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第37話 器の起源(後編)

音羽の語る過去後編

第37話 器の起源(後編)

 


 小鳩と別れ、私は神の器作りに邁進していった。

 いくつもの神の器を生み出し続けていくと、稀に不思議な器が誕生してしまうことを知った。

 

 器を作る段階では入れていないはずの感情をもった神が誕生してしまう事象を目の当たりにしたのだ。

「先生、これはなんです?」

「別に悪さをするわけじゃないし、稀に誕生してしまう神だ」

 そう、悪さをするものでもなければ、稀に誕生してしまうただ感情を持った神であるだけだとこの時の初の宮の神たちの間では問題にすらなっていなかったのだ。


「初の宮、責任神(せきにんしん)。至急、理の宮に入られよ」


 しかし、それは急に起こってしまう。

 問題視されていなかった感情を持って生まれた神が突然暴れ出し、理の宮を全壊しかける事件が起きた。

「なんて有様だ」

 理の宮から所々火が出ていて、剥き出しになった天秤が壊れていた。神の所業とは思いたくないほどの大惨事だった。狼たちがぐるぐると理の宮の中心で暴れている神を睨み唸っていた。


 それ以降、感情を持って誕生した神はナマズと呼ばれるようになった。

「先生、ナマズです」

 そして、汲の間(くみのま)でナマズが確認され次第、初の宮の責任神が必ず抹消する決まりが出来たのだった。

 


 私のやるせなさは日々募っていった。

 器としては何も欠陥はない、自分の願いや祈りを込めて作ったものがナマズだった場合、即刻処分されることが耐えきれなかった。


 先生の制止を振り切って四ツ宮を束ねる冠の宮(かんむりのみや)へ押し入って神の長へ問いかけた。

「暴走したナマズを処分するのはわかります! しかし、暴走をしていない、誕生してすぐのナマズを処分するのはいささか早計ではないでしょうか」

「なるほど、では聞こう。そのナマズが今後絶対に暴走しないという根拠はあるのか?」

 言われてしまったことよりも、返す言葉が見つからなかった。

「では、言い方を変える。もし、ナマズが暴走してもなお、自身の力を制御できるのであればその存在を認めよう」

「本当ですか」

「あぁ、先の暴走からナマズである神の力が通常の神より強いことはわかっている。力の強い神を処分するのはこちらとて、本意ではない。それを音羽が見つけてくれ」

「必ず見つけてみせます」

「頼んだぞ」


その後、先生から厳重注意を受けた後、感情について説明を受けた。

「音羽、四ツ宮を納める位の神は感情を持っている」

「先生も?」

「あぁ」

「なぜ? では先生もナマズではありませんか」

 先生は首を振った。

「前触れもなく気付いたら器の中に感情と水晶が備わっているんだ」

「感情と水晶?」

「そう、二つがくっついているんだ」

 先生は両手の親指と人差し指で丸を作り、右と左をくっつけた。

「この二つが同時に現れた場合の神は暴走をしないことがわかっている。ナマズではないんだ」

「現れる条件はなんです?」

「今のところ見つかっていない」


 唇を噛みしめて人の世に再び降り立った。

 小鳩に胸の内を聞いてほしかったのだ。

 人の子の時間でいうと数十年ぶりに訪ねると小鳩はより小さく、皺の目立つ老人になっていた。

 布団に寝かされているのを見て話したこともない知らない人の子だと思った。

「小鳩」

「あぁ、音羽さん」

 声を聞けば小鳩だと分かった。

「随分と久しぶりですねぇ。何度もあなたに会いたいと思ってました。何か困っていることはありませんか?」

「……ないよ」

 皮膚はしわしわで枝のような指が伸びてきた。

 困っているのはお前の方なんじゃないのかと思った。私の手が勝手に小鳩の手を取っていて驚いた。

「まだ器、作ってますか?」

 弱弱しい声量だ。

「あぁ、私の意図してないことばかり起きるんだ」

「ふふ、それはあなたがちゃんと器を作った証」

「お前の言葉はいつもわからん」


 言葉を交わしているうちに小鳩の心臓の音がやけに小さくなってきた。もう終わってしまうのかと思った。

「最期にあなたに出会えてよかったわあ。ありがとう」

「まだ、話していてもいいじゃないか。勝手に最後だというな」

「もう充分、お話できましたもの」

 そう言われて私は自然と涙を流した。



 私の器の中にはいつの間にか感情と水晶が発現していた。

 その事に気づいたのは先生が力尽き、消えた後の事。

 次の初の宮責任神を決めるための試験と器の査定の日の事だった。


「次の初の宮、責任神は音羽とする」

 初の宮の責任神になり、ようやく自分の研究に手を付けられるようになった頃、仮説を立てた。

 人の子と関わることで感情と水晶が備わったとする。

 人の子を人の子たらしめるものが身体だとして、人の子の身体に神の器に入れる力を入れたらどうなる。

 その人の子の器が神となりえた時、ナマズと引き合わせたら、後天的に水晶が備わるのか。または人の子の器に新たに感情が現れるのか、様々な可能性を考えた。

 しかし、どう実験することも出来ない現状と初の宮責任神の就任直後の仕事量に手が回らず頭の隅へ追いやった。



 初の宮の責任神となり少し余裕が出てきた頃、小鳩の墓参りに出向いた。

 墓参りから初の宮に戻る道中、とても賑やかな祭りを行っている村を見つけたのだ。

「こんな時期に祭りか……」

 夏でもなければ秋の豊作を願う時期でもない。

「珍しいな」

 祭りが終わり、赤黒い提灯を持った列が不気味にうごめいていた。

「なんだあれは」

 後をつけると提灯の先には死に装束の少年が立っていた。

 沼の目の前で提灯が止まったのを見るに察するのは容易だった。

「贄か」

 天候不良での不作、不作による飢餓、どうか怒りを鎮めてほしいと願い、跪く人の子を見て顔をしかめるしかなかった。天候や飢餓なんて理の宮で管理されているものに人の子の命を捧げたとしても何一つ意味なんてない。

「無意味だ」

 そう呟きながら、沼に身を投げた少年を静かに助けて岸に寝かせ、水を吐かせた。

 気が付いたらこっそり逃がしてやるつもりだったのだが、咳き込んだ少年は私をきつく睨み、掴みかかってきた。

「なぜ助けた!」

 感謝はされど、怒られるとは思っていなかった。

「なぜだ!」

「贄に意味などない」

「意味? 俺の身一つで村の人たちが救われるかもしれないだろ! 見てくれているはずだ。平等に公平に、そうでないなら俺の理想の神はこの世にはいない。ならば生きていても仕方がない。俺が存在しないのと同義だ」

 

 熱く語る姿を見ながらそれを死んでなお、どう確かめるのかと聞きたかったが、あまりに曇りのない瞳だったためにこれ以上口を挟むのをやめた。


 ドプンッ。


 再び少年が沼に身を投げるのを見送りった。息絶え御霊が抜けたのを見届けて、爪を噛んだ。

 私はぼんやり天に上る御霊を見ながら一つ思い付いたのだ。

「あぁ、使えるな……」

 御霊が抜けてすぐの人の子の身体を沼の底から引き上げた。

 私は偶然にも御霊の抜けた人の子の器を偶然手に入れた。



 丁寧に個人の研究室へ持ち帰り、身体が腐らないように水槽の中に入れた。

 初の宮から神の器に入れる要素を全て持ち帰り、人の子の身体に全ての力をゆっくり入れこんだ。

 正直、期待はしていなかった。何かを得られるとも思っていなかった。

 しかし、身体は裂けることなく、次第に神の力に馴染んでいった。


「旭」

 目を覚ました人の身体を使った神に名前を与えた。それは想定よりも早く歩き出し、話出すようになった。

 身体検査や能力試験を行い、不思議なことに通常神と同じ量の力しか入れていないのにも関わらず、他の神よりも旭の力が頭一つ出るほど強かった。

 さらに私にとって都合のいい出来事が待っていた。

「音羽先生、至急初の宮へ。ナマズです」

 旭を創った同時期にナマズが誕生した。

 破棄の間で処分したことにし、縁と名付けた。暴走しないように管理、観察を義務にしたうえで有事の際は全責任を負う条件でナマズを確保したのだ。


 私は初の宮の責任神でありながら、学び舎に常駐することを条件とし旭と縁を学び舎に入れることが出来た。

「先生聞いてよ。理想の神に会ったんだ!」

「お前はなにを言ってるんだ……」

 旭は記憶も感情もない人の子の身体に神の力を入れただけの状態で突然、沼に身を投げた少年と同じような理想を語り始めた。 


 そして、旭は縁のためにナマズを作り自分を犠牲にし、縁は旭のために人の子を器にしようと動いてしまったのだ。

良し悪しは第三者の天秤ではかるものであるため私は特になにも。

彼らは皆、等しく誰かのために最善を探した結果の末路のような気がします。

最終回まであと2回!!

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