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第23話 赤いクマのぬいぐるみ

トキがこいに手渡したもの

第23話 赤いクマのぬいぐるみ



「偶然なんかでは決してないんですよ」

 トキは改めて私に言い聞かせた。


「お父様、私の事恨んでたよね。いつも難しい顔されていたから……嫌われてるのも納得した」

「いいえ、難しい顔をしていたのは成長していくにつれ、隼太郎さんに似てくるお嬢様にどういう顔をしていいかわからなかっただけです」

「そうかなぁ」

「本人がいつも嘆いておられましたから」

 全然そんな素振りなかったけどなと手元に残っているみかんをぽんぽん口に放り投げていると、病室に看護師さんがやってきた。

「トキさん、もう面会時間終わりますよー」

「はーい」

 トキが返事をして、私も頭を下げた。

「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」

「あ、お嬢様。忘れるところでした」

 トキがベッドの横の荷物棚から箱を取り出してた。中から引っ張り出したものを私に手渡した。

 

 真っ赤なクマのぬいぐるみ。


 両手より大きいぬいぐるみを胸に抱えた。

「これ……」

 室内なのに風が吹いた気がした。 

 一気に懐かしさに包まれる。

「トキが持っていてくれたの!?」

 お父様からもらった赤毛のクマのぬいぐるみ。

「トキと一緒に暮らすことになった夜。お嬢さまは何故かこのぬいぐるみに大怒りされて、部屋の隅に置かれていました。目にも入れたくない様子で何日も何日も部屋の隅にありましたが……トキには捨てることはできませんでした」


 私は……何で怒ってたんだっけ。


「英作坊ちゃんがとても悩んで決められたぬいぐるみ……昨日のことのように覚えております」

「お父様が?」

「えぇ、色や大きさ。クマではなくウサギにするべきだったとか、気に入らなかったらどうしたらいいとか」

「そんなお父様見たことない」

「お嬢様の見えないところではそういう人でした。何件かお店をまわって真っ赤な毛色と瞳がお嬢様に似ているから、これしかないと決められてからが長くって……」

 いつも眉間に皺を寄せているような表情しか見たことなかったから、そんなお父様、見て見たかったな。


「それにそのぬいぐるみに掛かっている首飾り。神様が中で眠っていて何かあった時に守ってくださるようですよ。旦那様はそう仰っていました」

 懐かしさと思い出をそのまま抱きしめた。

「トキに会いに来てよかったー」



「お嬢様」

「なにー?」

 トキは手元で編んでいたものをいつの間にか完成させていて、ふわりと私の首に巻いた。

 編み目の細かい灰色の襟巻だった。

「ここ最近、胸騒ぎがします。大変なことに巻き込まれてはないですか?」

「……うん、何もないよ。大丈夫。襟巻ありがとね」

 トキにはなんでもお見通しのようだった。

「トキが言っても説得力はございませんが、体調にはお気をつけくださいね」



 がらんとしている汽車の中、空いているボックス席の向かい側に赤いクマのぬいぐるみを置いた。ガタンガタンと汽車が揺れ、少しだけ眠たくなってくる。


「……ねぇ、旭」

 ふいに口から出た言葉はとても馴染みがあった。

 微睡んだ意識の中、遠くの方で何かに怒る私の声が次第に聞き取れるようになってくる。


『どうして助けてくれなかったの! 嫌い嫌い、旭なんて大嫌い』


 ガタンと大きく汽車が揺れて壁に頭をぶつけた。

「あ……」

 微睡んでいた意識が嘘のように澄み渡って、ドッと心臓が大きく跳ねた。

 向かいの席に置いているぬいぐるみを手に取ってぬいぐるみと視線を合わせる。

 クマのぬいぐるみの首に掛かる鏡の首飾りに私の顔が映った。

「……思い出した」

 旭は何も返してはくれなかった。


 

 お家に帰ってきたのはいつもであれば寝る時間でそのまま寝てしまおうかと自室に入って布団を敷いた時だった。


「こい!」


 誰かに名前を呼ばれて部屋中を見渡した。部屋に私以外がいるわけもなく聞き間違いか、随分疲れているのだといそいそと再び布団の中に入った。


「聞こえてるかな? 久しぶりだね」

 独り言は続いていて声を辿るために再び布団から這い出るとそれがぬいぐるみから聞こえてひっくり返った。

「あ!」

「俺の事覚えてる? あ、さ、ひ! 忘れちゃった?」

「あーさーひー」

「久しいね」

 力いっぱい旭を抱きしめた。

「ごめん。私が酷いこと言ったから話してくれなくなったんだよね」

「あぁ、もう、俺の知らない間にこんなに大きくなっちゃって」

「十年くらいたったからね」

「こいのせいじゃないよ。あの日、俺もこいの声が聞こえなくなった。いや、どちらかというと意識が途切れたんだ。それで、今さっき意識が戻ったんだよ」

「そうなの?」

「原因はわからないけどね」

「あ、そうそう旭に話したいこと」

 たくさんあるんだよと言い終わる前に旭がぶつりと会話を遮った。

「ねぇねぇねぇ、俺を持って部屋の外、出てみてくれる?」

「外?」

 言われるがまま廊下に出るとそのまま直進してと指示を受けた。

 右、突き当りを左と指示が続いて家中をぐるぐるまわり、辿り着いたのは千歳さんの部屋の前だった。


「中に入ってくれる?」

「ここはだめだよ。そんな簡単に出入りできる部屋じゃないよ?」

「いいから、入ってみて」

 旭が何も話さなくなってしまい、渋々襖を叩いた。

「千歳さん、今入ってもいいですか?」

 いいよと声がしてするりと襖を半身くらいの幅に開いて滑るように部屋の中へ入った。


「トキさんの様子はどうだった?」

「元気そうで安心しました」

「そう、よかったね」

 千歳さんの視線は私よりも私の抱えるぬいぐるに落ちていく中、旭はさらに指示を出した。

「もっとあの男の近くに寄って、もっと、それでちょっと近づけて」

 千歳さんの目の前にずいっと勢いよく旭を出すと二人は見つめ合い、旭が声をかけた。

「ねぇ、名前は?」

「……千歳」

「千歳は人の子?」

「……そう」

「じゃあさ、なんで千歳の体の中に俺の作ったものが入ってるの?」

 千歳さんの眉がピクリと動いた。

「え」

 自然と眉間に皺を寄せて旭を持つ手に力が入ってしまった。


 誰も喋らない空間は瞬きの音ですら響いてしまうのではと思った。



久しぶり!!旭!!序盤ぶり!!

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