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第21話 ざわめき

トキとの再会とこいの育ての親

第21話 ざわめき



「トキさんが体調を崩されたって」


 花宮さんの言葉に頭痛と喉の閉塞感があった。唾液すら飲み込むことが出来ない。


 トキが、体調を崩し、た。


「ひとまず、病院に行かないとトキさんの詳しい状況は僕もわからない」

 耳が塞がってしまったようで花宮さんの声があまりにも小さく、遠くに聞こえた。


「こいちゃん!」


 肩を揺さぶられてようやく花宮さんの音量が正常に戻った。

「僕も一緒にと言いたいところ、なんだけど……兄さんの事で」

 花宮さんがぼそりと呟いた言葉は都合よく耳に入ってしまった。

「ち、千歳さんに何かあったんですか!?」

 花宮さんがわかりやすくしまったという顔をして、天を見上げた。

「いやいや、こっちの話。大丈夫、こいちゃんの心配するようなことじゃないから」

「花宮さん!」

「ごめん、僕の配慮が足りなかった。本当に忘れて」

「何か、あったんですね?」

 観念した花宮さんは本当にごめんと頭を下げた後で後頭部を触っていた。

「昨日の地震で兄さんの処分を早めるべきだって通達があったんだ」

「早める? 嫌です。そんなの」

「僕も同じ意見だよ。だから今から抗議しに行く。だからこいちゃんと一緒に行くことができないんだ」

「じゃあ」

 私も一緒にと言おうとしてトキの顔が頭に浮かんだ。

 どうしたらいいのかわからず口を開いたまま何も発しない私を見て首を振ったのは花宮さんだった。

「それは違うよ。元々君はトキさんを助けるために僕の依頼を引き受けた。優先すべきはトキさんで、兄さんのことは僕に任せて」

 唇を噛み切ってしまうくらいの力で噛みしめ、頷いた。



「これ、病院までの地図」

「はい!」

「こっちが汽車の往復切符。なくさないように」

「はい!」

「知らない人にはついていかない」

「はい!」

 目の前に汽車が止まっていて、発車間際の鐘の音が響いていた。

 花宮さんが切符と病院までの行き方を記入した紙を封筒に入れて握らせてくれた。最後に私の腕にお弁当の袋をぶら下げた。

「じゃあ、気を付けて」

「はい、あの……」

「兄さんの事は僕にまかせて」

「わかりました」

 ただただ、落ち着かない。

 今はいろんな音を耳が拾ってしまう。

 汽車の音、話し声、足音、衣擦れの音。そわそわする。

「間もなく発車致します」

「いってきます」

 低い位置で手を振ってくれる花宮さんに頭を下げて汽車に乗り込んだ。

 ボックス席の窓側に座って車窓をぼんやり眺めていた。



 汽車を降りてさっそく道に迷った。

 周辺の人に道を聞きながらようやく辿り着いた病院は想像よりも大きく、広かった。

 いたるところに木々や色とりどりの花が咲いていて病院というより、植物園のようだった。


「トキの病室は……」

 花宮さんからもらった紙を見ながらトキの病室を探して中に入った。

 静かな病室。大部屋の窓際にトキがいた。柔らかな日差しが差し込む窓の外を眺めながら、編み物をしていた。

 

 トキ……。

 

 花宮さんに聞いていたよりも元気そうな姿に胃の上あたりがきゅっとして、歩み寄って抱き着いてしまった。

「トキ、だいじょうぶなの?」

 びくりと驚いたトキが私だと分かると背中を撫でてくれた。

「たいちょうくずしたってきいた、しんぱいした」

「ご心配をおかけしました。お嬢様」

 久しぶりにトキの匂いがした。

 少し混じる消毒液の匂い。

 ぐずぐず鼻を啜って自分を落ち着かせるために数回深呼吸をして、ベッド横の椅子に腰かけた。

「元気そうでよかった」

「申し訳ありません、お嬢様。ここ三日ほど熱が下がらなかったのは本当なんです。それで病院の方が花宮さんにご連絡をしてくださったみたいで。今朝方には熱も下がりこの通り元気です」

 力こぶを作るトキを見て大きく深く息を吐きだした。

「心配して、生きた心地しなかったよ……でもよかったぁ」

「最近一段と寒くなりましたからねぇ。そのせいでしょう」

 

 私とは反対にトキは落ち着いて話をしてくれる。

 体中の力が一気に抜け落ちて、背骨も溶けてしまったようで、ぐたりとトキのベッドに上半身を投げ出した。

「よかったよかった」

「そうそう。頂いたみかん食べますか?」

「食べる!」


 みかんの皮をむきながら、あっと思い出した事を口にした。

「トキ……ありがとね」

「なんです急に」

「私の叔父さんって人に会ったよ。偶然拾ってくれただけなのにこんなに大事にしてくれて、ありがとう。お父様にもお礼言いたかったな」

「偶然?」

 トキは編み物をする手を止めて、みかんを食べている私の頬を両手で包んだ。柔らかくて温かい手だった。

「偶然なんて、とんでもない!」

「へ」

「偶然なんて悲しいこと言わないでください」

「え、でも」

 私の顏はさらにむぎゅっと皺を集めるようにトキの手に包まれた。


「お嬢様のお父様、英作坊ちゃんと実のお父様、隼太郎さんは唯一無二の大親友ですよ」

「大親友!?」

 

 驚きのあまりみかんの粒がそのまま喉を通ってしまい、盛大にむせてしまった。

 咳き込む私の背をトキがさすってくれた。

「知らないよ! そんなこと一言もトキもお父様も壮助さんも言ってくれなかった」

「えぇ、お嬢様が知ろうとしなければ伝えないでくれというのが隼太郎さんからのお願いでしたから、英作坊ちゃんは律儀にお守りになったのですよ」

「あんまりだよ。私ばっかり何も知らないなんて」

「じゃあ、聞かれますか? なぜ、お嬢様が英作坊ちゃんに引き取られたのか」

 トキの目を見て大きく頷いた。

「うん」

「お嬢様がそう仰るなら、お話しましょう」

 トキは話をしながら握りこんでいた両手を緩めた。

 まるで、小さな宝箱を開いてみせてくれているようだった。



点と線がつながっていきます。

さて、次回はこいちゃんのお父様、英作さんからみた世界の話

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