第19話 千歳の中に棲むモノ
千歳の体の中に棲むモノがあたえる影響とは
第19話 千歳の中に棲むモノ
手招きされて入った千歳さんの部屋に入った。
昨日部屋に入った時は目の前の出来事で精一杯で部屋の中を見渡す余裕がなかった。
改めて見渡すと部屋の広さに対して、あまりにの物が少なかった。
部屋に入らないでと言われていたわりには、意外と殺風景?
「ごめん、殺風景で」
今、口に出ていたのかな。気を付けないと。
「わ、私の部屋も何もないです!まったく物ないです。なんにも問題ないです」
あまりじろじろ見るのもよくないとは思いつつ、うずうず千歳さんのお部屋を見渡してしまう。
突然、耳を貸してと言われた。
「耳ですか」
内緒話?
望むところです! と意気揚々と髪を耳にかけ、右耳を千歳さんの方に向けた。
どんなお話だって、ちゃんと受け入れますよ!
突然、彼は私の頭を抱きしめ、胸の中に収めてしまった。
「へっ!?あ、あの」
これは、どういうことだろう。何故、抱きしめられているんだろう。
体中の熱が顔に集まってきて、とても熱い。血がふつふつ沸騰している気がする。
「聞こえる? 何かがうごめいてる音」
わたわた動揺している私をよそに千歳さんはとても冷静だった。
耳を澄ませると心臓の音のほかに言葉通り何かが蠢いている音がしていた。
「……聞こえました」
はっとして千歳さんの顔を見上げると彼は頷き、私から離れた。
「これが俺の中にいるバケモノ」
本当に、いるんだ……。
「嘘だと思った?」
あれ、また声に出ていたのかな。
私は慌てて口を両手で塞いだ。
「声には出てないよ」
「声には?」
「バケモノがこの中に棲みはじめて人の心の声がきこえるようになった」
「そんなことあるわけ、ないですよ」
ないないと笑う私に千歳さんは顎に手を当てて一昨日……と呟いた。
「おととい?」
「こいは煮物を焦がしたけど、俺は味が分からないからいいかってずっと黙ってた」
「ウ」
確かに、一昨日の晩御飯は煮物を焦がしてそれをそのまま出しました。
千歳さんは味について何も言ってくれたことがないから、もしかしたらそういうの気にしないのかなと高をくくりました。
「ほかにも……」
「ま、まってください!」
これは私が心の中で言い訳をして、半信半疑で心の中から問いかけてみた。
もしもし、千歳さん本当に全て聞こえていると言うことでしょうか。
恐る恐る彼を見ると私の心の声に返答する様に頷いていて気が遠くなりそうだった。
「全部……聞こえちゃうんですね……」
「この部屋の広さ、範囲にいる人なら聞こえる」
「聞こうと思って聞くんですか?」
首を振った彼は片耳を押さえ、辛そうな表情をして息を吐いた。
「聞きたくなくても聞こえる。良いことも悪いことも……」
全てを話してくれなくても彼の言葉から察することは簡単だった。
こいに生かされたのならと怒られて思い出したことがあると言った。
「俺はすぐに殺されるはずだったんだ」
「そう、だったんですか?」
「地震を起こしたのが俺だと判明してすぐ帝都から紺色の制服を着た人が複数人やってきた。すぐに身柄を拘束するって言った」
「帝都から……」
「両親が必死に泣きながら頭を下げた。もう一度同規模の地震をこの子が起こしたら、その時その瞬間に諦めるから、何も起こらないなら10年待ってくれって」
「とても、愛されてますね」
「検討の末、俺を殺した瞬間に同規模の地震が起きる可能性も加味され猶予をもらった。その日から様々な分野の医者や知識人に診てもらったけど、解決はしなかった。でも、その時は前向きだった」
「はい」
「前向きに生きることを先に諦めたのは両親でも月彦でもない、俺だった」
「千歳さん?」
「ある日、間違えて母の心の声と会話したんだよ。気を付けていたのに……」
千歳さんは心臓のあたりを触りながら目を伏せた。
「ある日、進展のない状況にいつも気丈に振舞っていた母が珍しく心の中で弱音を吐いた。やっぱり千歳はバケモノになってしまったのね……いざ母親の声で聞いた時に想像より堪えたんだよ。母さんだけは俺をバケモノだって言ってほしくなった。口から出たんだ。今でもあの時の母親のひきつった顔を思い出す」
何を言って励ましたとしても傷つけてしまいそうで、頭の中から必死に言葉を探した。
「なにがなんでも千歳さん中からバケモノを出して、お母さんに謝りにいきましょう。間に合います。私も一緒に謝りに行きますから!」
胸を叩くと千歳さんが笑ったような気がしてようやく体の力が抜け、私もへらへらと笑った時だった。
突然、千歳さんがはらはら泣きだしてしまった。
「え、え、千歳さん! 何か傷つけるようなことを、言ってしまいましたか」
「いや」
はらはら泣いていたのが嘘のように今度は目を細めて私を鋭く睨んだ。
とても怒っているようだった。
「今度は気に障るようなことを言って……」
「いや、ちがう」
彼は大きく数回深呼吸をした。
片手で顔の半分を隠し、あーと息をつくと疲れたような声を出した。そして、胸に手を当てた。
「これもこれのせいなんだ」
「どれですか?」
「自分の感情とは全く別の感情が急に流れ込んでくるんだ」
「感情が流れ込んでくる、んですか?」
どういうことだろう。
「今みたいに突然泣いたり、怒ったり、突然笑い出したりするときもある」
千歳さんが急に笑い出すのは少し見てみたいかも……不謹慎ですが。
じとりとした視線を感じて謝った。
「不謹慎でした……すみません」
「流れてくる感情の量を処理しきれないと鼻血が出たり、血を吐いたり、もっとひどいと見えない何かに踏みつけられるような衝撃があって、最悪地震を起こす」
「感情が起因していたんですね……想像しがたいです」
首を捻っても想像することが難しかった。
「満腹の状態でひたすら食べ物を口から詰め込まれる感覚だよ」
「想像できました」
想像するだけで胸も胃も喉も苦しくなった。
それを10年間耐えていた彼はどんなに苦しかったのだろう。
「これが俺の中にいるバケモノの話なんだけど、他に何か知りたいことある?」
聞いてもいいのかな。
昨日の花宮さんの僕は恨まれているからという話を思い出した。
「聞いていいよ」
「花宮さんのこと……」
恨んでいますか?
「弟を恨んだことなんて一度もない」
食い気味に返答をもらえてほっとした。
花宮さんに教えてあげなきゃ。
「私が出来ることなんでもしますから、一緒に解決策を探しましょうね!」
「……心強いな」
決意表明を兼ねて千歳さんの右手を両手でぎゅっと包んで握った。
「兄さん、入るよ」
「ウ、ワアァーー!」
突然、花宮さんが部屋の中に入ってきて私は飛び上がり、掴んでいた千歳さんの手を勢いよく放り投げた。
び、っくりした!
私の挙動に目を見開いている花宮さんと目が合って、きょとりとしている千歳さんと慌てて距離を取った。
これから大事なお話があるのかなと察し、花宮さんに早口で挨拶をした。
「おはようございます!あの、私出かけるのでごゆっくり。ご兄弟でお話ください、ね!ね!」
私を引きとめる花宮さんを無視し、逃げるように部屋を飛び出してきてしまった。
次回は願いを叶える一族の話。
さて、深く深く参りましょう!