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第13話 咲かずに枯れて

本当の両親の過去を知ったこいは消化不良の気持ちを千歳に語る

第13話 咲かずに枯れて


 私の父と母の最期の話を終えた壮助さんはぼろぼろとやはり涙を流していた。


「だから、見間違えるはずないんだよ。たしかに隼兄の面影が君にある」

 私の知らない私の家族の話に、なんて言葉を返すのが正解なのだろうか。

「あの時、引きずってでも、隼兄だけは外に出すべきだった。振り払われても掴み直すべきだった。ずっとずっと後悔してる。だから今度は後悔しないように力になる。そうだ、一緒にここで暮らすのはどうだろう」

「あぁ、えと……すみません、混乱していて」

「すまない、突然すぎるな」

「いえ……」

「何かあれば、いつでも頼ってほしい」

「あ……はい」

「ほんとうに……生きていてくれて、本当によかった」

 壮助さんは縋るように私の手を取って噛みしめるように呟いた。

 よかったよかったと繰り返していた。


 あまりにも私には贅沢すぎる言葉だった。


 間もなく宵と苗子さんが帰ってきた。

 入れ替わるように外に出ると、苗子さんが今日掘ったさつまいもを麻袋いっぱいに入れて持たせてくれた。

「これ、今日のお礼ね」

「……ありがとうございます」

 頭を下げて宵の家を後にした。

 麻袋を胸に抱えてふわふわと不思議な気持ちに包まれた。

 歩くたび、疑念や消化不良の感情がぽこぽこ浮かんで、積もり積もっていく。



「ただいま、戻りました……」

 家に入るとばったり千歳さんに会った。

 へらりと口の端を無理やり引っ張り上げると千歳さんは微かに首を傾けた。さらりと灰色の髪が揺れた。

「朝とはまるで違うな」

「そうでしょうか?」

「あぁ」


 千歳さんの目を見ると嘘がつけなくなり、しどろもどろになってしまう。


「何かあったの?」

「あ、いえ、芋堀りは、楽しかったんです……とても、楽しくて、たくさん堀ったんですよ……ほらこんなに」

 麻袋を見せても千歳さんは驚いてすらくれなかった。見逃してくれなさそうな雰囲気に観念した。


「……焼き芋しませんか?」

 視線を麻袋へ落としながら、提案した。

 抱えきれずに持て余した感情を誰かに聞いてほしかったのだ。

「どこでやるの?」

「お庭で」


 二人で庭に出てもくもくと落ち葉を集めはじめた。

 さつまいもに古紙を巻いて落ち葉の中に入れた。

 千歳さんが火をつけたのを眺めているとぱちぱちと火が音を立てはじめた。


「千歳さん……宵のお父さんが、私の叔父だったんです」

「へぇ」

「びっくり、ですよね……」

「驚いているようには見えないけど」

 千歳さんは火の様子を見ながら話しを聞いてくれる。

「バレバレですね……私、その話を聞いてもっと驚くかなとか、戸惑うのかなとか思ってたんです。いきなりそんなこと言わないでよって」

「うん」

「思っていたより、他人事みたいに感じて……後ろめたくなってしまって」

「後ろめたくなったの?」

「はい……」


 焚火から上る黒い煙を見ながら、側に落ちていた枝を投げ入れた。

 落ち着かない左手が右手首を撫でながら話し続けた。

「火事でお父さんとお母さんは亡くなったそうです。私は何故か助かってしまって……偶然、お父様、あ、育ての親っていうんですかね? どういう経緯か、拾ってもらったようで」

「それで?」

「……火の中ってきっと熱くて苦しいですよね。瓦礫の下敷きになったら、痛くて、苦しいですよね」

 千歳さんが頷いてくれない代わりにぱちぱち焚火が相槌をくれる。


「私なんかより、お父様やお父さんお母さんの方が生きていてほしかったなって……私なんていなければみんな幸せだったんじゃないかって思って」


 相槌は焚火の音ばかりだった。

 重たく暗い想いを一人で語っていることに気づき、しまったと思った。

 

 

「ごめんなさい。気分のいい話じゃなかったですね!?」

 慌てて立ち上がろうとすると腕を掴まれて、目が合った。

 腕がくんっと引かれてももう一度しゃがんだ。


「あの……」

「俺はその人たちじゃないから、本心はわからないけど……」

 そう前置をした千歳さんはふっと小さく笑いかけてくれた。

「そうまでしても、こいに生きていてほしかったんじゃない?」

「……え」

「逆にそこまでしたいくらい、こいがいたから、幸せだったのかもしれないだろ?」


 頭の中に浮かんでいた疑念や消化不良の感情を静か優しくお腹の底に千歳さんは落としてくれた。。

 なんとなく、涙が零れそうだったので上を向いて鼻をすすった。

「憶測でしかないけど」

「そう、なんですかね……私なんかでも、そう……思ってもらえていたんでしょうか」


 私なんていなければよかったと考えるばかりだった。

 私がいて幸せだった可能性を考えたこともなければ、思いついたこともなかった。

 こんなにも温かい涙が出るのは、はじめての感情だった。

 

 千歳さん掴まれている腕に自分の手を重ねた。

 この感情をどう伝えたらいいのだろう。

 お腹がいっぱいというのか、胸がいっぱいというのか。


「千歳さん!」

「ん?」

「い」

「い?」

 千歳さんは律儀に私の言葉を待ってくれる。

 

 『年が明けたらそのバケモノは殺すことになってる』

 突然、汽車の中での花宮さんの言葉が頭に響いた。

 灰色の優しい瞳から目を離すことも、瞬きも出来ない。

 

 バチッ。

 焚火が大きな音を立てた。

 肩がびくりと震え、勢いよく立ち上がって焚火に近寄った。


「あ! もう焼き芋出来上がってるかもしれません。出してみましょう!」

 枝で焚火をつついてさつまいもを取り出した。


 生きてください。

 

 あなたの結末を知りながら、つい絆されて生きてほしいと告げそうになってしまった。

 

 名前のない感情がしっかり私の心に根を張っていることに気付きたくなかった。

 

 願わくば、このまま咲かずに枯れてほしい。


こいちゃんと千歳くんの関係性が少しずつ変わっていく回でした。

ネクスト、ナマズ四国、急転直下です。

よろしくお願いします。

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