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第6話 はじめまして、灰色の君(後編)

いよいよ、灰色の君と出会います。

第6話 はじめまして、灰色の君(後編)


「もう着くよ」


 花宮さんに声をかけられて少しうとうとしていた意識がはっきりした。

 ずいぶん遠くまで来たなぁと外の見慣れない景色でぼんやり思った。

 目的の駅に到着し、汽車を降りると乗る人と降りる人でごった返している駅舎ですぐに溺れてしまった。手に持っている風呂敷が勝手に人波に流れていきそうになるのを必死に耐えているとそれを見かねた花宮さんが腕を引いてくれた。

「お、お手数を」

「面白い光景だったよ」

 駅から歩いて街を通り過ぎ、山道をひたすら歩いた後、お疲れ様と言われて顔を上げると立派な囲い門の邸宅前だった。

「高い塀」

 宝箱でも隠してあるみたい。

 当然、花宮さんも一緒に中へ入るものだと思っていたのに歩き出さない彼を見上げると、きょとんとしていた。

「花宮さんは、行かないんですか?」

「うん。ここまで」

「そ、そうなんですか」

「僕は……ここには入れないから」

「なるほど?」

 そういう規則があるのかと納得してしまう。

「この門をくぐるとすぐに家だから中に入って問題ないよ」

「私は具体的に何をすればいいんでしょうか。あ! 家事とか一通りできます」

「特に何もしなくていいよ? 気構えず、過ごしてもらえれば問題ないから」

「気構えず……」

 じゃあ、なにかあったらこの裏手にあるのが花宮神社だからいつでも訪ねてきてと花宮さんは手を振って見送ってくれた。

 ぎこちなく手を振り返した。



 心細さを感じながら門をくぐると空気がぴりっと肌をはじいた気がして自然と足が止まった。

 瓦屋根の和風な立派な家屋に整えられた広い庭。

 ここにきて少し手が震えてきたのはバケモノさんが本当にバケモノだったらどうしようという事実をずしりと実感してしまったからだ。

「私もバケモノって言われたこと何度かあるけれど……」

 それでも私はただの人間で、本物のバケモノってどういう姿、形をしているのだろうか。

「そもそも、人の形してるの?」

 とんとんと話が進んでしまったからあまり深く考える時間がなかっただけで、思考が追い付いてくるとすべてが不安で仕方がない。

 今更怖気づいたところでだいぶ遅いことは分かってる。けれど、そもそも見ず知らずのバケモノさんと暮らしていけるのだろうか。


 不安が身体に充満した時は頭にトキをパッと思い浮かべる。

「すべてはトキのためトキのためトキのため」

 頬を叩いても動かない身体を動かしたのはどこからか流れてきた桜の花びらだった。

 一枚二枚と私の足元に落ちてきた。

「桜? どこから」

 トキと住んでいた街には桜が少なかったから珍しいものを追いかけるような気持ちで花びらを追って顔を上げた。

「綺麗」

 すでに満開になる桜の木が堂々と立っていた。その桜の木に引き寄せられるように歩いていくと木の幹にもたれて座っている人を見つけた。

 寝ている様子で目を閉じ、呼吸するたび胸が上下している。

 髪は灰色、着物も灰色。薄い色のない唇、皮膚が太陽に透けそうなほど白く、傷ひとつなかった。

 まるで桜の木に全てを吸われてしまった人のようだった。


 ところどころ花びらに埋もれていて、傷ひとつない色の白い頬に花びらが落ちた。

 何の気なしに傍らへ風呂敷を置いて、手を伸ばしてしまった。

 花びらを指先で取ったとき、薄く開かれた瞳と目があった。

「あ」

 目が合ったことに驚いて重心を後ろにして距離を取ろうと思ったのに腕を取られて引っ張られてしまった。かえって胸に飛び込むような形になると、さらに近く、瞳がぶつかった。

「……待ってた」

 彼は確かにそう言った。

 言葉の意味よりも顔の近さ、声の近さ、瞳の近さに耐えられず、息を止め距離を取ろうと強引に尻餅をついた。

 バクバクする心臓を抱えるように丸くなっていると彼は立ち上がり、着物の砂をはらっている。

「ここで待ってて」

 私の返答なんて待たずに家の中に入っていき、またすぐに戻ってきた。


 手には植木用のはさみにも、裁縫用の断ち切りばさみにも見える大きさのはさみを持って帰ってきた。

 ざりっと地面を滑る足音が近づいてくる。

 きつく、固く目を閉じた。

「うっ」

 私は殺されるのでしょうか。

「これくらいかな」

 聞こえる声はきっと私をバラバラにする寸法を測っているんだ。食べてしまうんだ。


 こんなにも麗かな春の日、満開の桜の下で心躍るその雰囲気にそぐわないジョキジョキとはさみで何かを切る音がただただ響いている。

「終わったよ」

 何が終わったというのか。

 目を開けたら私はこの世にはいないのかもしれないと思いながら、目を開ける。

 とても広い世界が目の前に広がっていた。何も遮るもののない世界。それはあまりに綺麗でとてつもなく、眩しい。

 

 異変に気付いたのはすぐだった。

「ない」

 前髪を手で触ると眉毛の上までなくなっていた。

 うらめしく彼を見上げるとじっとこちらを見下ろしていた。

「よろしくね、こい」

 あれ、私……名前言ったかな。

 この人が花宮さんの言ってたバケモノさん? 災いを起こすようには見えないけど。

 彼は私の心の中を見透かしたように頷いた。

「あなたは本当に、悪いことしようとしているんですか?」

 灰色の彼は肯定も否定もせず、控えめに微笑んだ。



今作のヒーローである灰色の君です。

物語が着々と進んでいます。

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