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第25話 音羽先生(後編)

千歳の身体に入っているものの、名称とは

第25話 音羽先生(後編)



「長旅ご苦労、ゆっくりしていってくれ」

 部屋の中は背の高い本棚がずらりと並んでいて本の隙間にも本が詰まっていた。

 床には入りきらない本が詰まれていた。

 机の上には作業中の書類の束と重さを図るような機材やガラス瓶がいくつか置いてある。

 

 何か研究でもされているのかな。


 私がじろじろ興味深く辺りを見渡していると二人分の椅子をさっと用意した女性は座ってくれと促してくれた。

「……失礼します」

 おそるおそる椅子に座り、私が座るのを見てから向かいの座り心地のよさそうな立派な椅子に女性は腰掛けた。

 そして、長い足を組み、微笑んでくれた。

 真正面から改めて見上げると、切れ長の瞳に高い鼻、形のいい眉。傷ひとつない陶器のような白い肌。

 息を飲むほど綺麗な女の人だった。

 ただただ見惚れていると女性は私の考えていることを見透かすように目を細めた。


「残念だけど、私に性別はないんだ。生殖機能がないからな。身体的特徴はあくまで作成した者の手癖でしかない」

「作成? 手癖?」

 目をぱちくりさせている私は状況がわからず、首を傾げるだけだった。

 見かねた女性はあぁ、と察したようだった。

「すまない。順を追って話そう。先に自己紹介からだな」

 女性は姿勢を正して座り直すと、胸に手を当てた。


「私は音羽。神の生態について研究している。そこの、師匠だよ」


 私の首飾りを指して言った。

 この方が音羽先生なんだ。

「音羽先生、お、久しぶり!」

 旭が声をかけると音羽先生は片眉を吊り上げ、唇を触った。

「よく、私の前に顔を出せたな?」

「あはは、ごめんなさあい」

 旭がたじたじといった声を出した。


 旭にふんと鼻を鳴らした音羽先生は千歳さんをじっくりと診察するように眺めていた。

「お前さんは目を開けてるのも、立っているのもやっとだな? さぞ、しんどいだろ」

 音羽先生は千歳さんにたしかにそう言った。

 音羽先生と千歳さんの表情には一切戸惑いはなかった。

 私だけがそうなの!? とそわそわとしながら千歳さんと音羽先生を交互に見ていた。

「どうして……」

「どうしてそんなことがわかるのかって? 視えるからだよ。君たちの心の臓の灯がね」

「と、ともしびですか」

 とっさに胸に手を当ててみた。

「その灯の量で動けるとは見た目より生への執着が強いな。まぁ、悪いことじゃない」

 

 音羽先生は再度足を組みかえ旭に問いかけた。

「それで? 旭の用件を聞こうか」

「千歳の中のものを先生なら出せたりしないかなぁって?」

「中のもの?」

 ため息をついた音羽先生は立ち上がって千歳さんの目の前に立った。

「失礼、覗くぞ」

 そして、座る千歳さんの顔を上に向かせて灰色の瞳を覗きこんだ。

「どれどれ……」

 音羽先生は瞳を覗き終わると、額を抑えてため息をついた。

「これはいつからお前の中に入ってるんだ?」

「10年前」

「10年か……旭、これはなんだ」

 音羽先生は私に首飾りを寄越すように言った。言われるがままに首飾りを手渡すと音羽先生は首飾りの鏡と顔を合わせて問い詰めた。

「もう一度聞くぞ、これはなんだ」

「お、俺の作ったナマズです……」


 音羽先生は雑に首飾りを椅子の上に放り投げ、千歳さんに改めて話しかけた。


「嘘偽りなく答えてくれ、今お前に残っている五感はなんだ」

「視覚と聴覚、視力はだいぶ弱くなってる」

「なるほど、お前、感情はもうほぼないな?」

 千歳さんは静かに頷いた。

 私はたまらず、千歳さんの腕にしがみついてしまった。

 触覚がないというのは嘘じゃない。彼は腕にしがみついてもぴくりとも動かなかった。 

「結論から言う、お前の中のものは取り出せるが、取り出さない方が身のためだ」

「なぜ?」

「お前の中いるモノはお前の意識、感情、五感を食っている最中だ。食い途中に取り出すと体がちぎれるぞ」

「どうすればいい」

「食い終わった直後に取り出して、中のモノを適切に処理してお前の中に戻すことが出来れば……可能性はあるが前例がない。人の子の身体にナマズを入れたなんて聞いたことも見たこともない」

 千歳さんと音羽先生の会話の内容をを少し遅れて理解していく。

 結局、取り出せるけど、取り出さない方がいい。

 そもそも、縁さんが花宮さんに渡したのがナマズだったってこと?

「なに、縁?」

 音羽先生は私の心の中を覗くようにして発端の名前を声に出した。

「待て待て、これは縁がやったのか?」

「弟が縁に渡されたものがこの中に入ってる」

 音羽先生は前髪をかき上げて点と線が繋がったように息を吐き、腑に落ちたようだった。

「あの、音羽先生」

「ん?」

「先程からの、ナマズっていうのは……」

「あぁ、そうだな」


 音羽先生がナマズの説明をしようとした瞬間だった。

 りんりんとどこからか呼び出し音が鳴った。

「一旦、中断する」

 音羽先生は呼び出し音のする方へ歩き、黒電話の受話器を取った。

「はい、音羽」

 音羽先生はそのまま水槽に入れて保管とだけ言って電話を切った。

「君たち、予定変更だ。神の世界を実際に見てしまった方が早い」

「実際に見る?」

「私が説明をしようとしていたものを見てもらう。早速だが目を閉じて、私が良いと言うまで開くな」

 言われるがままに目を閉じた。

 数秒間だけ息苦しく感じた。

「目を開けてよし」

 そう言われ目を開けると大きな丸い窓の前に立っていた。さっきまで私と千歳さんが座っていた場所が見えている。

「千歳さんこれって」

「瞳の中?」

 隣に立っている千歳さんに話しかけると彼は顎に手をあて、眼球に入ったのは初めてだと呟きながら興味深そうにあたりを見まわしていた。

「人の子は目立つから私の目の中に入れた」

「目の中に……入れた?」

「小さくして入れた。人の子の言葉にあるだろ、目に入れても痛くないってな」

 その言葉はそういう意味じゃなかったと思います。

「まぁまぁ、眼球もただの器だ」

「私たちはいったいどこへ……」

「今いるここは私の研究室。これから初の宮(うぶのみや)という場所に行く」

 音羽先生はまぁ、くつろいでいてくれたまえと笑いながら歩き始めた。


いよいよ、ナマズって名称が出てきましたね!

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