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第5話 はじめまして、灰色の君(前編)

花宮さんとこいちゃんは電車に乗って......

第5話 はじめまして、灰色の君(前編)


 私の1年を買ってもらうことになった後、花宮さんさっそくトキの入院する病院、担当するお医者さんの名前等を詳しく教えてくれた。

 

 翌日にはトキの迎えがやってきて慌ただしい別れになってしまった。


 その二日後、私は家の戸締りや移動の準備をはじめて10年住んだ家を出ることになった。


 荷造りをしたところ持っていく荷物は風呂敷一枚に収まってしまい自分でも驚いた。

「荷物はそれだけ?」

「これくらいしかなくて、ですね」

「女の子は荷物が多いって聞いていたけど、そうでもないんだ」

「あーあはは……私物は10年前の地震でほとんどなくなってしまったので」

「……あの地震で」

 花宮さんの声が小さくなった。 

 気を遣わせてしまったのだろうか。風呂敷を抱える力を少しだけ強めた。


 家の前には見慣れない機械が停まっていた。

初めて見る動物に接するように距離を取りながら観察していると花宮さんはすたすた近づいていった。

 中から男性が顔を出し、花宮さんと談笑していた。

「こいちゃんこっち」

 談笑を終えた花宮さんはこちらに振りかえって手招きをしてくれた。

「車で駅まで行くから乗りこんで?」

「これ乗り物なんですか」

「そうだよ?」

 恐る恐る乗り込んで花宮さんが隣に座った。程なくして扉が閉まり、車が動き出した。車の振動に驚き、びくびくしていると花宮さんはけたけたと笑っていた。

 失礼な人だ。

 


「ここが駅」

 汽車もこんなに近くで見たのは初めてで、汽笛の音も初めて聞いた。

 駅舎前でそわそわしている私に花宮さんはまた笑っていた。

「切符を買ってくるからここで待ってるんだよ? くれぐれも知らない人にはついていかないようにね」

「わかってますよ!」

 花宮さんは私を子供扱いし、駅舎の中に入って行った。

 駅にはたくさんの人が行きかっていた。

 じろじろ見るべきではないと思いつつ、身綺麗な人、歩くのが早い人、遅い人、物知りそうな人、気難しそうな人、美しい人。私を見て驚く人。

 たくさんの人の中に立っているといかに自分が周りとは違うものだと思い知ってしまう。

 花宮さんはどうして私を探してたんだろう。

 風呂敷に顔を埋めていたところ声をかけられた。

「お嬢さんお嬢さん、お連れの人が探してましたよ?」

「はい?」

 風呂敷から顔を上げると目の前には中年の男性が立っていた。

「連れ?」

「今、手が離せないから呼んできてくれってさ」

「そう、なんですか?」

「あぁ、たしかにお嬢さんのこと呼んでた。こっちだよ」

 男性はにやりと口元を引き上げた。

 花宮さん何かあったのかな。

 男性の後ろについていこうと一歩踏み出したときだった。

「真っ赤な女の子なんて見たことなかったなぁ」

「え」

 ふと、知らない人にはついていかないようにと花宮さんの声が頭に響いて足を止めた。

 振り返った男性が眉間に皺を寄せたのを見て、鳥肌がたった。

「こら、言ったそばから」

 後ろから肩を掴まれて振り向いた。

「え」

 背後にいるのが花宮さんだと分かったと同時に舌打ちをする音が聞こえた。はっとして前を見ると先程の男性はすでにいなくなっていて、首を傾げる私に花宮さんは盛大に溜息をついた。

「攫われてからじゃ遅いよ?」

「私がですか?」

「他に誰がいるの」

「私より花宮さんの方が攫われそうですよ」

 私より断然綺麗だし、価値がありそう。

「馬鹿なこと言わないで」

 花宮さんは私の額を指で弾き、腕を引いて駅舎に入り汽車に乗り込んだ。

 指示に従いボックス席で花宮さんと向かい合うように座った。

 席を通りすぎていく女性がちらちらと花宮さんをうっとりと見ては通り過ぎていくのを見るたびに駅舎で疑問に思ってしまったことがぶくぶく膨らんでいった。

「花宮さん」

「ん?」

 車窓から景色を眺めていた花宮さんは横目でこちらを見た。

「どうして私を探しに来たんですか?」

「いきなりどうしたの?」

「私、特に何かに秀でている事もありませんし、趣味も特技もなくて、見目もよくないし。別に私じゃなくてもほかにいっぱい……」

「こいちゃんにそんなの期待してないよ」

「そんなのって……」

 とくに擁護するわけでもなくぴしゃりと言い切られて、複雑な気持ちだった。

「僕はただ真っ赤な子を探していただけだから」

「どうして真っ赤な子なんですか……」

 赤い子なら誰でもよかったとも聞こえる口ぶりに口を尖らせた。

 私の様子を見て花宮さんはあぁと何かを察したようだった。

「お願いの内容を話していなかったね」

 そういえば、私の1年間を買って何をしたいのか聞いていなかった。

「年が明けるまでバケモノと暮らしてくれないかな? 暮らしてくれるだけでいい」

「ば、バケモノ?」

 言われたことのある言葉に喉がしまっていく。閉塞感で呼吸がしづらい。

 なんの冗談なんだろう。バケモノ同士どうにかなるって話だろうか。

「なんて言ったらいいのかな」

 花宮さんは私に聞かせる言葉を探すように唇に指を押し当て考えこんだ。

「......来年、災いを招くと言われているバケモノが僕の実家である花宮神社に連れ込まれたんだ」

「災いを招くバケモノ……」

「年が明けたらそのバケモノは殺すことになってる」

「こ、ころ」

 自分が殺されるわけではなのにひやりと首元に刃物が突き付けられたような感覚になった。

 バケモノと私の繋がりがまだ見えてこず、必死に頭の中で仮説を立てはじめた。

「バケモノさんが赤い髪の人間を食べるとかそういう役割ですか」

 私の仮説に花宮さんはふっと鼻で笑って、手荷物から包みを二つ取り出した。お弁当と書かれたそのうちの一つを私に差し出した。

「お腹、空かない?」

「お弁当では騙されませんよ?」

「本当にいらないの?」

 いりませんよと言ったと同時にお腹が鳴ってしまい、渋々お弁当を受け取った。花宮さんはお弁当包みを開きながら話を続けた。

「こいちゃんを食べるどころか、傷つけることは絶対ないと思うよ?」

「どうしてわかるんですか」

「彼、大人しいから」

「花宮さんはお知り合いなんですか?」

「いいや? 凶暴だって報告は受けてないからね。一度でも傷付けられたら逃げ出していいよ。こいちゃんの全てを保証するって約束だからね」

「はあ」

 花宮さんが割り箸をぱきんと割った。それを見て私もようやくお弁当の包みに手をかけた。


「こいちゃんは占いって信じる?」

「あまり、信じないですけど」

 信じたい気持ちは大いにあるのに、神社でおみくじを引いても末吉と小吉しか出たことがない。何を信じればいいのと毎回おみくじ片手にトキに泣きついたのを思い出した。

「花宮神社の占いで赤い人の子、災いを止めるって出たんだよ」

「はぁ」

 花宮さんは占いを信じるような人には思えないけどなと割り箸を割ると彼は片目を細めて得意気な顔をした。

「信じてないな? うちの占いは結構当たるんだよ」

 花宮さんはお弁当のおかずを箸で口に運んでいった。私も卵焼きを箸で挟んで口に運んだ。

 甘い卵焼きだ。

「そのバケモノさんっていうのは……」

「バケモノはバケモノだよ。それ以上もそれ以下もない」

 花宮さんはそれ以上は喋らないと言いたげで窓の外に視線を向けてしまった。

 白米の上に乗った梅干しを箸で持ち上げる。白米に梅干しの赤が移っていて、何故かその赤から目を離せなくなった。


 もう少し聞きたいことがあったのに大人しくお弁当を食べるくらいしかできなくなった。

 バケモノはバケモノ。

 自分の事のようにも聞こえてじくりと熟れた果物を微力で握り潰しているような気持ちになった。



 

 




次回、灰色の君と出会います。

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