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第35話 千歳の希望

年の瀬の2人



 あれから怒涛の花宮さんの献身によって、私も千歳さんもだいぶ調子を取り戻した。

 

 さて、今日は大晦日。朝から大掃除に追われています。


 台所の掃除を終え、食器棚の整理をしていると普段開けない戸棚の奥に立派な木箱を見つけた。

「なんの箱だろう?」

 木箱を引っ張り出し、ほこりにふうっと息を吹きかけた。木箱を開けると、立派などんぶりが入っていた。

「高そうなどんぶり」

 傷をつけるわけにはいかないと木箱に戻そうとしたところ、手が滑って落としそうになってしまい、慌てて手をまごまごさせて回避した。

「危ない危ない」

 どんぶりに傷がついていないことを確認していると底に焼き印を見つけ、また落としそうになってしまう。

「草薙……草薙!?」

 器に草薙の文字。私はこの作者をよく知っているのではないだろうか。

 改めて木箱をじっくり見直すと草薙隼太郎の文字があった。

 いてもたってもいられず、木箱と器を抱えて千歳さんの部屋に小走りで向かった。

 彼は自室にはいなかった。お家の中を探し回ってようやく書庫の掃除をしている姿を見つけた。

「千歳さん!」

「んー?」

 掃除中に手に取った本をぱらぱらとめくっている背中に声をかけ、振り向くのを待った。

「なにか出た?」

「あの、これ」

 私が差し出したものを見て分かりやすく彼は硬直した。

「うーん」

「この器、草薙隼太郎って書いてあるんですけど……どういうことですか」

「それは、うーん」

 歯切れ悪く眉間に皺を寄せるだけの千歳さんに口を尖らせた。

「教えてくれないなら千歳さんの分のお蕎麦、用意しませんから」

 腕を組んでそれでも口を割らない彼にお餅もおせちも用意しませんと言うとようやく降参し、額を押さえていた。

「……小さい頃、隼太郎さんに会っているんだよ」

「そう、なんですか?」

「離れに住み始めてすぐ桜が咲き始めた頃かな。一人で寝込んでいたときに真っ赤な髪の男の人が訪ねてきたんだ」

 千歳さんは私から器を受け取って眺めながら話してくれる。

「誰もいないから重い身体を引きずって仕方なく出ると器を届けにきたらしい。生前、祖父が依頼したものだったんだ。孫を守れる器だって言ってた。祖父の死を伝えると隼太郎さんは間に合わなかったと残念そうにしてた。その帰り際……俺に言ったんだよ」

 その後の言葉がなかなか紡がれず、私は途端に申し訳ない気持ちになった。

「あの、もしかして父が何か失礼なことを」

「いや、俺の頬を両手で包んでまだ諦めるなって言ったんだよ」

「諦めるな?」

「その時の風邪は咳き込むだけで体中が痛くて、毎日もう駄目だ、死んだ方がましだって思ってた頃だった。見透かされたようでびっくりした」

「すみません、父が勝手なことを」

「それで、俺の娘が必ず君を助けに来るから信じて待ってろって言ったんだよ」

 もしかしてそれは。

「俺と一緒で真っ赤だからすぐにわかる。飛んだり跳ねたりするのが好きな子できっと助けてくれる。聞いてもないのに名前から由来まで教えてくれた」

 千歳さんと目が合った。

 これは言わなくてもわかるだろうと言われているようで私は顔を手で覆った。

 光栄であり、また父の愛の大きさに気恥ずかしさがあったからだ。

 そして、冷静になると疑問点が浮かんで指の間からあれっと彼を見た。

「あれ? でも花宮さんは何も知らなかったって」

 花宮さんに伝えていたらもっと早く私もここに来ていたのではないかと思っていると千歳さんは再び腕を組んで唸っていた。

 何か隠しているようだった。

「なにか理由が?」

「……た」

「はい?」

「俺だけの……生きる希望を誰かに分けたくなかった」

「なんです?」

「神も仏も信じてないけど、名前しか知らないその子だけは信じてみたかったんだ」

 千歳さんは微かに微笑んだ。そして、気恥ずかしそうに手に持っていた本で額を叩いた。

「な、なるほど」

「誰にも話す気、なかったのになぁ」

「聞かない方が……よかったですかね」

 千歳さんは眉をハの字にしてふうっと息をついて顔をあげた。

「いや、本人に隠す必要もないか……」

 なんとなく空気が甘くなった気がするとやってくるのは抱えきれないくらいの照れだった。

 照れ隠しに慌てて話題を変える。

「あ! 年が明けたら花宮神社に初詣いきませんか?」

「甘酒もらえるよ?」

「絶対に行かないとですね。起きていなきゃ」

「大掃除も終わらせないとな」

「お手伝いします!」


こいちゃんは千歳くんの希望だったわけですね!

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