第15話 兄とバケモノ(前編)
花宮兄弟の過去と震源の話
第16話 兄とバケモノ(前編)
一般的な新生児より小さい身体で産まれ、もしかしたら成人まで生きられないかもしれないと言われた兄は長生きできますようにと、祖父が千歳と名付けたと聞いた。
その一年と少しあと、秋の月がとても綺麗な晩に生まれた自分は月彦と名付けられた。
物知りで穏やか、笑顔と声が柔らかい兄が大好きだった。
「月彦、おいで」
「千歳兄さん!」
いつでも兄の後ろをついて回った。
兄が勉強や読書をしている横で眠ったり、一緒にお菓子を食べるのが好きだった。
年を重ねると兄がいかに出来がいいかを実感した。
読み書き、算術を難なくこなす。
机の上の本が年々、厚さを増し、難解な文字が増えていった。
両親は兄の優秀さを心から喜んでいて、とても期待をしていた。
「月彦も千歳を見習いなさい」
自分は二の次、扱いの差を不満に思ったりしたけれど、優秀な兄がいてその弟が自分であるというのは何よりも誇らしかった。
優秀な兄に欠点があるとすれば、体が弱いことだった。
月に一度は必ず体を壊して寝込んでしまう。その都度、両親が神経質になった。それは歳を重ねるほどに用心深くなっていった。
ある日、なんの前触れもなく兄の部屋が母屋になくなった。
「兄さんはどこにいるの?」
兄の部屋はいつの間にか何もなくなっていて家中を探したが見つからなかった。
両親にたずねると祖父母の使っていた離れで過ごすことになったと伝えられた。
「やだ! 兄さんと一緒の家がいい!」
納得できずに食い下がると母が僕の両手を取って言い聞かせた。
「月彦、聞いて。神社や母屋は来客が多いし、千歳に何かあったら大変なの。あなたも会いに行くのは控えて。遊びに誘うのもだめ」
「なんで、最近は元気じゃないか!」
「元気だからいいって話ではないの、何かあってからじゃ遅いのよ」
母にぴしゃりと言い切られて、両手が離れた。
母はもうこの話は終わりというように僕の返答を待たずに部屋を出て行ってしまった。
外に遊びにいくと嘘をついて離れに忍び込み、兄さんを探した。
「あ……」
ぽかぽかな縁側で読書をする兄さんを見て嬉しくなったが、以前よりも顔が青白いように感じるのは日に当たっているせいだろうか。
「兄さん」
小声で呼びかけると兄さんはゆっくりと振りかえった。
「月彦来てくれたの? お菓子を出そうか」
兄は少し待っていてと立ち上がり、部屋に入ってお茶菓子がのった盆を持ってきた。
再び縁側に腰を下ろした兄の横に座って茶菓子をつまんだ。
「ねぇねぇ、一人で寂しくないの?」
「まぁ、そうだね」
「母屋に戻ろうよ。僕も兄さんと一緒がいいし」
「父さんも母さんも心配なんだよ」
兄は眉をハの字にしていた。
「なんか意地悪してるみたい」
「そんなことないよ。俺の身体が弱いのがいけないんだ」
口を尖らせて不満を言う僕に反し、兄は冷静に全て見透かしたように呟いた。
こんな離れに兄さん一人だけでいさせるなんて、本当に心配しているわけがない。
兄は不貞腐れながらお菓子を食べる僕の肩をとんとんと叩いた。
「ごらん、もうすぐ桜が咲くよ」
兄はまだ一輪も咲いていない桜の木を眺めて言った。
桜が咲くことを心待ちにしている声で話しながら、今にも泣きだしそうな表情を見て慌てて声をあげた。
「兄さん!」
「んー?」
「桜が咲いたらお花見しようよ。夏は一緒にお祭りに行きたいし、秋は僕の誕生日だからいっぱいお菓子食べようよ。芋栗南瓜がきっとおいしいよ。冬は雪が積もるから雪だるま作ろうよ。お正月は……餅つき!」
「それは楽しみだね」
「約束だからね!」
強引に小指を繋いで約束をした時、ようやく兄が小さく笑った気がして安心した。
しかし、兄との約束が一つでも果たされることはなかった。
季節の変わり目には決まって体調を壊して寝込んでしまったからだ。
「月彦!」
兄が体調を崩すことが増えていった頃、隠れて離れに来ては兄と話をしているのが両親にばれてしまった。
今までにないくらい厳しく怒られた。その時、生まれて初めて頬を叩かれた。
以来、両親や周りの大人たちの監視の目が光りはじめ、ついには離れに立ち入りができなくなってしまった。
もう1話過去の話が続きます!