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第16話 兄とバケモノ(後編)

花宮兄弟の過去と震源の話、後編です!

第16話 兄とバケモノ(後編)



「あー! つまらない!」

 約束を守ってくれない兄と兄に関すること全てが厳しい両親。

 家の中がとても息苦しく退屈で仕方のなかった昼下がりのことだった。

 

 両親の言いつけ通りに境内を掃除していると神社の前で道に迷っている男の人を見つけた。

「お兄さんどうしたの?」

 大きな丸眼鏡をした細身の男の人が右を見て、左を見て、違う違うと嘆いていた。

「知り合いに会いにきたのですが、道に迷ってしまいまして」

「どこ?」

 手に持っていた紙切れを受け取って場所を確認すると綺麗な手書きの地図だった。

 添えられた文字を読むと街の入口の住所で随分見当違いな場所まで歩いてきたようだった。

「お兄さん、ずいぶん道を間違えて歩いてきたみたいだよ」

「そう、なのでしょうか?」

「仕方ないからわかりやすい大通りまで案内するよ」

「ありがとう、助かります。土地勘がないもので自分が今どこにいるのかもわからず」

 へらへらと笑いながらついてくるお兄さんに呆れながら先導していく。

「親切な少年、お名前は?」

「月彦」

「月彦……綺麗な名前ですね。そしてなにより優しい」

「神社の前でうろうろされる方が迷惑だよ」

「確かに、それはそうですね。月彦は小さいのにしっかりしている」

「お兄さんはなんて名前、どこから来たの?」

「私の名前は(よすが)。ずっと遠いところから知り合いに会いにきました」

「へぇ、変わった名前だね」

 道案内だけの関係だからか、気遣いのない会話は歩幅に合わせるように軽快だった。

 

「月彦は物知りですね」

 縁が自分をことあるごとに褒めてくれるのも悪い気がしなかった。

 大通りまで案内をして突き当りを曲がるだけだと伝えた。

 じゃあね、知り合いに会えるといいねと手を振ると縁が手招きした。

「月彦、ちょっと」

「なにー?」

「道案内してくれたお礼です」

 縁は手を出してと僕の手のひらに収まるくらいの黒い水晶のような玉を置いた。

「何これ」

「食べられませんよ?」

「それはわかるけどさ」

「願い玉です。中に神がいると言われています。神に祈るとお願いごとが叶うそうです」

「えーいらないよ」

「信じるものは救われる。花宮神社のおみくじにも書いてありました」

「おみくじ?」

 いつの間に引いたんだと聞き返そうとした時には、もう縁はいなかった。

「あれ、いない」

 願いが叶う、玉を太陽に透かしてみたり、掌で転がしてみたりした。真っ黒な変哲のないガラス玉だった。

 

 神社に戻ると掃除中に抜け出したのが両親にばれて怒られた。

 この時には願い玉の事なんてすっかり忘れてしまっていた。


 玉の存在を思い出したのは兄がまた体を壊して寝込んだというのを聞いた日の昼間のこと。

 きっかけは両親の会話を聞いてしまったからだった。

「千歳の症状がいつもとは違うの」

「風邪をこじらせたんじゃないのか?」

「熱は出ていないの。はぁ、困ったわ。もう何日もよくならないのよ」

「様子を見るしかないだろう」

「なんであの子ばっかり。どうして千歳なのよ」

 昼時で空腹だったからかもしれない。

 おまけ扱いは慣れていたし、いつもなら聞き流せた言葉を聞き流せなかった。


 どうして、兄さんなのか。それが仮に自分だったら、両親はここまで落ち込んでくれたのだろうか。

 どうして、月彦なのよと心配してくれたのだろうか。

 もやもやが体の中に充満していく中、縁にもらった願い玉のことを思い出した。


 部屋に戻って玉を片手にたんたんたんと素早く離れに入った。

 兄さんは部屋で寝ていてその傍らに腰を下ろした。

「兄さんばっかりずるいよ。あっちこっちで大事にされてさ。歳だってあまり変わらないのにさ。あーあ、兄さんの身体強くなれよ」

 兄の身体が強くなりさえすれば万事解決だと思った。

 願い玉にわがままな願いを込め掌で握りこんだ。

 兄の胸のあたりに布団の上から玉を置いてみた。


「なんだよ、何も起こらないじゃん」

 やっぱり、ただのガラス玉だったのだと回収しようとすると、すうっと兄の身体の中に入っていったのが見えた。

 見間違いだろう。

 玉は布団をめくってもどこにもなかった。

 もしかして願いが叶ったのかもしれないと思った次の瞬間、兄が咳き込んだ。

 

 ゴホッ、ゴホ。


 それからのたうちまわりながらうめき声をあげはじめた。

 直後、ドンっと地面から突き上げるような衝撃。

 

「なに!?」

 

 さらに、ガタガタと大きく左右に揺れた。

 冷や汗で背中も脇も腹も冷たい。

 心臓が爆発する寸前のように鼓動している。

 苦しみ続けている兄さんに寄り添う余裕もなく腰を抜かしていると次第に揺れが収まってきた。

「はぁ、はぁ、な、なんだったんだ」

 放心する自分の真横にいつの間にか人がいて、恐る恐る見上げた。


「月彦はいい子ですね」

 不気味なほど綺麗な人だったのを覚えている。

 女にも男にも見えて、立っているだけで鳥肌がたった。

 否応なく畏怖に包まれた。

 ただ、聞き覚えのある声で隣に立つ存在が誰かはすぐにわかった。

「縁! ねぇ、これどういうこと」

 早口でまくし立てた。あの玉のせいだということはわかりきっていたからだ。

「どういうことって、ほかでもない月彦の願いでしょう?」

「ぼくの、ねがい?」

「地震を起こせるくらいお兄さんが強くなりましたよ。物理的ではありますが」


 そんな笑顔で言うな。


「強くなってない、こんなの強くなったなんて言わない」

 よかったよかったと拍手をする縁の着物を掴んだ。

 縋りつくようにどうにかしてよと懇願しても、鼻を鳴らされただけだった。

「あなたはお兄さん程、頭がまわらないようですね」

「え」

「あなたのお兄さんはしっかり私に必要ないと言いました。受け取りませんでした。さすがです。あなたの身体を治してあげましょうと伝えても頑なに受け入れてはくれませんでした。ですが、弟にバケモノを入れられてしまった」

「バケモノを、入れた、ぼくが?」

「お兄さんはバケモノの入った……ただの入れ物です」

 黒い水晶を思い出して唇を思いっきり噛んだ。

「出して、兄さんの中からバケモノを出してよ!」

「えぇ、どうして? あなたが望んだのに」

「こんなの望んでない! 兄さんはどうなるの」

「あと10年ほどでしょうか。バケモノがお兄さんの中身を全て喰いつくした時、今日の比じゃないくらいの地震……もしくは何らかの厄災が起きてしまうことでしょうね」

「どうしたら、いいの……」

「私の欲しているものを見つけてくださるのであれば……」

「縁の欲してる……ものはなに?」

 声が自分の意思とは関係なく震えていた。

「教えません」


 気付けば縁の姿はどこにもなく、悪夢にうなされているように苦しむ兄と二人きり。

 いっそ夢であれと兄の手を握っていた。

 ようやく兄の呼吸が落ち着いてきて安心したのも束の間。

 「にいさん……?」

 黒く艶のあった兄の髪が徐々に色を失うように灰色に変わっていった。

 無理やり色をひき抜かれたようなところどころ黒が混じったまだらな灰色はあまりにも美しくなかった。

 髪の色の変化に驚いていると兄が目を覚ました。

「ひっ!?」

 繋いていた手を勢いよく離し、ずりずりと畳を滑り距離を取った。

 距離を取るしかなかった。

 真っ黒な瞳が灰色に変わっていくのを見てしまったからだ。

 それがただただ恐ろしかった。あまりにも不気味な変化に自分のしたことを棚に上げて叫んだ。


「お前なんて兄さんじゃない、このバケモノ!」

 同時に自分の方がよっぽどバケモノだと思い知ったのだ。



私はここまで書いた時にやっと花宮月彦くんが好きになれました!優しさと憧れの暴走の脆さを感じます。

次回は話を聞いた後のこいちゃんの回

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