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第33話 手の届く場所(前編)

頑張りすぎて、熱が出たこい


第33話 手の届く場所(前編)



 縁さんに指示を出し終えた音羽先生は力なく座り込んだ私と今だに眠ったままの千歳さんの元にやってきて膝を折り、私の頬を撫でた。

「こい、ありがとう。頑張らせてしまったね」

「どうにかなってよかったです」

「痛いところはないかい?」

「今のところはよくわかりません」

「ふふ、それはそうだな」 

 次に千歳さんをじっくり見ていた。

「彼の中にはもうナマズはいないようだね。今までよく頑張った。正直、私の見立てでは時が来れば身体も中身も何も残らないだろうと思っていたが……。失った五感や感情は全て元通りとはいかないかもしれないが、養生すれば戻る可能性もある。ひとまず家まで送ろう」

 音羽先生は目を閉じるように私と千歳さんに言い、次に目を開けた時には見慣れた家の玄関前に立っていた。

「着いたよ」

 音羽先生が私たちの目を覚まさせるように背中を叩いた。

「いろいろと片が付いたら、改めて伺うよ」

 振りかえると音羽先生はもういない。


 しんと静かな玄関で佇む私と千歳さんは未だに夢心地で動けずにいた。

「兄さん!」

 背中の方から花宮さんのいつもよりも大きすぎる声で呼びかけられてびっくりした。


 千歳さんの身体からナマズがいなくなった。

 彼は、もう明日目が覚めないかもしれないという恐怖で悩まずにすむのだ。

 安心したのも束の間、私は急に発熱してしまった。3日ほど寝込んでようやく起き上がれるようになった。


「こいちゃん、入るよ?」

 頭がぼうっとしている中、花宮さんがお見舞いに来てくれた。

 彼は開口一番、声を震わせ深く深く頭を下げた。

「兄さんを助けてくれて、ありがとうございました」

「えっと、頭を上げてください。結果的に千歳さんの中のものがなくなっただけで……私は特に何もしていないんです」

「でも、こいちゃんがいなかったら助かってなかったって兄さんは言ってたよ?」

「大袈裟ですよ…・…」

 そう、本当にお大袈裟な話だ。

 私自身はあまり何かを成し遂げたという実感はなく、あれよあれよ、ままよ。流されただけなのだ。

 

 3日ほど寝込んで頭が冷静になるとその事実だけが残っている。だから、あまり持ち上げあげないでほしい。本当に何をしたわけでもない。

「すぐにでもお礼をしたかったんだけど……君の体調が戻るまでは話をするなって兄さんに止められていて」

 顔を上げた花宮さんはお見舞いとどら焼きの入った箱をくれた。

 食欲はなかったはずなのに目の前のどら焼きがとても美味しそうで手を伸ばさずにはいられなかった。

「頂いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 どら焼きを頬張っていると花宮さんはまた別の話を切り出すために、姿勢を正し、襟を正し、深呼吸をした。

「あのこいちゃん」

「はい?」

「僕のしたこと、兄さんの起こした事を聞いた上で我儘を聞いてくれてありがとう」

「……いえ」

「もうすぐ年が明けるし、兄さんの中にはもう悪いものは何もなくなった。こいちゃんはもうここにいる必要もなくなるわけで、どれだけお礼をしてもおつりが出そうなほど助けてもらったから報酬は弾むつもり。なんでも遠慮なく言ってね?」


 そういえば、年が明けたら私はお役御免なんだ。忘れてた。このお家にもこの街にもいる必要はなくなって、トキとまた一緒に暮らせるんだ。それは喜ばしいことだよね。

「そ、そういう話、でしたね。いろんなことがあって忘れてました」

「出来る限りなんでも用意するから」

「ありがとうございます」

「急がなくていいよ? よかったらまだまだここで暮らしてもらって全然問題ないから」

 花宮さんの言葉に口の端を糸で吊り上げたように笑った。ぎぎぎと音が鳴っていないだろうか、それくらい顔の肉が硬く重く感じた。

「じゃあ、考えがまとまったらまた聞かせて。ゆっくりでいいからねー」

 花宮さんが部屋を出て、障子が締まった。

 食べかけのどら焼きについた歯形を眺めながら息をついた。

「あと、1週間か」

 あと一週間程で年が明ける。

 ここから去ることを改めて考えた。途端に湧き出たざらりとした感情の名前は何だろう。

「宵の家族にこの街から出る話をして……お世話になったお店のおばさんやおじさんにもご挨拶にいって……千歳さんには……なんて、言おうかな」

 挨拶に行かなければならない人を指折り数えて、指を折るのを中断した。そのまま両手で顔を覆って眠りについた。



 あまりにも都合の悪い夢を見た。

「今までありがとう。もうここにいる必要はないよ」

 千歳さんが穏やかな表情で言い放った。そして、私の肩をとんと押した。そんなに強く押された感覚はなかったのに尻餅をついて顔を上げるともう姿はない。

 代わりに目の前に立っていたのはお姉様だった。


「あんたなんていなければ」

 

 胃液が上がってくる感覚がして飛び起きた。

 肩で息をしても追いつかない。酸素が足りない。

 こういうときの夜はまだまだ明けそうにない。

「そんなの……きっと耐えられない」

 夢の中の千歳さんの必要ないという言葉とお姉様の言葉がが交互に胃を攻撃してくる。

 布団を抱きしめて丸くなって時間を潰した。


 

不安定になったのはただ体調不良だけが原因なのかと言われると、それだけではないような気も私はしています。彼女はとても大きいことをした後なので……


後編は本日21時ごろに更新します!

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