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第22話 宝物を託された日

こいの育ての親、本当の親、

宝物を託した日の話

第22話 宝物を託された日



 私は英作坊ちゃんのお父様とのご縁で女中として雇われ、日々目の前の仕事に邁進しておりました。

 英作坊ちゃんがお生まれになって少し経った頃、乳母だった者が病にかかり私にお鉢がまわってきたのです。



 英作坊ちゃんは物静かで、外で誰かと遊ぶというよりは部屋の隅で地球儀を眺めているような子でした。

 しかし、瞼を切って帰ってきたある日、それは英作坊ちゃんの望むところではないことを知ったのです。


「坊ちゃん! その傷、どうされたのですか!?」

「成金だと石を投げられた」

「まぁ、なんてことを」

 怒りで部屋を出ていこうとする私に対し、坊ちゃんは瞳を伏せるだけだった。

「誰に何を言われようとお父様はご立派だ」

「でも、坊ちゃん」

「怒る理由は何もないんだ」

 幼い坊ちゃんに諫められ、己の狭量を猛省した。



 それから時が経ち、英作坊ちゃんは全寮制の学校に入られました。

 問題を起こさないように卒業するよと自虐のような一言を残し、お屋敷を出ていかれて3ヶ月程が経った頃でした。

 学校から呼び出しのご連絡が入りました。

「英作くんが暴力事件を」

 大人しかった坊ちゃんが暴力事件。

 それは被害者なのか加害者なのか。

 旦那様が不在のため代わりに私が学校に保護者として赴くことになり、大慌てでお屋敷を飛び出しました。


 空き教室にいたのは担任の先生と英作坊ちゃん、そして真っ赤な髪の毛の男の子だったのです。

 よく見ると、英作坊ちゃんの身なりは暴力事件後とは思えないくらい綺麗だったのに対し、赤毛の男の子は顔にいくつも傷や痣が見えた。

 英作坊ちゃんが一方的に暴力をふるったと胃痛がしました。

 おずおず坊ちゃんの隣の席に腰掛け、担任の先生の言葉を待ちました。


「まぁ、事情は双方に聞いた上で今回は喧嘩両成敗ということとなりました。喧嘩を売った者、買った者、双方に反省文と掃除当番を振り分けました。保護者の方からも注意をお願いしますよ」

 先生は私を見てそう言い、次やったら退学させるからなと二人を指さして教室を去っていった。


「坊ちゃん、こんな一方的に暴力を……どうしてしまったんです!?」

 先生が退出するのを見送り、小声で問いかけた。

 お答え次第ではトキの鉄拳を用い、説教しようと決めていた。

 同時に旦那様にどう説明すべきかと頭の中は大混乱だった。


「俺は喧嘩を買ってもないし、売ってもない。勝手に買ったのはこいつ」

 

 英作坊ちゃんは涼し気な表情で隣の赤髪の男の子を指さした。

 顔を上げた赤髪の男の子はへらへらと笑っていて、その口元には痛々しい赤黒い痣を作っていた。

「俺が成金だと喧嘩を売られたんだ。いつもの事だから無視をしていたら、なぜかこいつが殴りかかったんだ」

「はあ……」

 英作坊ちゃんの話がいまいち理解できずに、空返事をしてしまった。

「えっと彼は」

「はじめまして、草薙隼太郎(くさなぎしゅんたろう)です!」

 とても快活な男の子だった。見たことのない唐辛子色の髪と瞳に呆気に取られてしまう。


「大きい話をすると、坊ちゃんを助けてくれたということですか?」

「とても大きい話だな」

 坊ちゃんのご友人ということですよねと小声で聞くと、坊ちゃんは納得できないように腕を組み天井を見つめていた。

「話したことは、ほぼない」

「はい?」

「これから友達になる予定です!」

 隼太郎さんは元気に言い切った。

「これから友達になる予定だから、助けてくださったんですか?」

「助けたというか、いつまでも成金成金って本当の名前を呼ばないから教えてやったんだよ。彼の名前は東条英作(とうじょうえいさく)くんだって、それに」

 隼太郎さんは照れ臭そうに時間をかけて言葉を紡いだ。


「この学校で……草薙隼太郎と呼んでくれたのは東条くんだけだった、嬉しかったんだ」


「隣の席の奴の名前くらい誰でも知っているだろ」

 隼太郎さんに理解できないといった態度を取りながらも少しだけ嬉しそうな表情の坊ちゃんを見たのは長く一緒にいて初めてのことだった。

「その結果、俺が草薙くんに命じて喧嘩を買ったと勘違いされた」

「それは、ごめん」

 その微笑ましいやり取りを見たとき、ふと。

 きっと、この二人は気の置けない友人になるのだろうと本能的に感じた。



 それ以来、長期休みでお屋敷に戻ってくると話題に上がるのは隼太郎さんの事ばかりだった。

「勉強はからっきしだが、図形や絵を描かせたら学校一だ」

「長距離走は目も当てられないが、短距離走はまぁ早い方で」

「音痴なのにピアノが弾ける、音痴なのに」

「人の誕生日は一度聞いたら忘れない」


 二人の交友は学校を卒業した後も続きました。

 大学に進んだ坊ちゃんと家業を継いだ隼太郎さんの進路は分かれてしまったけれど、二人の仲は疎遠になるどころか深まっていったのです。

 お互いが結婚するときはお互いにお祝いを送り、子供が生まれたのであれば会いに行く。

 自他ともに認める大親友。


 隼太郎さんに子供が生まれたと聞いてから数年後の雨の強い日の夜のことでした。

 隼太郎さんは雨に濡れながらも、2歳になる娘を大事に胸抱い突然訪ねてきたのです。


「隼太郎さん!?」

 

 私は驚きのあまりうまく言葉が出てこず、わたわたしてしまった。

「やあ、トキさん。英作いる?」

「たた、ただいま、呼んでまいりますね!」

 幸いにも英作坊ちゃんが在宅しており、部屋に駆け、呼びに向かうと私と同様とても驚いていた。

「連絡もなしにどうしたんだ。びしょ濡れじゃないか、とりあえず頭を拭け、着替えろ」

 トキ、拭くものを渡してやってくれ。

 ご指示通りに大きめの手ぬぐいを渡すと、引き換えるように隼太郎さんは娘を私に預けた。

「英作、時間がないんだ。話がしたい」

 息継ぎすらも惜しいというように早口で喋る隼太郎さん。

 その様子はいつもと異なった。

 何か不気味、不吉さを纏っており、私も英作坊ちゃんもすぐにただごとではないと察しが付いた。

 坊ちゃんは特に言及することなく自身の書斎へ彼を通したのだった。

 


 向かい合う二人の重い空気を切り裂くように話を切り出したのは隼太郎さんだった。

「こいを英作の子として育ててくれないか?」

「お前、何言ってるんだ?」

 英作坊ちゃんの冷静な声色の中に怒りが混じっているのがわかる。

「草薙の器の話。知ってるだろ?」

「あぁ、正直半信半疑だけどな」

「悪用しようと企んでるやつがいる。信乃が脅された」

 英作坊ちゃんは前屈みになり、額を押さえた。そして、目を閉じた。

「何があった?」

「量産して、独占的に売買したい。それが出来ないならって一発殴られたんだ」

「それで?」 

 坊ちゃんは顔を上げなかった。

「草薙の器が悪用されるなら、いいようにされないために全てを燃やす。俺も信乃も一緒に草薙を終わらす」

「ほかに手段はないのか?」

「ない。これはもうずっと、俺が小さい頃から約束させられてる決まりだ。お前も東条の家を継ぐならわかるだろ、そういう責任からは逃げられない」

「俺に出来ることはないのか?」

「こいの事を頼みたい」

 ようやく顔を上げた坊ちゃんは眉間に皺をよせ隼太郎さんの胸ぐらを強く掴み、引っ張った。


「お前のことで出来ることはないのかって聞いてんだよ!」


「ない。こいを頼むよ、英作」

「親友がこれから死ぬって言うのを止めずにあぁそうですかで納得もできないし、その親友の娘を引き取るなんて、めちゃくちゃだろ」

「英作にしか頼みたくない」

「じゃあ、こいも一緒に連れていけよ。一人にするな可哀そうだろ」

「いや、こいは連れて行かない……こいはまだ何も持っていない」

「持つ持たないも、お前の子だろ」

「こいは今日から東条の子だ。草薙とは関係ない。今後、俺の親族が訪ねてきても知らないって追い返してくれ。こいが知りたいっていう時までは絶対に言わないでくれ」

「まだ預かるって言ってないだろ」

「英作はそう言っても見捨てないことを俺はよく知ってる」

 隼太郎さんは笑った。

 その表情は私が初めて彼を見た時と寸分変わらないものだった。

「めちゃくちゃだ……お前のそういうところ出会った時からから大嫌いだよ」 

 二人は一杯だけ、度数の高いお酒を煽った。

 カチン――

 乾杯をした二人の姿を見ているだけなのにひどく、胸が締め付けられる思いだった。 



 帰り際、隼太郎さんは声を震わせて自分の首に掛かる鏡の首飾りを坊ちゃんに託した。

「いつか、言葉がわかるようになったらこいに渡してやってくれ。草薙に代々伝わる家宝のお守りだ」

 何も知らない娘は私の腕の中で規則正しい寝息をたてて、眠っていた。

 

 何も、知らない。何者でもない宝物。


託し託されて今がある。


次回はこいちゃんがふと思い出した話。

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