第27話 空論(前編)
旭の導き出した机上の空論とは
第27話 空論(前編)
日の出と同じくらいに音羽先生に会いに行って、お家に戻ってきたのは昼と夜の丁度真ん中くらいの時間だった。
お家の中に入ると私も千歳さんも大きく息をつき、項垂れた。
頭に詰め込まれた情報があまりにも多すぎて整理することできない。
「なにか、甘いものでも食べましょうか」
「そうだな」
私は台所の戸棚を確認し、最近花宮さんから頂いた最中とお茶を持って食卓へ向かった。
「とんでもないものを見てしまったような……」
「白昼夢みたいだったな」
「白い牛に乗ったのはじめてでした」
「普通の人は乗ったことないよ」
食卓にはお茶、最中、そして赤いクマのぬいぐるみに首飾りを戻した旭が置かれている。
最中をさくりと一口食んで、断面の最中とあんこの層を眺めていた。
神様を創るには器の中に3つの力を入れなければならない。そしてナマズ。それから……千歳さんの体の中のもの。
最中を食べきり、お茶を飲んで一息つくとお家に戻ってきてから何も語らなかった旭がこい、千歳と名前を呼んだ。
私は旭から語られる内容を聞き漏らさないように座り直して、両手を握った。
「……俺はね、ナマズを神にする研究をしていたんだよ」
旭は静かに、ゆっくりと自分に向き合うように語り始めた。
まだ、学び舎で神になるための教育を受けていた頃。
「今日は四ツの宮への見学日だ。各々、中枢区域の理解を深めることは勿論だが、己の適正を鑑み、進む宮の参考にするように」
学び舎には神の中枢区域についての理解を深めるために四ツの宮への見学行事がある。
導きの宮、結びの宮。理の宮、初の宮、学び舎を出た後に配置される場所の下見も兼ねられていた。
「最後はここ初の宮だ。見学列からは出るんじゃないぞ」
初の宮で神の作成過程を見学しながら、学び舎で使用している本の内容とすり合わせていた。
手元の資料の余白に学び舎では教えられていない内容や疑問を書き取りながら、それはもうのめりこむように見入っていた。
「君、どこの神かな」
「失礼しました!」
肩を叩かれてようやく自分が見学列から外れ、自分だけ取り残されていることに気が付いた。
「しまった、夢中になりすぎた!」
初の宮の中を彷徨っていると偶然、音羽先生を見かけた。
「おと」
声をかける前にばたばたと駆け寄ってきた白衣の神に話しかけられていて、話が終わるまで待っていた。
白衣の神が去ったのを見て話しかけられると思ったのだが、音羽先生が踵を返し早足になって、どこかへ向かい始めた。俺も慌てて後を追いかけた。
暗い階段だな。
音羽先生の後をついて、下へ下へと続く薄暗い階段を下りた。
その先には大きな扉があって、閉まる寸前に滑り込んだ。
薄暗い湿った部屋の中央には丸い水槽がひとつだけ浮かんでいた。
なんだあれ。
水槽の中に丸くなっているのは器の間で見たものと同じだった。
白く眩い光を放っているとても綺麗な器だった。
音羽先生は柔らく優しい手つきで水槽に触れた。
水槽の器はとても大切なものなんだ。
そう思った次の瞬間、音羽先生は水槽を壊した。
頭を中から切り裂くような金切り声に圧倒されて、腰を抜かした。手をついた床はひたひたと濡れていた。
状況理解が追い付いていない俺の前にいつの間にか音羽先生が立っていて、唐突にナマズの話をしてくれた。
「旭、もう引き下がれないよ」
そして、先生は俺に手を差し出しながらそう言った。
学び舎では学ぶことのないナマズという存在に興味を持った。俺は学び舎を出て、迷わず初の宮に入った。
与えられた役割をこなしながら音羽先生とナマズの研究をはじめることとなった。
どんなに意気込んで初の宮に入ったとしても、ナマズの研究がうまく進むわけもない。
「音羽先生。ナマズ発生時、感情の発現量は一定なの?」
「増減あるが、内容1:1:1に対しては1を超えたことはないな」
「ということは、ナマズの感情を丸呑みできるくらいの神の力をあとから入れたら、感情制御できたりしないのかな」
「やるなら神の力に比例して他二つも同じ量入れないといけないぞ?」
「可能ってこと?」
「仮説で言うと可能だが、その力の量に今度は器が耐えられない」
「だめかあ」
「そのあたりは私がすでに計算済みだよ」
「現状の器の耐久試験、俺がやってもいい? 器の許容量ぎりぎりまで力を入れたら、少量だけ感情が発現してしまったナマズを消さなくてよくなったりしない?」
「だめ」
「どうして?」
「神の器は実験してはいけないんだ。器における力の比率は元始神によって決められているからね。それ以下でも以上でもいけない」
「ちぇ」
「例外があるとすれば……」
「例外?」
「いや、やめよう」
器の耐久試験が出来ないならナマズの研究は最初から頓挫しているようなものだと思ったが反論せず、初の宮の書庫で参考になりそうな本を片っ端から集め、読み漁った。その中から人の子の生態についての本を手に取った。
神とはまったく作りの違う、我々神が守り、導く対象の生態。
「人の子は感情を生まれながらにして持っている……赤子はこんなにも小さいのにどこに感情を入れておける器があるというのかなぁ。理解できない」
一通り本を読みこんでは重ねて枕にして寝入ると実際に見たら何か新しい切り口があるかもしれないと思った。
「百聞は一見にしかず、人の子はいいこと言うなぁ」
思いつきとは言え、どこか天啓にも思えた。
俺はさっそく人の子の世界を見に行くことにした。
机上の空論も大事だと思います。大事だと思います(だいじだと、おもいます)
発端発端発端が重なって、つもりつもって事件になるんですね。
※本日19時に操作を間違えて後編を先にアップしてしまいました、申し訳ありません泣