男爵令嬢アニタは、もはや我が王国一国の枠に収まる存在ではない。以後は“賓客”として丁重に扱うことを命ずる」


アニタはその言葉に、わずかに目を細めた。


「ありがとう、陛下。賢明なご判断に感謝するわ」


そして彼女は、まだ倒れたままのアレクセイを見下ろし、言葉を重ねた。


「これで分かったかしら? あなたのように力の無い者が、他人の未来を弄ぶべきではないって」


その言葉は、王子だけでなく、場にいたすべての貴族たちへの警鐘となった。だが、彼を見るアニタの目は、不思議とどこか同情の色を帯びていた。


かくして、王城の大広間で繰り広げられた一夜の出来事は、後に「銃声の夜」と呼ばれ、歴史に刻まれることとなるー。




※※※




「……それでも、罪は罪だ。たとえ他国の後ろ盾があろうと、武力をもって王命に逆らい、衛兵に手をかけたことは、王国に対する明確な反逆。断罪は避けられない」


場の混乱は王の命によって収まったかに見えた。だが、その静けさを再び打ち破る声が響いた。


その言葉を発したのは第二王子、ローレス。


アレクサンドラの名誉を守り、兄アレクセイの不義を暴いた冷静な論客。しかし今その眼には、怒りと疑念が宿っていた。


「他国の賓客であろうと、この王国の法を超越することはできない。アニタ、お前は明確に“王命に刃向かった”。それが正当防衛であるか否かは……後で裁かれるべきだ」


堂々とした態度だった。だがアニタは肩をすくめ、小さくため息を吐いた。


「……なるほど。ようやく“私の話を聞く気になった”ってわけね。王族の皆さんって、やっぱりそういう順番なのね。最初に話を聞くなんて発想はないの?」


静かに、だが鋭く。アニタは言葉を重ねた。


「“罪は罪”って言うけれど、まず確認しておきたいわ。私が王命に背いたのは、どの時点? それとも、衛兵を傷つけたこと?」


ローレスは言葉に詰まった。


「……どちらもだ」


「なら、こう言い換えましょう。“身の潔白を主張する機会すら与えられず、いきなり捕縛されそうになった私が、命の危機に対して抵抗した ”だけ” よ?」


ざわ……と場が揺れた。


「貴方は“私を捕縛せよ”と叫んだわ。でも、王命が下ったのはその後。そしてその“王命”の根拠は何? “第一王子の言葉”だけ。証拠もなければ、正式な審問もなかった。……違うかしら?」


アニタの目がローレスを射抜くように見据える。


「私を“罪人”にした最初の根拠は、“婚約破棄の混乱に乗じてアレクセイ殿下をたぶらかした悪女”というレッテルだった。けれど、その前提――、私とアレクセイ殿下に不適切な関係があったという証拠は、一つでも提示された?」


誰も、何も言えなかった。


「それどころか、婚約破棄の発端は、アレクセイ殿下が一方的にアレクサンドラ嬢の名誉を傷つけるために作り上げた”虚構”だった。それを論破したのは、他でもない“あなた”よ、ローレス殿下。どうしてわたしとアレクセイ殿下の不適切な関係だけが虚構ではないと言えるの?」


ローレスが眉をひそめた。


「……だが、武力の行使は――」


「“発言の機会すら奪おうとした王国側”に対してね。正当な抗弁すら許されないまま、“捕らえよ”と命じられた。あれは“処刑命令”に等しかったわ。武器を持たない女一人を、二人がかりの衛兵が力で押さえつけるのよ。あなたは、それを“過剰”だと思わない?」


王やローレスが口を閉ざすなか、アニタは一歩前に出る。


「それに一番の被害者は、第一王子のアレクセイ殿下かもしれない」


場が、驚きに包まれる。


「アレクセイ殿下は、私と関係があったと吹聴した。それが嘘である以上、その背景には “彼の精神状態” に異常があった可能性と、そうなった理由があるはず。誰が聞いても成功の可能性なんて全く無い断罪劇を、王城の大広間で繰り広げるなんて、まともな考えが有る者ならやるわけ無いもの 」


ローレスの目が揺れた。自らの名誉のために立ち上がったはずの剣が、今、アニタの理詰めによって宙を彷徨っている。


「私を“断罪”するというのなら、まずは法に則った審問を。私の行動が“正当防衛”であったかどうか、それを公平に裁ける場で議論しましょう。でなければ――、あなた方は、“感情と立場で正義をねじ曲げる暴君”よ」


言葉の最後に、アニタの瞳が王を見据える。だが、その視線には恐れも屈従もなかった。ただ、揺るがぬ意志だけがあった。


ローレスは、しばしの沈黙ののち、重い口を開いた。


「……私は、冷静であることを信条としてきた。だが、君の言う通りだ。私たちは……自らの正義に酔い、発言の機会を奪った。それがどれほど傲慢な行為だったか、今は理解している」


王もまた、静かに頷いた。


「この場では裁きを下さぬ。ただし、アニタ。君の言葉通り、法に則って審問を開く。その中で、すべての真実を明らかにしよう」


アニタは静かに頭を下げた。


「……ありがとうございます、陛下。そしてローレス殿下。ようやく“この世界の正義”と、向き合える土俵に立てた気がします」


そして、物語は次なる舞台――公的な裁きの場へと移っていく。


アニタの弁明は、ただの自己防衛ではなかった。異世界の論理と、この世界の理不尽さを突き合わせ、“真実と公平”を求める戦いが今、始まったーー。





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― 新着の感想 ―
んん? これ、この後の2作の内、少なくとも回顧録とは名前が同じなだけの別世界線ですよね?
……なんだコレ 謎が深まるばかりで?しか浮かばない…… アニタのしたい事は解ったと思うんだけど…… 「断罪の裏側」最初に読んで、そこからたどって最後にコレ読んだ所為か混乱してる コレ最初に読んでたらそ…
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