第38話 それを仮に愛とするならば
音羽から語られたこいの心境とは
第38話 それを仮に愛とするならば
音羽先生は息を吐きながら、天を仰いだ。
「偶然と偶然を利用した罪の始まりである音羽の昔話はいかがだっただろうか」
壮大過ぎて私が全てを把握するにはあまりにも時間も知恵も想像力も足りない。
私は何を思って、何を話せばいいのだろう。
「すまなかった」
何も発することのできない私に音羽先生は頭を下げた。
「私が小鳩に出会わなければこんなことにはなっていなかった。それに、旭に縁、あの子たちもまた私が実験をしなければこんなことにはならなかった。もっとも、私という存在がなければよかったという話だ」
音羽先生は一息でいつしかの私のようなことを吐露した。
私はハッと頭を下げ続ける音羽先生に気付いて大慌てで叫んだ。
「神様が私に頭を下げるなんて、頭をあげてください!」
反射的に今度は私が頭を下げた。
「えっと、私!音羽先生に救われている事もあって……今思うと私が真っ赤だったから千歳さんと出会えたこととか。私の小さい頃、旭が毎日遊んでくれたから私が独りぼっちじゃなかったとか……だからあの全部が全部悪いことでもないと言いますか……どちらかというと、音羽先生がいてくれてよかったといいますか」
「ひとまず、頭をあげてくれ」
音羽先生の言葉に甘えて頭を上げた。
音羽先生は眉を下げ、瞳を閉じて肩の力をふっと抜いて、私の肩にぴたりと腕をくっつけ体重を預けてくれる。
「こい」
「はい!」
「こいと千歳を送り届けた後、旭の中に感情と水晶が確認されたんだ。同じく縁にも水晶が確認された。縁はもう暴走しない」
「それは、えっと。おめでとうございます?」
「ずいぶん他人事だな」
「……私が何かお力添えをした! という実感はないので」
「いいや、こいのおかげだよ」
「私はなにもしてないですよ」
「これはこれから証明していくことだが……そうだな。感情とともに現れる水晶を仮に愛とするならば」
「はい?」
音羽先生は真面目に、真顔で空中に指で円を描いて愛を語り始めた。
「感情は愛によって誕生し、感情は愛とくっつくことで制御可能であるかもしれないことがわかった。つまり、感情は愛がなければ発現しない。ただ、それだけの事だったんだよ」
「やっぱり私のおかげじゃなくて、それは旭も縁さんもそれぞれの」
私の言葉に被せるように音羽先生は言葉を紡いでくれる。
「愛で作られた器を持つ君がいなければ、旭は君の器を使って縁を止められなかった。沈みかけていた千歳を引き上げたのは間違いなく君の愛だ」
「あの、おと」
「まったくふさわしい名前だねぇ、こい。やっぱり君は小鳩の子孫だなぁ。ありがとう」
褒められているってことでいいのだろうか。
音羽先生は綺麗に口角を上げ、目を細めて満足そうだった。
「それじゃあ、話も終わったし、戻るかな」
膝を叩いて立ち上がった音羽先生にあわせて私もつられて立ち上がった。
「あぁ、そうだ今回のお礼を忘れていた。君の功績を称え、その真っ赤な髪も瞳も元の色に戻せるけど、どうする?」
「元に……?」
真っ赤ではないふつうの女の子である私を想像した。
きっと今よりもだいぶ生きやすくなるはずだと思った。
「遠慮しないでくれ」
「えっと、遠慮ではなくて」
「うん?」
頬を触り、髪を触り唸る。
私の身体、中身全部を大事に守ってくれていた人がたくさんいると思うと惜しくなってしまう。
そして何より、父と母との繋がりがなくなってしまうようなきがした。
「……この色のせいで、苦労したことはたくさんあって……それでもこの色のおかげで出会えた人もいて」
「あぁ、そうだな」
「私はこのままがいい、です!」
「君がそう望むなら、尊重しよう。では、お礼の代わりに君にこれからたくさんの幸せが舞い込むようにささやかな祝福を授けよう」
音羽先生は私を迎えるように長い腕を広げてくれた。
おずおず、その胸に飛び込んでみると思いのほか柔らかく温かい身体に抱きしめられた。
「神様に願ってもらえるなんて心強いですね」
「そうだろう、そうだろう」
身体をそっと離した音羽先生は少しだけ声のトーンを下げて注意するような口調で言った。
「最後に……君の器に一度、神を宿すことができた。それは普通の事じゃない。もしかしたら君をどうにかしようとする輩が出てくるかもしれない。困ったことがあったら遠慮なく神社の鈴を鳴らして私を呼んでくれ。力になろう」
頷くとじゃあねとするり身体を離して左手を上げ、瞬きの間にいなくなってしまった。
音羽先生がいなくなってすぐ洗濯物が風に吹かれて一枚の手ぬぐいが舞い上がってしまった。
「あ! 手ぬぐい!」
急いで追いかけた先にはまだ咲いていない大きな桜の木があった。
「この桜の木って」
手ぬぐいを拾いながらこのお家に初めてやってきた日を思い出していた。
「千歳さんがこの辺りに座って眠っていたんだよね」
あの日の千歳さんと同じように木の幹を背に座ってみた。
そよそよと心地のいい風が吹いてきて深呼吸しながら目を閉じた。
「こい」
名前を呼ばれて目を開けると千歳さんが立っていた。
「おかえりなさい」
「風邪引くよ?」
私を心配して立ち上がるように手を差し伸べてくれる彼の前髪を緩やかな風が揺らしていた。
「ずいぶん髪が伸びましたね」
前髪がだいぶ伸びていて目が隠れてしまっている。
「さすがに切るか」
私を立ち上がらせた千歳さんは前髪を指で流してからうーんと顎に手を当てて考えている。
私はおもむろに彼の前髪に人差し指と中指をあて、切る目安を図ってみた。
「この辺でしょうか」
「何が、どの辺り?」
状況が理解できずに首を傾げる千歳さんの手を引いた。
雲一つない空の青を全て吸い込むように深呼吸をして、ここにいてと彼を待たせた。
大股で飛び跳ねるようにお家の中へ入って、大きな裁ちばさみを手に持って戻った。
「少し屈んでください」
察しがついたようで千歳さんは私の言った通りに屈んでくれた。
「切りましょう!」
「もしかして……根に持ってる?」
「持ってないと言えば、嘘になるかも、しれません」
「ふふ、じゃあ、いつか許して」
春爛漫、もうすぐ桜が咲き始める頃、不釣り合いにも愛しい人の髪を切る音が響いた。
タイトル通りの内容ですね。
それを仮に愛とするならば、色んな形があるという話。
次回はいよいよ最終回。内容的にはエピローグですね!