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第14話 震源

千歳に歩み寄りたいこいに告げられた事実とは……

第14話 震源



 自分の吐息が真っ白く目に見えるようになったもうすでに冬の中にいる。

 早朝はとても空気が澄んでいるのに対し、私の吐く空気だけが日々淀んでいる。

 その理由はあと1か月もすれば千歳さんはという形容しがたい気持ちが日に日に大きくなっているからだった。 



 最近の千歳さんは自室から出てくることが少なくなって、食事以外でばったりとお家の中で出くわすということがなくなった。

 だからだろうか、一緒に食事をする時にこれ見よがしに話しかけてしまう。

「味付け、濃いですか?」

「ちょうどいい」

「おかわりされますか?」

「もういいよ」

「何か食べたいものとか、ご要望あったり」

「特にないけど」

 今日はいつもよりお話をしてくれそうな雰囲気だと感じて食器を片付けながらおずおず聞いてみる。

「あの……聞いてもいいですか」

「なに?」

「ほんとうに、年が明けたら……」

 いざ、言葉にするとなると途端に口が重くなる。

 もごもごと言い淀んでいると千歳さんの方が私の言動を先回りしてくれた。

「例外はない。殺してもらうよ」

 私の想定よりもずっと簡単に言うもので私の方がつい焦ってしまう。

「千歳さんはそれを受け入れているんですか?」

「それ、何の話?」

「花宮さんは千歳さんをバケモノだって言ってましたけど、私はそう思ったこと……一度もないです」

「花宮からはどう聞いてるの?」

「えっと、来年厄災を招くからって……それって招かない可能性だってあったりしますよね? 現状何も悪いことしていないのに」

「それは違う」

 千歳さんは食器を片づける私の手を掴んで止めた。 

 焚火のときに掴まれた腕の感触とは全く違った。私にしっかり話を聞かせるように捕まえたのだ。

 そうして、まっすぐ嘘偽りない灰色の瞳を私に向ける。


「十年前の大きな地震、帝都であっただろ」

「は、い」

「俺はそれを起こした……」

「うそですよ、そんなの。からかってます?」

「嘘じゃない」

「だって地震ですよ? 起こそうと思って起こせるわけ……ないじゃないですか。騙され、ませんよ。いくら私だってそのくらいわかる」

 私は動揺を隠せず、早口になる。

 千歳さんが冗談を言うはずがない。何故なら、今まで一度も冗談など言ったことがないのだから。

 一言、俺はバケモノじゃないと言ってくれたら私はそれが嘘でも信じたのに。


「この罰は妥当だよ」


 私の言葉を待ってくれない千歳さんはするりと手を離して立ち上がった。慌てて彼の着物を両手で掴んだ。

「待ってください! 話はまだ終わってません!」 

 こんな時でもあなたは眉一つ動かさない。

「教えてください。どうして地震を起こしたんですか……」

 一つ一つ声にするたびにふつふつと湧き上がってくる感情はとても複雑だった。怒りながら驚き、悲しんでいて、ただ体温だけを上げていく。

「わからない」

「わからないってどういう……ただの気まぐれなんてことないですよね」

「結果的にはそうなるかもしれない」

「私の住んでいたお屋敷は地震で崩れて、父もその下敷きになって亡くなりました。お屋敷にいた人たちも何人か……」

「そう」

 千歳さんの返答はそれだけだった。

 そう。

 彼にとっては二文字で収めてしまうくらいの事だったのかもしれない。

 お父様の最期、お姉様の怒り、お屋敷中の傷だらけの人たち、当時の光景がやけに鮮明に脳裏に蘇った。

 本当に私の心から出た感情なのかわからない程、どろりと重たくねっとりとしたものが指先まで巡っていく。

 

 パンッ。

 気づけば千歳さんの頬を叩いていた。

 じんじんと手のひらに痛みが広がっていく。

 叩かれた衝撃をそのまま流した顔の角度を変えることなく彼は黙っていた。

 弁解も、私の言葉を受けて揺らぐことない。彼の姿にどこからともなく際限なく湧いてくるどろりと重たくねっとりした感情が今度は胃から喉へ、そして口から零れ出る。


「あなたなんていなければ……よかったのに……」


 声に出してしまった言葉を理解する前にその場から飛び出し、背中を押されるようにして目指したのは大きな鳥居だった。


「花宮神社」

 急な角度の石段を見上げて一歩一歩勇み足で登っていった。

 登り切った先では花宮さんが箒で境内を掃除していた。

 私に気付いた花宮さんは箒を持ったまま、ひらひらと手を振っていた。両手の拳を握ってずかずか近寄った。

「おはよう、こいちゃん」

「どうして」

「ん?」

「どうして教えてくれなかったんですか……」

「ちょっと落ち着いて」

「千歳さんが十年前に地震を起こした原因だって、なんで教えてくれなかったんですか?」

 花宮さんはあぁと私の言葉を察したようだった。

 天を仰いでから開き直るような声で言った。

「だって、それを言ったらさあ」

「はい」

「……君はここに来てくれなかったでしょう?」

「当たりまえじゃないですか」

「そうなると困るから言わなかったんだよ」

「何が困るの……花宮さんを困らせる理由は私にはないじゃないですか」

 矢継ぎ早に、責め立てるように言うと花宮さんは理由はあるよと、とても小さい声で言った。

「その理由は」

 なんですかと言いかけた時だった。

 

 ドンッ。


 大きな音がしてすぐ、下から突き上げられるような衝撃があった。

 そして、左右に揺れ始めて体がぐらりと揺れた。花宮さんは箒を手放して私の肩を支えてくれた。

「ありがとう、ございます」

 花宮さんを見上げるととても狼狽えている表情だった。

「……兄さん」

 花宮さんはそう呟いて走り出した。


 

「花宮さん!」

 花宮さんの後を追いかけながらふと、芋ほりの時に苗子さんが話してくれたことを思い出した。

 もしかして、花宮さんの寝たきりのお兄さんって。


 花宮さんは千歳さんのお家に向かっていった。

 花宮さんは躊躇することなくお家に上がり、一切、迷うことなく千歳さんの部屋へ進んだ。

 勢いよく襖に手をかけて開くと中に入った。


「兄さん!」

 そこに千歳さんは確かにいた。

 胸を押さえて床にうずくまっていた。

 呻き声と呼応するように揺れが大きくなったり収まったりするのを見ると地震を起こしたという話は事実のようだった。

 けれど、どう見ても地震を起こしたくて起こしているようには見えなかった。まして、気まぐれで起したなんて程遠い様子だった。

 何故なら、見えない大きな足に踏みつけられているようだったのは彼の方だったからだ。


 花宮さんが千歳さんを抱き起すと、彼は咳き込み血を吐いた。

「兄さん、ごめん、ごめん、僕のせいで」

 花宮さんは千歳さんの口周りの血を着物の袖で拭った。

 そして、背中をさすりながら、ずっと謝り続けていた。くたりと千歳さんが気を失い、だらりと首と腕が花宮さんに寄りかかった。


 何が起こっているのかわからない。

「こいちゃん、言うとおりにして」

 呆然と立ちすくむ私に花宮さんは指示をだした。あわあわとしながら布団を敷いた。

 花宮さんは私とは違い、テキパキと千歳さんの血で汚れた着物を着替えをさせ、寝かせると静かに布団をかけた。そして、ぼんやりと千歳さんを眺める私の手を引いて部屋を出た。


 廊下に出ても顔を上げない花宮さんの足元にぱたぱたと大粒の涙が落ちていった。

 人が泣いているところを見ていいのか戸惑いながらちらちら花宮さんの様子を窺った。

「は、花宮さん。あの」

 鼻をすする音がした。

 乱暴に目を擦った花宮さんが顔をあげた。

 澄ましたいつものような顔ではなく、目を真っ赤にした顔はぐしゃぐしゃだった。

 未だに掴まれている腕を少しだけ自分の方にひくと彼はいとも簡単に私の方に傾いて肩に額を預けてきた。


「僕が、兄さんをバケモノにしたんだよ……」

 耳元で力なく紡がれた言葉には何も反応できず、私は唾液を飲み込み喉が鳴った。


「もう、どうしていいかわからなくて……君を探したんだ」


 花宮さんの震えている背中をぎこちなくさすると、ぽろぽろと言葉が零れてきた。

 聞きたいことを飲み込んで彼の声に耳を傾けた。一音も聞き逃さないように。




ここが、震源です。

次回は花宮兄弟のお話です。

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